医療と労働事件(鈴木 悠太)

 私は、労働者側で労働事件を多く扱う法律事務所に所属しています。
 私自身、扱っている事案の9割近くが労働者側の労働事件で、年間100件近い労働事件を扱っています。
 そんな私が、なぜ労働事件に加えて、医療問題弁護団で医療事件を取り扱っているのかというと、元々生命や人体、医療への興味・関心があったからです。
 私は、弁護士を志す前は専ら理系の人間で、大学受験で生命科学部を受験しようとしたこともありました。
 その後文転して弁護士を目指すことになりましたが、生命や人体、医療などの理系分野には引き続き興味・関心を持っていました。
 そして、弁護士になった後に医療問題弁護団の存在を知り、患者側に寄り添って医療事件を扱う先輩方を見て、私も生命や人体、医療への興味・関心を活かして医療事件を扱ってみたいと思い、医療問題弁護団に加入しました。
 医療事件は、医学文献やカルテ等、調査しなければならないことが多く、労働事件と並行して扱うのは大変ですが、興味・関心に駆り立てられて調査を進めることができていると思います。

 実は、労働事件においても、医療事件ほどではないにせよ医療の知識が必要になることがあります。
 一番は、労働災害(労災)の事件です。職場の事故や業務により傷病を患ってしまった場合、それが労災であると認められ、労災保険給付を受けたり会社に損害賠償請求したりするためには、傷病の発症や、傷病と業務との因果関係(業務起因性)を立証しなければなりません。その立証はまさに医学的な立証になります。
 カルテを検討することはもちろん、時に医療事件同様に医学文献を調査する必要があることもあります。
 私は、過労自殺の案件を扱うことも多いのですが、過労自殺は、過労によるストレス等から精神障害を発症し、その結果自殺に至ってしまうものなので、精神障害の発症や、精神障害の業務起因性が問題となります。
 そのほかにも、傷病により休職していた人の復職拒否の事案で、傷病が回復して休職事由が消滅していたことを立証するために医学的な立証が必要になることや、医療従事者の解雇事案で、解雇理由の有無を検討するために医療の知識が必要になることもあります。

 また、医療事件のご相談の中にも、そもそもの傷病の原因が職場にあり、労災申請等を検討すべきと思われる場合があります。

 労働事件も医療事件も専門的で困難な分野ですが、両方を扱っているからこそ、それぞれの相談を受けた際に幅広いアドバイスができると信じて、これからも知見を深めていきたいと思います。

以 上

基礎研修訴訟編を開催しました

 令和3年12月14日、後藤団員を講師として基礎研修(訴訟編)を開催しました。
 医療事件の訴状の書き方の基本についての説明がなされ、新人団員から「非常にわかりやすく、訴状作成のイメージが持てた。」「被害者救済のためにどのような手続を選択すべきかについてのお話があり、非常に考えさせられた。」等の感想もあり、大変盛況でした。

12月11日(土)15:30~16:30 署名活動を池袋駅 西口で行いました

公正な医療事故調査制度の確立を求めて チラシ配布・署名活動を 次の日時・場所で,行いました。

<第126弾>2021年12月11日(土)15:30~16:30
場所 JR山手線 池袋駅 西口ロータリー前

適切な医療情報開示について(櫻田 晋太郎)


 医療事件に携わるようになって、医療訴訟や紛争は単に医療ミスがあったから起こされるわけでは必ずしもないということを学びました。
 医療ミスは、例えそれが重大なミスであったとしても訴えられることは決して多くありません。
 医療訴訟や紛争の主要因は、医療ミスが起きた後に「十分な対応をしてくれなかった」「医療従事者が適切にかつ共感的に対話してくれなかった。」「十分な説明と情報開示をしてくれなかった。」「将来の医療ミスを防ぐための教訓を学び、反省をしてくれなかった。」といった、患者又は家族の思いや認識にあります。
 医療相談にくる相談者の方の多くの方が、「いったい医療の現場でなにが起きたのか」、そして「それが何故起きてしまったのか」を知らず、それを知りたいと願っていると感じます。そして、さらには、将来の再発防止の対策がとられるのかを知りたいと願っています。


 そうであるにもかかわらず、なぜ、患者又は家族に「適切な」医療情報が開示されることは少ないのでしょうか。
 ここであえて「適切な」医療情報の開示と述べたのは、何らかの医療ミスがあり、患者又は家族が医療機関に説明を求めた場合、医療情報の開示自体はなされますが、「適切な」医療情報が開示されていると必ずしもいえないからです。
 患者又は家族が求めている、「いったい医療の現場でなにが起きたのか」、そして「それが何故起きてしまったのか」について、正面から答える説明がなされるのは希であるように思います。例えば、起きた事実のみを羅列的に説明し、医療ミスと被害とを結びつけるような説明をあえて避けるような説明、発生結果は患者の状態や合併症によるものという印象を残す誤導的な説明、既に分かっている医療ミスと生じた結果との繋がりを避け、他に考えられる可能性を殊更強調するような説明、事実を曖昧にし、先延ばしにすることを目的とするような説明等をよく目にします。


 多くの医師が医療情報の開示に対する控えめな態度をとる理由として、訴訟への恐れとその負担を回避することにあるといったアンケート結果があるようです。また、医療ミスを起こした医師は、心情的には、遺憾の意を表するのに吝かではなく、謝罪さえ厭わないにもかかわらず、そのような気持ちを表名すると法的責任の表明ととられかねないとの恐怖から、医療情報の開示を躊躇することになるというアメリカの研究結果もあるようです。
 しかしながら、多くの患者と家族は、医療ミスなどの有害事象の後に続く医療従事者とのコミュニケーションが全面的に正直なものであることを強く望んでおり、医療ミスを起こした医師は、心情的には、遺憾の意を表するのに吝かではない方が多いにもかかわらず、医療訴訟への恐怖があるから医療情報の適切な開示を躊躇せざるを得ないのです。これはある意味、とてももったいないことだと感じております。
 医療情報を隠す(あるいは「適切に」開示しない)ことで、医療従事者と患者又は家族との間にミスコミュニケーションが生じ、それが不信や疑いに繋がります。その結果、患者又は家族は、より強く真実の解明を求め、医療情報の開示を強く求めるようになり、医療従事者側もより頑なになっていくという構造があるように思います。この構造は、患者側にとっても医師側にとっても不幸であると考えるようになりました。


 そんな思いもあり、医療情報開示に関する文献を探していたら「ソーリー・ワークス!」という本を見つけ、医療紛争をなくすために医師による患者に対する積極的な共感表明を推奨する取り組みがアメリカでなされていることを知りました。
 そこでは、共感を示す 「sorry」 という言葉と、責任表明を含む 「apology」 という言葉の使い分けを意識的に行い、まずは、起きた事象に対し、医療機関側が「sorry」 という共感を表明することで、共に有害事例に立ち向かう土俵を作ることを目指しているといいます。
 さらには、アメリカでは各州法で謝罪免責法を制定し、医師の共感表明や謝罪が訴訟で不利な証拠として使われないようにし、立法面からも医師の共感表明や謝罪を下支えするという手当がなされているようです。
 このことを知り、自分自身も医療機関側に「apology」を求める余り、医師が「sorry」という意味で、共感を表明しているに過ぎないのに、有責前提の先入観で調査に入ってしまっているケースがあったと反省しました。
 漠然としたイメージではありますが、患者側の代理人として、患者側と医療機関側でお互いが、まずは「sorry」の姿勢で一つのインシデントに向き合い、よりよい医療を目指していければと考えたりしています。

 とりとめもない文章となってしまいましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

以 上


参考文献
・ロバート・D・トゥオルグほか著(和田仁孝ほか訳)
  『医療事故後の情報開示』(双文社印刷)
・ダグ・ヴォイチェサックほか著(前田正一ほか訳)
  『ソーリー・ワークス!』(医学書院)
・医療記録の開示をすすめる医師の会
  『医師のための医療情報開示入門』(金原出版)

第43回 医療問題弁護団・研究会 全国交流集会で、医療問題弁護団・東京が「大学病院のカルテ改竄と説明義務違反による全損を認めた事件」を発表しました

 2021(令和3)年12月4日、全国各地の医療問題弁護団・研究会による全国交流集会がオンライン開催されました。
 医療問題弁護団・東京においては、大森夏織団員・梶浦明裕団員・飯渕裕団員が代理人を務めた事件の判決(東京地方裁判所民事34部令和3年4月30日判決言渡し・確定)の事例紹介として、「大学病院のカルテ改竄と説明義務違反による全損を認めた事件」の発表を行いました。
 登壇者は、飯渕団員でした。
 本件は、大学病院において比較的近時に多数のカルテ改ざんがあったことを認定し、カルテ改ざんが患者に対する不法行為を構成しそれ自体で慰謝料の対象となると判断した事件であるとともに(カルテ改ざんは、疑わしくとも通常は立証困難であるところ、今回は立証に成功しました)、適切な説明が行われていれば手術も受けなかったとして、説明義務違反と結果との間の因果関係も認めた点で意義のある判決であり、類似事例等や、訴訟以外の活動(記者会見による周知活動、病院のホームページの記載の適正化申入れ、厚労省への行政処分の申入れ等)と併せてご紹介いたしました。