団員リレーエッセイ弁護士の声
医療事故調査制度の改善を求める要請書の提出(木下正一郎)
要請書の提出
医療事故調査制度が2015年10月にスタートしてから、5年が経過しました。医療事故調査制度は、医療事故の原因を明らかにし、医療事故の再発防止を行い、医療の安全を確保する制度です。国民の安全な医療を受ける権利を確保するため、国及び医療機関が負う社会的責務を具現化する制度であるといえます。
しかし、制度開始以前・開始当初から制度趣旨に照らしていくつもの問題が指摘されていました。5年を経て一層制度の問題が顕在化しています。
5年の節目に、患者の視点で医療安全を考える連絡協議会(患医連)は、医療事故調査・支援センター(センター)の権限強化や見直し検討会の設置を求めて、2020年12月23日、厚生労働大臣に宛てた「医療事故調査制度の改善のために厚生労働省内に見直し検討会の設置を求める要請書」を厚生労働省医政局総務課医療安全推進室に提出しました。以下、要請の内容を紹介します。 なお、患医連は、医療過誤原告の会、医療事故市民オンブズマン・メディオ、医療情報の公開・開示を求める市民の会、医療の良心を守る市民の会、陣痛促進剤による被害を考える会が加入しています。患医連、医療問題弁護団、患者の権利法をつくる会の3団体で医療版事故調推進フォーラムを構成し、医療事故の再発防止・医療安全の推進のため公正な医療事故調査制度の確立を要請する活動をしています。
医療事故報告・調査を促進するセンターの権限の強化
制度開始前、医療事故報告件数は年間1300~2000件と試算されていました。年間2万件を超す医療事故死亡事例が発生していると推計されているところ、この試算にしても少ないものでした。そうであるにもかかわらず、5年間の医療事故報告件数は毎年400件未満で、5年の合計でも1847件にしか達しませんでした。
また、2015年10月~2019年12月末までの4年3ヵ月の実績で、400床以上の施設のうち約28~70%の施設で医療事故の報告実績がなく、900床以上の施設(全53施設)に限ってみても、28.3%にあたる15施設で報告実績がありませんでした。多くの医療機関で医療事故が報告されていないことが疑われます。
実際、2019年の医療機関からの相談に対し、センターが37件で報告を推奨すると助言したにもかかわらず、16件(43.2%)では医療機関が医療事故報告を行いませんでした。
さらに、医療過誤原告の会に医療事故の被害者・遺族から寄せられた相談のうち、予期せぬ死亡と判断される相談件数は5年間で135件ありましたが、医療機関がセンターに報告したものは14件に過ぎませんでした。
このように、報告されるべき医療事故が報告されていなくて、報告件数が少ない実態が明らかになっています。
そこで、患医連は、センターが医療事故として報告すべきと判断した事例については、医療機関に対して報告を求めること、この求めにもかかわらず、医療機関が医療事故の報告をしない場合には、センターは、医療事故の報告をしない医療機関の名称を公表すること、センターの求めに応じて報告・調査を行おうとしないときは、センターが医療事故調査を行うことができるように、センターに権限をもたせる法律、運用の改正をすることを求めました。
センター調査報告書の公表
現在、センターが行う調査報告書(センター調査報告書)は公表されていません。
センターで調査・分析された結果であるセンター調査報告書が公表されれば,これを教訓として,全国の他の医療機関も同様の医療事故を防止することができます。したがって,医療事故の当事者たる遺族と医療機関のみならず,他の医療機関でも医療事故の防止に役立てられるよう,センター調査報告書が公表されることが必要かつ重要です。公表にあたっては、特定の個人を識別することができる情報はマスキングされることを想定しています。
また、報告事例を明らかにしていく上でも、事故事例の公表は重要と考えます。いかなる医療事故事例を報告すべきかについては、医療法6条の10に定められています。法律の規定は抽象的にならざるを得ず、具体的事例を報告すべきか否か見解が分かれることがあります。報告すべき基準を明確にしようとしても同様の問題は残ります。基準の文言を修正するよりも、多数の医療事故事例を公表して、医療機関が医療事故として報告をすべきか判断するにあたり参照できるようにすることが適当と考えます。それにはセンター調査報告書の公表が最も適しています。
そこで,患医連は、再発防止の観点から、また、適切に医療事故報告がなされるようにする観点から、センター調査報告書を公表することを求めました。
見直し検討会の設置
ここまでに述べたとおり、現行の医療事故調査制度は医療の安全を確保するという目的を達成するにあたり、重大な問題があります。5年を経た今、医療事故調査制度は医療の安全の確保に資するよう、改められなければなりません。
そこで、患医連は、医療事故調査制度の改善に向けて、すべきこと及びロードマップを議論し整理するために、見直し検討会の設置を強く求めました。
なお、5年前の医療事故調査制度の開始前に、運用を検討する検討会が設置されました。しかし、検討会設置直前に、それまで医療安全を確保する実践を行ってきた複数の構成員候補者が検討会の候補者から外され、これに代わる構成員が選任されました。新たに入った構成員からは、医療事故の報告・調査をしなくともよしとする意見が出され、意見はまとまらず、医療事故調査制度は医療事故再発防止に十分に資するものとはなりませんでした。したがって、検討会の構成員には、医療事故調査制度のもとで医療の安全を確保する実践を行ってきた者、少なくとも医療の安全を確保する意思がある者を選任しなければなりません。
医療問題弁護団では、患医連、患者の権利法をつくる会とともに、引き続き、医療事故調査制度の改善を求め、医療事故の再発防止に向けた活動を続けていきます。