団員リレーエッセイ弁護士の声
解剖と私(大森 夏織)
最近は法医や病理医を主人公にした漫画やドラマも増えてきました。
私がはじめて「解剖」を意識したのは、小学生時に放映された不朽の超絶面白名作ドラマ「天下御免」1)です。主人公は平賀源内ですが、若かりし杉田玄白(演者坂本九)も登場人物のひとりで、いつも「腑分け」の見学機会を求めて走り回っていました。
その後、司法修習生のカリキュラムに司法解剖見学があり、もっとも印象的な修習となりました。
さて、弁護士になって医療紛争・医療事故・医療過誤案件を扱うようになると、あらためて「解剖」の大切さを実感することが少なくありません。患者さんの解剖がされていれば、死因で争われることもなく、紛争化や紛争長期化を避けられたと思われるケースがあります。ご遺族からすると、ご遺体をこれ以上傷つけたくない、患者さんにこれ以上苦しい思いをさせたくない、という思いから、解剖をお断りする方が少なくありません。まったく無理からぬことではあるとはいえ、医療機関側・医療従事者側がもっと解剖の必要性を真摯に説明していれば変わっていたのではと歯がゆい思いをすることもあります。
患者が死因不明であったり診断する死因に疑問を持たれたりする場合、医療機関側が解剖について積極的に説明や提案をする義務があるか、つまり死因解明義務があるかどうかについて、法律構成は定まっていないものの、いくつかの裁判例や、医療機関側の弁護士の著作でも肯定されています2)、3)。
2015年10月から、医療法による公的な医療事故調査制度が実施され、患者さんが医療に起因して予期せず死亡した場合、医療事故調査・支援センターへの報告と院内事故調査が必要になっています。この制度では、報告・調査対象全例に解剖実施が要求されていませんが、解剖を実施しなければ死因が明確ではない場合は、ご遺族の同意を得て、当該医療機関自ら、あるいは地域の医療事故調査等支援団体と連携して解剖することが求められます4)。ご遺族の心情に配慮しつつ、ご遺族が解剖の重要性を共有して解剖を受け入れられるような説明モデルなどもあります5)。
このような、医療に関連する死亡ばかりではなく、全ての死因究明の必要性は、「国民が安全で安心して暮らせる社会及び生命が尊重され個人の尊厳が保持される社会の実現に寄与するものであり、高い公益性を有する」のです
(厚生労働省2021年6月公表「死因究明等推進計画」6))。日本の死因究明制度全体も、ようやく法的整備が整いつつありますが、医療に関連する死亡もそうでない死亡も、その原因究明に必要な人的物的体制の整備はまだまだ不足しています7)、8)。私たちの納める税金は、人々のいのちや暮らしを守ることにもっと使って欲しいと日々思っており、死因究明制度の人的物的体制整備も税金の大切な使い道のひとつだと考えます。
昨年、母が入所施設で誤嚥から心肺停止となり、数日後に搬送先大学病院で死亡しました。念のため当該大学病院での病理解剖を依頼してみたところ、外因死のため警察への届出と検死が必要であると言われ、検死の結果、監察医務院での解剖となりました。これまで遺族代理人として解剖結果の求説明のために監察医務院を訪れる機会はありましたが、よもや自身の実人生で利用者になるとは想像しておらず、感慨深い経験でした。人員体制も満足ではないであろうに丁寧な対応をしてもらい、感謝しています。
以 上
1) 1971-1972NHKにて放映。脚本早坂暁ほか
2) 児玉安司「死因の説明過誤事件」
信国幸彦編「医事法判例百選第2版」(有斐閣、2014年)76頁
3) 西内岳・許功・棚瀬慎治編「改定版 Q&A 病院・医院・歯科医院の法律事務」
(新日本法規出版株式会社、平成28年)347頁
4) 厚生労働省「医療事故調査制度に関するQ&A」
5) 日本医療安全調査機構「医療事故調査制度関係資料~病理解剖説明資料」
6) 厚生労働省「死因究明推進計画」
7) 松山健「死因究明等推進計画、閣議決定される」
(医療事故情報センターニュース400号)
8) 福島至「死因究明制度の概要とその問題点」
(2021年東京弁護士会夏期合同研究会分科会資料)