団員リレーエッセイ弁護士の声
わが子のために、できることを ~市立甲府病院・放射性医薬品過剰投与事件~
弁護士 晴柀 雄太
1 はじめに
この事件は、山梨県甲府市にある市立甲府病院が1999年から2011年までの核医学検査において、15歳以下の小児145名に対し放射性医薬品を過剰に投与していたというものです。子どもによっては、学会が推奨する投与量の40倍もの放射性医薬品を投与されていた方もいました。
2011年9月に、病院がこの事件を公表し、その後、被害者家族の一部が医療問題弁護団に相談をし、弁護団を結成して受任することとなりました。
2 受任から事故調査委員会の設置まで
当初の活動は、いわゆる真相究明に関する内容が中心でした。「なぜこんなことが起きたのか」
「どのくらい過剰に投与されたのか」
「将来の健康への影響はないのか」
といった被害者・家族の声を、病院との協議や市長面談などを通して伝え、病院の外部の者で構成された事故調査委員会を設置するよう、繰り返し求めてきました。時には、議会に請願を提出し、署名活動なども行ない、マスコミにも訴え続けました。
結局、甲府市が外部の者で構成された事故調査委員会を設置したのは、事件公表から1年8ヵ月後の2013年5月のことでした。どんなことでも、月日が経過すれば、記憶は薄れていきます。今回、真相究明のためには、もっと早い段階で事故調査委員会を設置する必要があったのではないでしょうか。
3 事故調査委員会による調査と、統一要求書の提出
事故調査委員会による調査は、約1年かけて行なわれ、1ヵ月~2ヵ月に1回の頻度で会議が開催されました。被害者家族からの要請を受け、被害者・家族へのヒアリングも実施されました。
これと並行して、2013年6月には、被害者・家族による統一要求書を、甲府市長及び市立甲府病院院長あてに提出しました。その内容について、大きな柱となったのは次の6項目でした。
- 法的責任を認め謝罪すること
- 真相究明を行ない、再発防止策を講じること
- 健康被害対策・補償を行なうこと
- 被害回復措置を講じること
- 偏見・差別の撤廃をすること
- 定期協議を実施すること
これを受け、弁護団と甲府市との間で、統一要求書に関する継続協議を開催していくこととなりました。2013年7月に第1回協議が行われました。
4 継続協議~事故調査報告~示談成立
弁護団と市との間の継続協議は、2015年8月まで、合計15回開催されました。
その間の2014年3月、事故調査委員会は、報告書をまとめました。
事故調査委員会の報告書の内容は、病院の構造的な問題を指摘し、過剰投与を主導した技師長補佐個人だけでなく、医師の責任をも明確にし、さらには再発防止策にも言及するなど、有意義なものでした。
一方、協議の中で、甲府市は、放射性医薬品の過剰投与について法的責任があることを認め、個別の被害者との間で示談書を交わすこと、再発防止策については、「今後の方針」という別の書面を作成することとなりました。
示談書の内容は、概ね以下のとおりです。
- 法的責任を認め、謝罪する
- 定期検査を年2回50年間無料で実施し、交通費を支払うこと
- 将来的に検査項目を見直すこと
- 定期検査で異常値が出たときの再検査は無料で実施し、交通費を支払うこと
- 過剰投与と因果関係が認められる疾患に罹患した場合の損害賠償をすること
- 将来生じた損害について、消滅時効、除斥期間の主張をしないこと
- 生命保険など加入にあたっての協力、支払制限を受けた場合の金員填補
- 精神的負担と交通費等に関する補償額の支払い
精神的負担と交通費等に関する補償額の支払い - 再発防止に向けた取り組み
- 偏見・差別についての配慮
- 定期検査における負担の軽減
- カルテなどの永年保存
- 検査結果の調査、分析、検討
- 年1回の定期協議と、随時協議の開催
そして、2015年10月12日、被害者家族23名と甲府市との間で示談書を交わし、その後の市長面談で、市長、病院長から被害者・家族に対し、直接、謝罪の言葉が述べられ、再発防止に関する「今後の方針」についての約束がありました。
ここに至るまで、事件が発覚してから、4年あまりの歳月が経過していました。
5 おわりに
弁護士が事件を受任する場合、多くの方は、裁判のことをイメージすると思います。しかし、被害者・家族が、このように粘り強く活動することで、裁判をしなくても一定の解決をすることができることもあります。
もちろん、裁判をすることには、判決という明確な結論が出るという点でメリットがありますが、裁判では金銭請求をすることしかできませんし、判決では単に「~円を支払え」「請求を棄却する」という、金銭請求に対する応答しかしてくれません。無料検査の実施や将来の交通費の支出約束などは、裁判を通じてでは獲得し得ない事項でしょう。
この事件は、示談の成立で全て解決したわけではなく、被害者の検査は今後50年続いていきますし、示談の内容及び再発防止策の実施状況に関し、年1回の定期協議も実施していくことになります。
今後も、医療問題弁護団の目的として掲げている「医療事故被害者の救済及び医療事故の再発防止のための諸活動を行い、これらの活動を通して医療における患者の権利を確立し、安全で良質な医療を実現すること」を達成するために、被害者・家族とともに、活動に取り組んでいきたいと思います。