団員リレーエッセイ弁護士の声
不自然死を究明すること(石川 順子)
1 石原さとみ主演のテレビドラマ「アンナチュラル」をご覧になったことがありますか。石原さとみは、「不自然死究明研究所」、通称「UDIラボ」の法医解剖医役で、毎回、病死、無理心中、交通事故死等とされそうになったご遺体の本当の死因をラボの仲間などと連携して究明していきます。
(実際の放送は2018年でしたが、今はTBSのオンデマンドで有料で観ることができるようです。私はamazon prime videoで観ました。)
2 このラボは、実在しないフィクションの世界につくられた研究所です。第1回のドラマでは、石原さとみの上司、松重豊演じる所長は、息子の死因を「虚血性心疾患」と診断されたことに疑問を抱いて研究所を訪れた両親との間で、次のような会話を交わしています。
父親:突然死の中で、もっとも多い死因だとききました。
所長:虚血性心疾患は、狭心症から心筋梗塞まで広く含まれます。言い換えれば、医者がもっとも書きやすい死因です。
父親:本当に息子は、ただの突然死なんでしょうか。
所長:疑問に思われるのも無理はありません。日本ではアンナチュラルデス、いわゆる不自然死の8割以上が、解剖されないまま適当な死因を付けられて荼毘に付されています。これは先進国の中で最低の水準です。(※このドラマは、法医学監修、医療監修を受けています。)
そんな状況を変えるために作られたのが、この不自然死究明研究所、通称UDIラボです。
通常の司法解剖や行政解剖を行うほかに、親族の死因に疑問を抱く一般人からの要請によっても、有料(画面にパンフレットが写っています。死因別で料金が決まっており、一番料金が高い腐敗死体で35万円とありました。現実の現場でこのくらいの費用がかかっているのでしょう)で解剖を行い、死因を究明するという架空の理想の施設です。
親族を亡くしたばかりの方から、解剖してもらうにはどうしたらいいかという相談を受けることがありますが、現実にこんな施設があれば、すぐにご紹介できるのにと思います。
3 医療行為後に思わぬ悪い結果が生じ、その医療行為を法的にミスといえるかどうか検討する場合、まず、医療行為から患者さんに悪い結果が生じるまでの医学的なメカニズムを明確にする必要があります。患者さんが亡くなった場合には、医療行為によって亡くなるまでの流れが医学的に繋がっていなければ、ミスが原因であるとはいえません。その最後のところが死因で、これをまずはっきりさせることが求められるのです。
4 私は、1999年2月に起こった都立広尾病院事件にかかわりました。手指のリウマチに対する手術後に、看護師が、点滴ルートに取り付けられた三方活栓から、ヘパリン加生理食塩水を注入するつもりで、取り違えてヒビテングルコネートという消毒薬を注入したために、患者さんが亡くなったという事件です。患者の永井悦子さんの夫の裕之さんは、その事件をきっかけに、他の医療過誤被害者、良心的な医療関係者、市民、患者側弁護士ら、医療事故調査制度の設立を願う人たちの先頭に立って、活動を続けてこられました。二度と同じことが繰り返されないように、おこなうべき再発防止策をきちんとたてるには、医療事故原因の究明をしっかり行うことが必要だ、そのための制度を作る、と看護師であった妻悦子さんに誓われたのだと思います。
後からわかった事実なども含めてふりかえってみると、当初から病院側は永井さんご家族に対して病死である可能性を示唆し、事故なのではないかという疑問から家族を遠ざけようとする発言があちこちで見られました。
点滴ルートにヘパリン加生理食塩水を注入するというごく一般的な医療行為後に突然亡くなったことについて、まず始めに主治医は、看護師から注入薬を取り違えた可能性をきいていたにもかかわらずそれを秘し、大動脈解離、心筋梗塞、脳疾患などの病名の可能性を告げました。
院長ら病院の幹部は、事故の可能性を秘したままで警察には届けず、永井さんご家族に病院内での病理解剖を勧めました。永井さんは、親族の中に解剖をしても帰ってくるわけではないという声もあるなか、真実を知りたいとの思いで病理解剖に応じました。その結果、冠動脈血栓、心筋梗塞は認められず、その他の臓器にも死因を説明できる病変は認められず、点滴ルートの刺入された前腕の静脈内と両肺動脈内に新鮮凝固血栓の存在が確認され、前腕の静脈内の新鮮血栓が、両肺に急性血栓塞栓症を起こしたことが考えられるとの病理診断がなされました。後の刑事事件で、解剖を担当した医師は、その結果により9割以上の確率で事故であると思った旨証言しました。
この診断から、心疾患、脳疾患を疑うような所見はなく、肺の血管内に赤血球凝集が認められたこと、すなわち、心筋梗塞などの急性疾患の可能性よりも、薬剤取り違えの事故が考えられることがわかりました。しかし、それでも病院側は警察に届けることはありませんでした。事故の情報を病院内に留めようとしていたものと思われます。
永井さんは、悦子さんのご遺体で点滴の針を刺した跡のある右腕の静脈が赤く浮き上がっていた(静脈の赤い色は血栓の色だった)ことから、病院側は死亡直後から事故の可能性が高いことが分かっていたのではないかと思いました。病理解剖の前に事故の可能性を伝えなかったことについて、副院長は、「心肺蘇生中はいろいろな薬を入れますからね。どんな薬でも静脈炎は起こりうるものですよ。」などと、事故の可能性を考えなかったかのような弁解をしました。
病院は、「病院が届けないのなら、私が届ける。病院から警察に届けるかどうか、返事をしてもらいたい」と永井さんが言って初めて、検討する姿勢をみせ、その後、病院が医師法上の届出としではなく、警察署に伝達をしました。
後日院長は、すぐに警察に届けなかった理由について、永井さんが「病理解剖を承諾したことは、警察に届けなくてよいと了解したこと」だなどと牽強付会の考えを述べました。
さらに、永井さんが院長に対し、どのような状況になったら警察に届けるつもりだったのかと問うたとき、「臓器または血液からヒビグル(ヒビテングルコネートの略称)が検出されたとき」と答えました。これには少し説明が必要です。ヒビテングルコネートは有機物で、血液内に入ると分解してヒビテングルコネートとしては検出されないそうです。私は文系なのでストンと理解できているわけではないのですが、医師ならそのくらいのことは当然わかっていることのようです。ご遺体からヒビテングルコネート自体が検出される可能性はなく、院長が述べるような状況に至ることはないので、上記発言は、警察に届けるつもりはないことを意味していることになるわけです。
また、院長は、薬の取り違えによるショックの可能性が強くなったとか、病死の可能性は限りなく小さくなったなどと言い、あくまでも可能性のレベルに落とし込む発言をしていました。
病理解剖の後、病院側は「急性肺血栓塞栓症」は「病名」であるという病院側に都合のいい解釈を行い、死亡診断書の直接死因欄には「急性肺血栓塞栓症」と記載し、死因の種類欄の「病死及び自然死」に○をつけることとし、それを永井さんに渡しました。
このように、病理解剖が行われてさえ、病院側の薬剤の取り違えにより生じた肺血栓塞栓による死を、「病死および自然死」とされてしまったのです。刑事事件となり、法医学者による鑑定が行われ、動物実験で同じ事象が再現されていなければ、それこそ、冒頭のドラマの突然死が虚血性心疾患の診断名に落とし込まれて、病死として片づけられそうになったのと同じことが、永井さんの場合にも起きていただろうと思ってしまいます。
広尾病院事件についての詳細は、永井裕之さん執筆の「都立広尾病院医療過誤事件 断罪された医療事故隠し」(あけび書房)をお読みください。
5 2015年10月、医療行為に起因(疑われる場合を含む)して発生した死亡・死産で、医療機関の管理者が予期していなかったときに報告するという医療事故調査制度が始まりました。これにしたがって誠実に報告をし、院内事故調査を行っている病院がある一方、たとえば、病床数が少ない方の100から199床の病院のなんと2599施設(92%)、病床数がもっとも多い方の900床以上の病院のうち8施設(15.4%)は、発足から2021年末までの間に1例も報告実績がありません(医療事故調査・支援センター 2021年 年報)。このような状況をみると、広尾病院の上記事故当時の院長、副院長、主治医らのような思考や行動のパターンが、実際に一定の医療機関の医師らにまだまだ存在しているのではないかと思われてなりません。
冒頭のUDIラボの所長の「虚血性心疾患は、狭心症から心筋梗塞まで広く含まれます。言い換えれば、医者がもっとも書きやすい死因です。」という発言も考え合わせると、実際にそのような疾患で治療中で症状が重くなっている方の場合は別として、そのような疾患の既往も症状もなかったような場合に「虚血性心疾患」の死因をつけられて違和感が感じられるようなときには、本当にそうなのか、そのまま荼毘に付してよいのか、今一度立ち止まって考える必要がありそうです。
死亡診断書に記載される死因を示す医学用語には、いろいろなニュアンスやトーンがあるものなのだと思います。
そして、「虚血性心疾患」に限らず、医療機関からの死因の説明に違和感や疑問があるとき、まずは質問しましょう。そして、病理解剖を求めましょう。これ以上苦しませたくないと思われるかもしれません。けれども、もし、不自然な死、理不尽な死である場合、病院が真実を語ってくれていると思えないとき、真実を教えてくれる可能性があるのは、あとはご遺体だけです。亡くなった方の無念を晴らせるのは、その方のご遺体だけです。
別のテレビドラマ「監察医 朝顔」では、監察医役の上野樹里が、解剖を始めるときには毎回、ご遺体に向かって「教えてください。お願いします。」と話しかけます。ご遺体はその存在によって、残された者を真実に近づけてくれると思うのです。
さらに、亡くなる以前に、医師から病状の説明をきいた際、その病気で死亡することが具体的に予期されるような話しがなかった場合には、医療事故調査制度に基づき医療事故調査・支援センターに報告をするよう病院に求めましょう。
https://www.medsafe.or.jp/modules/about/index.php?content_id=24
医療問題弁護団では、医療事故被害者の方の、事故原因を究明して欲しい、再発防止策を立てて実践して欲しいとの願いを実現するために、該当する事例について、この制度にしたがって病院に報告を求めることを基本としています。
6 ドラマ「アンナチュラル」でネット検索をすると、次のシリーズを待ち望む声が多く見られます。不自然死と取り組み、法医学の知見と真実を求める情熱と仲間たちとの連携によって、本当の死因を突き止める過程の面白さに、視聴者は惹かれているようです。
窪田正孝扮する解剖の記録係(休学中の医学生)の「法医学って死んだ人のための学問でしょ。生きている人を治す臨床医の方がまだ。」という物言いに、石原さとみは「法医学は未来のための仕事」と返します。
死因究明が、将来の医学の発展、事故防止、感染防止・抑止、公衆衛生の向上、そしてさらには、亡くなった人の本当の死因がわかったことにより周りの人のその後の生き様が変化すること、それらに寄与するという意味に思え、とても印象に残る言葉です。
このドラマによって、解剖、法医学の重要性が多くの視聴者に伝わり、その認識が日本中に広まって、国が動き、UDIラボがフィクションの中から飛び出し現実に設立され、不自然死がきちんと究明される未来が、本当にきたらいいなと思いながら、次のシリーズを楽しみに待ち望んでいるこのごろです。
以 上