団員リレーエッセイ弁護士の声

がん医療におけるエビデンス不明の医療(渡邊 隼人)

 2023(令和5)年9月6日、医療問題弁護団の医療研修「がん医療におけるエビデンス不明の医療の実態」を受けました。
 私も、以前、とある「免疫細胞療法」に関してご相談を受けたことがあったため、現在の医学的知見の到達点を勉強したいと思い、参加しました。

 講師の勝俣先生によれば、2000年代頃には免疫細胞療法を大学病院などでも積極的に研究されていたようですが、結局、どの研究も効果がなく失敗に終わり、有効性を確認することはできなかったとのことでした。以前は最先端の研究だったのかもしれませんが、今やエビデンスのない治療行為と位置づけられているのは驚きでした。
 と言いますのも、私が患者さんのご遺族からご相談を受けた際、医学文献を調べると、複数の医学文献で一定の効果があるように論じられていたからです。私はそれらの論文をみて、「まだ研究途上だが、一定の効果はあるものなのかな」と考えていました。
 今回の研修で、私の理解が誤っていたことを猛省しました。

 勝俣先生のご説明をお聞きして、美容外科被害と構造が似ているところがあるなと感じました。
 例えば、一部の美容外科でも、エビデンスがないにもかかわらず、あたかも科学的な根拠があるように宣伝しているケースを見かけます。また、自由診療で行われるため、治療費が高額になりやすいという点でも共通しています。

 他方で、免疫細胞療法は、一時期、大学病院等でも研究がなされていたため、一定数の医学文献があるという点は美容外科のケースとは異なります。美容外科のケースでは、そもそも根拠となるような医学文献が何ら見当たらないというケースも見られますが、免疫細胞療法では研究されていた当時の医学文献があるという点が異なります。
 訴訟になった場合、エビデンスのない美容外科の場合、根拠となる医学文献が医療機関側から何ら提出されず、エビデンスがないことが訴訟上も明白になるということがあります。
 しかし、免疫細胞療法については、一時期、大学病院でも研究されていたということもあり、医学文献が一定数存在しますので、上記の美容外科ほど簡単ではありません。エビデンスレベルに違いがあるとはいえ、一応の医学文献があるということは、「エビデンスがない」ということを立証しきる一つのハードルになってくるのではないかと思いました。

 講師の小谷先生の裁判例分析でも、非標準療法を実施する適否に裁判所は踏み込まないと報告されていました。医師の裁量がその理由です。これは上記のとおり、一定の文献が存在しているということが立証のハードルとなり、裁判所もはっきり「エビデンスがない」と断定できず、一応のエビデンスがある以上は医師の裁量の範疇だと考えやすいのかもしれません。
 療法選択の適否が問題となった裁判例では「到底病気の治療とは認められない方法を実施するというような診療契約の締結自体が公序良俗違反と認められる場合」でないと、医療水準に照らして独特な治療法というだけでは医師の責任を問えないとし、非標準療法を実施したこと自体の責任は否定しています。

 研修の最後に、勝俣先生は、「医学会には自浄作用がないから、司法界のサポートが必要」とおっしゃられていました。
 単に説明義務違反で勝訴したとしても、おそらく各クリニックが説明書面を改定するなどして乗り切られてしまうでしょうから、根本的な解決は図れない可能性が高いです。こうしたエビデンス不明のがん医療をなくしていくには、裁判所に「エビデンスがない非標準療法を実施したこと自体に責任がある」という判決を出させる必要があるのだろうと思いました。

 エビデンス不明ながん医療の相談をまた受ける機会があれば、そのときは今回の研修を参考に上記の視点をもって臨んでみたいと思います。

以 上

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