団員リレーエッセイ弁護士の声

診療情報管理学会学術大会に参加して~医療記録共有の課題(大森 夏織)

 昨年2025年8月、第51回日本診療情報管理学会学術大会の特別セッション「カルテ開示の現在と未来~患者の権利と医療現場の最前線」に参加し、患者側弁護士からみたカルテ開示制度(以下「診療情報」を代表して「カルテ」と表現します)」についてお話しする機会がありました(*1)。
 セッションでは聖路加国際病院院長の石松伸一先生が座長をつとめられ、群馬大学医学部名誉教授で現板橋中央総合病院副院長の小松康宏先生がWHO患者安全行動計画における診療記録共有の理念や群馬大学医学部附属病院などのオープンノート制度をご紹介、東京医科大学診療情報管理室の斉藤豊先生が、診療情報管理士のお立場からみたカルテ開示制度の現状と課題をお話しされました。

 私は、患者側弁護士の立場から、現在のカルテ開示制度をどのように理解しているか、カルテ開示制度はどのような意義があると考えているか、実効性のある開示制度のために御願いしたいこと、さらに手術や治療の動画開示について、私自身が主にこの10年以内に経験したことなどもご紹介しながらお伝えしました(開示費用の関係で、この医療問題弁護団リレーエッセイで田畑俊治先生が書かれた、個人クリニックに高額な開示費用を請求され苦労された体験談記載もご紹介しました)。
 当日、会場からは質問がたくさんあり、関心の高さを感じました。

 令和5年の統計でも診療所や200床未満の病院ではまだ紙媒体カルテが4割はありますが、いずれ電子カルテがほとんどとなるであろうし、個人情報保護法や厚生労働省のカルテ開示に関する指針が作成される前の時代は、カルテ開示制度自体がなく、裁判所の証拠保全を利用せざるを得なかったことを考えれば、今では隔世の感があります。
 セッションでも紹介しましたが、1999年の都立病院マニュアルを入手したところそのマニュアルに「カルテの開示を請求されたら、『裁判になったら対応します』と応えましょう」「患者や家族から説明を求められたら座り心地の悪い椅子を用意して時間が長引かないようにしましょう」などと、今では考えられない記述が散見されていて、医療問題弁護団でマニュアルの改善申入書を出したことなどもありました。

 さて、セッションの全体的な内容は、いずれ報告集が作成されてご覧いただける機会もあると思いますが、参加してみてとりわけ印象的だったことを2つご紹介します。

 1点目。医療機関の現場関係者からみて、医師のカルテ記載はまだまだ質が低い、と感じられていることです。
 斉藤先生が、診療情報管理士など現場のカルテ開示に携わっている方500名以上にアンケートされ、その結果を発表されました。そうしたところ、医師の診療記事(プログレスノート)を患者と共有する取組について、否定的な意見が45%を占め、「記載が薄い、他の医療者への批判が記載される」など、要は「表に出せない」から、という自由記載も散見されました。
 そうはいっても、私どもがカルテ開示を申請すれば、プログレスノートは必ず開示されるわけですが、事前にこのアンケートを拝見したので、私からも、「良い医療と良い医療記録の関連性」についてお話ししました。
 インフォームドコンセントとして理解されている、患者の自己決定のための説明責任についても、患者の症状を把握した上での病名や治療法、他の選択可能な治療法や予後など必要なことを医師が話すことで医療の質が確保されます。同様に、患者の症状がどのようなものか、それによりどのように診断したか、その治療法はどのようなものがあって、ある治療法を考えたりあるいは経過観察をすると判断したのはなぜか、そのような医師の判断が書かれることで診察の質が担保されるのです。書かれてしかるべきこれらの点が書かれていないということは、実施された医療行為自体が高い質を保っていなかったことの裏腹です。
 にもかかわらず、私が取り扱ってきた医療紛争で、患者さんの症状や医師の考えが記載されていないため、どのような判断で医療行為がなされたりなされなかったりするのか、その判断は合理的なのかがわからない、というカルテも散見されること、逆に看護師さんの記録は概ね豊富で、患者さんの主訴や医師から言われたことが看護記録で判明することがよくあること、などをご紹介しました。

 2点目。医療現場では動画開示についてまだまだ消極的であることです。
 上記アンケートで「手術動画などカルテの範囲外の診療情報の開示要望にどのように対応すべきだと思いますか?」という項目について、「患者の希望に応じて積極的に開示を進めるべき」が33%、「開示対象外であることを維持すべき」が60%と、実に6割の回答者が動画開示に消極的であったことです。
 やはり事前にアンケート結果を拝見していたので、当日は、患者側弁護士として、侵襲的検査や治療の動画共有の必要性や、動画の開示こそが紛争回避に繋がることを力説しました。
 確かに、現在のカルテ開示の対象にはなっていませんが、例えば私たち弁護士がついてあらためて動画を依頼すれば開示される医療機関も多いこと、医療機関によって、手術室のハードディスクに自動的に一定期間保存されたり、そもそもクラウド化によって動画が長期間保存されたり、当該診療科や執刀医など医師が教育や研究のために保存していたりと、多様な保管形態が予想されるなか、動画の共有こそが紛争の発生や深刻化を回避できることを、具体例をあげて紹介しました。
 つまり、当該検査・治療・手術時に出血が多く亡くなった、あるいは術後数時間後で低酸素脳症になった、あるいはそこまで重篤でなくても整形外科的手術の後に神経損傷その他で機能が悪化した、など、上手くいかなかった、あるいは予期せぬ結果になった場合こそ、医療機関側としても、やむを得ない合併症であるとか、全く原因不明である場合には、動画を患者側と共有して説明することで患者側の納得を得やすくなります。
 さらに患者側も他の第三者医師に動画をみてもらうことで、当該医療機関の手技を客観的に判断する機会も得られ、当該手技に指摘できる問題点がなければ、期せぬ結果が重大でも責任追及をしないことが多いことをお話ししました。(*2)。

 このように、診療情報の共有に関する医療機関の温度感とはまだまだ差がありますが、私たちが日常の医療紛争ひとつひとつの現場で、情報共有の大切さを伝えていくことが大事であると、あらためて実感しました。

                                    以 上

*1 当日発表で引用した参考資料

*2 「第16回 医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」判例タイムズ2024年10月号(1523頁)22頁では、東京の医療訴訟を扱う裁判官と東京にある13の大学病院、東京の病院側患者側の弁護士で年に1回、医療裁判に関連したシンポジウムを開催しております。一昨年のシンポジウムで、スタンフォードB型の大動脈解離に対する胸部大動脈ステントグラフト治療(TEVAR)後に循環不全、出血性ショックで死亡した案件をとりあげ、出席者の医療側弁護士も動画の開示を推奨し、大学病院医師も、自身の病院でトラブルになりそうな事案では必ず動画を保存しておく旨の発言が掲載されている。

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