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医療事件のやりがい

弁護士 野 尻 昌 宏

 私は、弁護士3年目から、医療事件に取り組むようになりました。それから、16年間、医療事件に関わってきました。これまで関わった医療事件を思い出してみると、それぞれに思い出があります。ただ、やはり一番印象に残るのは、初めて経験した案件です。

 私が初めて経験した案件は、悪性腫瘍の見落としにより患者が亡くなったというケースでした。
 血尿や排尿痛、下腹部痛を自覚した患者さんは、A病院を受診しました。膀胱鏡検査で膀胱内に直径5ミリ程の腫瘍が発見されたものの、その後に行なわれた細胞組織検査の結果、同腫瘍は悪性ではないと診断されました。
 その後、患者さんは、A病院とは別のB病院を訪れ、泌尿器科担当医師の診察を受けます。そこで膀胱鏡検査を受けたところ、膀胱頂部に浮腫が認められましたが、B病院の担当医師は、肉眼的所見にて悪性腫瘍とは認められないこと、及び、A病院での細胞組織検査で悪性腫瘍の所見が認められないとされていたこと等を理由に、更なる細胞組織検査、腹部超音波検査、CTやMRIによる画像診断等を行なわないまま、悪性腫瘍ではないと判断し、慢性前立腺炎と診断しました。
 ところが、患者さんが数ヶ月後にさらに別の病院で膀胱鏡検査と腹部超音波検査を受けたところ、患者さんは尿膜管がんであると診断されたのです。この時点で患者さんの尿膜管がんは既に相当程度の進行状態にあったため、その後の治療も虚しく、患者さんは、亡くなってしまいました。

 亡くなられた患者さんのご遺族から相談を受けた際、私は、そもそも「尿膜管」というものの存在すら知りませんでした。「尿膜管」とは、臍と膀胱頂部にそれぞれ端を持つ索状物です。しかし、私は、自分の臍と膀胱をつなぐ管が体に残っているということなど、微塵も考えたことはなく、ましてや、そこに悪性腫瘍が発生するなどという話は聞いたこともありませんでした。当然、まずは、尿膜管とは何か、尿膜管はどのような場所にあるのか、尿膜管に悪性腫瘍が生じた場合はどのような症状を呈するとされているのかなどについての文献を調べるところから始まりました。
 そして、先輩弁護士の意見やアドバイスを聞きつつ、四苦八苦しながらカルテを読み、医学文献による調査・検討を行った上で、「尿膜管がんの可能性も念頭においた上で患者に対して膀胱鏡検査や腹部超音波検査、CT、MRI等の検査を十分かつ速やかに行い、尿膜管がんであることが判明した場合には、切除手術等適切かつ最善の治療を行なう注意義務があったにもかかわらず、これを怠った過失が担当医にはある」として、私たちはご遺族の代理人として、B病院に対して訴訟を提起するに至りました。
 こちらの主張に対して、B病院は、患者さんの膀胱頂部の変化には、固形がんや乳頭がんを疑わせる所見や出血がなかった、前立腺生検の結果悪性所見が認められなかった等として、過失を争いました。
 B病院の担当医は、医師尋問においても過失が無いとの主張を堅持していましたが、その後に実施された鑑定の結果、B病院の担当医は、患者さんの膀胱頂部に浮腫を確認した時点で、X線CTやMRIの画像診断や膀胱病変部深部層からの組織採取による生検を行うべきであったとされました。
 そして、提訴後約1年半後に、同案件は勝訴的和解にて終了しました。

 初めて経験した医療事件に対する感想は、正直、「大変」の一言でした。疾患の内容や特徴も分からない。その疾患に対する治療方法がどのようなものであるかも分からない。そもそも、疾患が存する器官の位置関係や機能すらも分からない。カルテに記載された略語の意味も分からない…。
 そのような状態の中で、とにかく、地道に文献を調べ、時間をかけてカルテを検討し、自分なりの考えをまとめた上で先輩のご意見をいただきながら、何とか事件を進めていったという感覚でした。医師尋問では、長い時間をかけて質問事項を考えて尋問に臨んだものの、あっけなく医師からの反論に遭い、結局は先輩弁護士のフォローによって助けられるという状態でした。
 それでも、解決に至った後、患者さんのご遺族から、「ありがとうございました。」と言われた際の喜びは、ひとしおでした。「医療事件は大変だけど、自分なりに頑張って良かった。」・・・その時の気持ちは、今でも忘れません。

 その後も、いろいろな医療事件を経験しましたが、「医療事件とは、時間と労力がとてもかかる。」という印象は、全く変わっていません。医療事件に何件関わっても、それぞれの事件で、知らないことばかりです。私などまだまだ未熟者ですが、これからまた多くの事件に関わったとしても、きっと同じ感覚なのではないかと思っています。でも、その分やりがいも大きい。この思いも、全く変わりません。
 特に、相手方の病院の過失責任を裏付けられそうな医学文献やカルテの記載等に行き着いた際の「これだ!」という感覚は、なかなか他の種類の事件では味わえません。また何より、事件が解決した時に依頼者の方からいただくお言葉や安心した表情に、それまでの大変な思いが報われます。
 特に若手の弁護士の方は、「医療事件には興味あるけど、医療のことが全然分からないのが不安だし、大変そうで・・・」と少し気後れしてしまうかもしれませんが、是非、勇気をもって取り組んでいただきたいと思います。医学的なことがよく分からないのは、多少経験を積んでもあまり変わらないので、事件ごとに取り組むしかありません。そのことに不安を覚えるよりも、大変さの中にきっとある「やりがい」を感じて欲しいと思います。
 少し偉そうなことを書いてしまいましたが、私自身、まだまだ「ひよっこ」の感覚です。これからも、多くの医療事件に取り組める機会がいただければありがたいことだと感じています。

以 上

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