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団員リレーエッセイ弁護士の声

桃色のブレスレット

弁護士 菊谷 淳子

母から電話があった。「お父さんと初詣に行ったから、良縁祈願のお守り送るわ。」信教の自由は親子間でも尊重されて然るべきなのだが、日頃の親不孝を思えば無碍にはできない。

翌日、届いたお守りには日本語で、なぜかこう書いてあった。

交通安全

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その依頼者に初めて会ったのは、ちょうどその年の春だった。定期検診での癌の見落とし。発覚した時にはすでにステージVで末期、余命数ヶ月という状態であった。相談にこられた当時、今月で仕事を辞めこれから治療に専念します、ということだった。当時46歳。初回相談時に詳しい身の上は聞かなかったので、事務局で、彼女には小さい子供がいたりしないだろうか、という話になった。

私は彼女の右手にかかっていたピンクの天然石のブレスレットを見て、彼女は独身なんだろうなと思っていた。

ローズクォーツ、チェリークォーツ、マザーオブパール、ピンクトルマリン、上品に連ねられた桃色の天然石はいずれも妙齢の女性が一つは持っているであろう、恋のお守りの石である。

生きること自体が至上命題の自らの命の闘いに直面してもなお、「恋が叶いますように」と願わずにいられない、その無念さは察するに余りある。

酒豪だった彼女は、その体質から抗がん剤の副作用も予想外に少なく、元気だった。傍目には治療が順調にすすんでいるかのように見えた。「結婚するまで互いに死ねませんね」と軽口をたたきあうようになった。どうか、彼女に奇跡が起こって欲しい、と祈らずにはいられなかった。

しかし宣告されていた余命より少し長く生きて、突然旅立ってしまった。

見落としの損害を語る時、5年生存率、というはかり方があるが、単に生きることができなくなったことが本当の損害ではない。生きていれば何をしたかったか、それは人それぞれであり、生きる、ということの意味は人によって違う。仕事はあくまで仕事であるが、私はそのそれぞれの重みを忘れないようにしたい。

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翌年、母から再び電話があった。「今年はお父さんとしっかり祈りを込めてお守りを送ったから」どうやら、両親、今年はガチ本気らしい。

届いたお守りには、日本語ではっきりこう、書いてあった。

商売繁盛

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