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お知らせ(事件報告・提言)

「ビデオ撮影」に関する要望書

【要望の主旨】
医療法第17条に基づく厚生労働省令(医療法施行規則)によって、手術時のビデオ撮影を義務づけるよう要望する。


【要望の理由】

第1 はじめに [ ビデオ撮影に関する現在の状況 ]

現在、手術時のビデオ撮影に関しては、特に法的には義務づけられていないため、撮影の要否、対象等については、各病院の対応に任されている。
 すなわち,医療法第21条1項9号により,診療に関する諸記録を備えて置かなければならないとする(特定機能病院につき同法22条の2第3号)。そして,医療法施行規則第20条11号によれば,診療に関する諸記録は、過去二年間の病院日誌、各科診療日誌、処方せん、手術記録、検査所見記録、エックス線写真並びに入院患者及び外来患者の数を明らかにする帳簿とする(特定機能病院につき同規則22条の3第2号)。従って,手術時にビデオ撮影がなされれば,その結果は手術記録として「診療に関する諸記録」として医療機関が保存しなければならない。しかし,これらは手術記録の保存を定めるだけで,ビデオ撮影を義務づける内容になっていない。
 また,医師法24条1項は医師に,診療をしたときは,遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならないことを定めるが,診療に関する事項の内容として,手術中の映像を含むとは明示されていない。
 よって,手術中のビデオに関しては,撮影が行われれば保存義務の対象になるが,これを行うか否か,その対象の範囲については各病院の対応に任されている。なお,実際には,研究・研修等の名目でビデオ撮影が行われていることがあるが,これを保存することについては必ずしも励行されていない場合が多い。

第2 医療以外の分野でのビデオ撮影の現状

1 医療以外の分野においては,既にビデオや音声などの記録が幅広く行われている。それが事故等の原因解明,再発防止に大いに資している。以下,その例を挙げる。

2 具体例

(1) 航空機のボイスレコーダー

 航空機は,ボイスレコーダー,フライトレコーダーの設置が義務づけられている(航空法第61条)。航空機事故が起きた場合に,こうした再現記録が航空機事故という人命に関わる場面において原因解明に大いに役立ち,再発防止の対策構築につながっている。
 こうした原因解明,再発防止策の構築は,航空機事故のみならず,手術中の医療事故においても同様のことが言えるのである。

(2) ドライブレコーダー

 近時では,自動車運転に関しても運転状況を撮影し,保存するドライブレコーダーが開発され,タクシーなど職業的運転車両に普及しつつある。これにより事故が起きた場合の状況が映像として把握することができ,原因究明に資する。

第3 医療現場におけるビデオ撮影による記録化の必要性

1 術中事故の原因分析

 手術中に事故が起きたことが疑われる場合,紙媒体の診療記録では必ずしも事故の有無や詳細が判断できず,原因分析が充分に行われないことが多い。
 こうした場面において,手術中の映像は,術者の手技,患者の状態を映像・音声で保存するものであり,現時点でとりうる最も再現性の高い方法である。
 これを分析することにより,手術中の事故の有無の判断がより容易になる。また,事故の原因分析にも大いに役立ち,再発防止につながるのである。
 なお,2004年12月に社会問題化した東京医科大学附属病院で心臓手術の患者が相次いで死亡した問題では,手術中ビデオを事後的に検証することにより,事故原因の解明につながった。この結果,同病院では全手術をビデオ撮影することとなった。また,2002年10月に発生した昭和大学藤が丘病院での腹腔鏡手術による事故についても,外部調査委員会でビデオを検証することにより,事故原因の解明につながった。

2 医師の技術向上

 また,手術中の映像をカンファレンスや研修などで活用することで,術者のみならずその他の医師も,同種の手術の技術向上につながっていく。
 また,近時,各学会が専門医認定を行っているが,こうした手術中の映像を活用することになれば,専門医認定等において医師の技術水準の評価を簡便かつ正確・公平になし得る。実際に,日本内視鏡外科学会では,技術認定制度において,応募者は最近行った内視鏡手術の未編集ビデオの提出を要求している。

3 患者の知る権利

 手術は人体に大きな侵襲を伴うものである。しかし,患者は麻酔を受けていることが多く,自らどのような手術を施されたかについて知る由もない。
 厚生労働省の2003年9月16日付「診療情報の提供に関する指針」では,手術や侵襲的な検査を行う場合には,その執刀者及び助手の氏名をを提供することを医療従事者に求めている。まさに,手術内容の透明性が求められているからである。
 しかし,これだけでは不充分である。手術内容を単に手術記録という紙媒体で記録し,患者の求めに応じて開示するというだけでは,その手術が具体的にどのように行われたかを患者は理解できず,患者の知る権利を充分に満たしたことにはならない。
 このような場合に,手術中にビデオ撮影が行われ,映像を患者が事後的ではあるが見ることが出来れば,患者は自らが受けた手術の内容を具体的に知ることが出来るし,その内容についての疑問点を適切に医師に尋ねることが出来るので,医師の説明としてもより充実したものになり,患者の知る権利をより満たしうる。
 患者の権利に関する世界医師会(WMA)リスボン宣言では,「7c.情報開示は患者の属する文化的背景に従い,患者に理解可能な形でなされるべきである。」とする。まさに,現在の我が国においては,ビデオ映像による情報開示こそが「患者の属する文化的背景に従い,患者に理解可能な形」の情報開示といえよう。  最近では,いくつもの病院が,手術におけるビデオ撮影を導入している。

第4 ビデオ撮影の許容性

1 現行法はビデオ撮影を否定していないこと

 第1で述べたように,手術時のビデオ撮影に関しては,特に法的には義務づけられていないが,これを特に否定するものでもない。よって,立法措置や医療法施行規則の改正などでこれを義務づけたとしても,何ら他の法令等に違反するものではない。
 むしろ,2003年12月24日付「厚生労働大臣医療事故対策緊急アピール」では,「施設」に関する対策として,「(3)手術の画像記録を患者に提供することによって、手術室の透明性の向上を図る」こととし,「ビデオ等による記録及び患者への提供のあり方の研究」を具体例としてあげていることからしても,ビデオ撮影を義務づけることは望ましいことである。

2 撮影設備,保存に関するコストは低いこと

 このようなビデオ撮影を義務づけた場合,コストの問題を懸念する意見も想定されよう。
 しかし,撮影機器の価格は近時,技術開発が進み,さほど費用を掛けずとも撮影装置は設置できる。実際に,個人事業者であるコンビニエンスストアでさえ,防犯ビデオを設置していることからして,手術設備を備えた医療機関ならば,決して大きな負担にはならないはずである。
 また,保存スペースの問題については,ハードディスクやDVDなどで保存すれば,倉庫などのスペースも要することなく,大きな負担とはならないはずである。

第5 結論

 患者の権利が高まり,診療記録の開示がもはや当然のこととなりつつある現在,診療記録が単に開示されるだけではなく,開示される情報の内容が充実したものでなければならない。
 患者が手術を受けた際にビデオ撮影をし,その映像記録を開示することは,手術中の事故の原因分析,医師の技術向上に役立つ。当然に,患者が自ら行われる医療を知ることは患者の権利向上,医師との信頼関係構築のためにも極めて重要である。
 よって,当弁護団としては,要望の趣旨記載のとおり,手術時のビデオ撮影については,医療法施行規則の改正によって義務づけるよう要望する。

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