団員リレーエッセイ弁護士の声
インプラントホットラインに参加して
弁護士 井上 拓
私は、平成24年4月28日に医療問題弁護団が主催した「インプラントホットライン」に参加した際に感じたことと、本年から医療問題弁護団に入団した私が、医療事件に携わる弁護士になろうと考えた動機について、簡単に述べたいと思います。
「インプラント」とは、体内に埋め込まれる器具の総称であり、このうち、失われた歯根に代えて顎骨に埋め込む人工歯根のことを「歯科インプラント」といいます。歯科インプラントに係る医療行為のことも単に「歯科インプラント」というので、以下でもそのような表現をします。
近年、歯科インプラントは、歯科治療の有効な手段として注目されていますが、一方で、歯科インプラントに関するトラブルが、増えています。
その原因としては、歯科インプラントは自由診療であるから、保険診療と違って監督官庁の監視が届きにくいこと、標準的な方法が確立されていないこと、治療費の高額さゆえ十分な技術を持たない医師が安易に歯科インプラントを行いがちであることなどが言われています。
この問題を解決するべく、医療界及び法曹界の双方が、動きました。
医療界では、日本歯科医学会が近く、歯科インプラントに関するガイドラインを作成する予定です。法曹界では、医療問題弁護団の歯科部会が「インプラントホットライン」という電話による無料法律相談会を企画しました。
私は、平成24年4月28日に行われた、医療問題弁護団主催の「インプラントホットライン」に電話相談の担当者として参加しました。
インプラントホットラインの相談担当者は、事前に行われた研修会で、歯科インプラントに関する医学的及び法的な基礎事項を学んでいたため、当日の法律相談は大きな混乱もなく、スムーズにいったと思います。
驚いたのは、その件数です。4名ずつ交代で法律相談を担当しましたが、電話で相談を受けている最中に、次の相談の電話がかかってきます。全員が電話に出ている場合は、赤いランプが光り、次の電話がかかっていることを知らせてくれるのですが、私の記憶では、ほぼずっと赤いランプが光っていたように思います。したがって、電話を切ると、すぐに次の電話が鳴る、という状態でした。
インプラントホットラインは、テレビ番組でも取り上げられたため、周知に成功した面はあったと思いますが、これだけひっきりなしに法律相談の電話が鳴るということは、それだけ歯科インプラントについて悩んでいる人やトラブルで困っている人が多いからではないでしょうか。
また、当日の記憶を振り返ってみると、「噛める喜び」についての記憶が鮮やかですので、そのことについて述べます。詳細の紹介は控えますが、歯科インプラントの治療後しばらくは問題がなかったが、その後に不具合が生じたという事案でした。問題なのは「不具合」ですので、それについても聴取しましたが、相談者の方は、(一時的とはいえ)不具合が生じるまでに享有した「噛める喜び」について、熱く語っておられたことを、よく覚えています。
入れ歯ではなく、自分の歯であるかのような、フィット感と噛み心地。自らの歯で噛むことができなくなった人にとって、「噛める喜び」を享有できることは、極めて大きな価値です。そして、それゆえ、歯科インプラントには必要性があり、多くの需要があるのです。
しかし、他方で、歯科インプラントの需要がこれからも増えていくことを考えるとき、ますます安全なものであって欲しいと願わざるを得ません。そして、私は、このインプラントホットラインへの参加を、この願いを叶えるための、具体的な行為の1つであると整理しています。つまり、紛争解決の現場から、歯科インプラントの安全な運用構築に貢献していきたいと考えています。
最後に、歯科インプラントに限らず、私が医療問題に携わる弁護士になろうと考えた動機を述べます。
医療の目的は、患者の生命・健康を守ることにあります。そして、この目的を阻む敵は、内外にいる、ということを認識することが第一歩であると考えます。
外の敵は、ウィルスであったり細菌であったり、直接的に患者の生命・健康を蝕むものです。これに対しては、研究者を含む医療界の方々が日々格闘されており、感謝と尊敬の限りです。不断の努力の結果、地球上から駆逐したものさえあります。
しかし、他方で、敵は内にもいます。それは、個人(医師)あるいは組織(病院)自体がもつ「甘さ」や「油断」です。この「敵」と戦うため、個人レベルでは倫理研修がなされ、組織レベルではガバナンス体制が構築されるのだと思いますが、この内なる「敵」に対する対抗手段が必ずしも十分ではない医療機関が少なくないから、医療過誤が尽きないのではないでしょうか。
私は、医療問題に携わる弁護士としての使命は、この内なる「敵」を駆逐することだと考えています。確かに、患者側を代理して、医師や病院側と争うこともあるかもしれませんが、本当の「敵」は医師や病院そのものではなく、個人の「油断」やそれを防げないガバナンス体制の「甘さ」であると認識しています。我が国の医療機関から、この内なる「敵」を駆逐できたとき、医療過誤は激減し、医療水準はさらに高まるものと確信しています。
そして、そのために、尽力する所存です。以上