病院に支払った手術代金などについて(森 孝博)

  1.  医療事故の相談で、患者さんから、病院に支払った手術代金などを取り戻したいという要望を伺うことがあります。病院側に医療ミスがあったのだから費用を返してほしいと考えるのは自然なことで、それが高額な自費診療であったのであれば尚更のことだと思います。
     もっとも、法的には、医療行為について過失があったとしても、病院側が受け取った診療代金を必ず返さなければならないとまではいえないため、相談を受ける側として悩ましさを感じます。
  2.  感覚的にはやや理解しがたいところかもしれませんが、医療契約が、原則として、結果を保証する請負契約(民法632条)ではなく、医師として適切な行為を行う義務を負う準委任契約(民法656条、643条)と解釈されていることに起因します。医療契約は、結果を100%保証するものではないので、たとえ当初予定されていた結果(改善など)が実現されなかったとしても、その結果だけで直ちに病院側が受け取った診療代金も返金しなさいということにはならないのです。また、もし医療行為に過失があったとしても、ミスによって余計にかかった費用は別にして、契約当初に予定されていた範囲に属する費用については、もともと結果いかんに関わらず患者が負担すべきもので、過失ある医療行為によって生じた損害とはいえないと考えられることにもなります。
     実際、「診療契約は準委任契約であるところ、この治療費については、診療行為の内容が契約当初に予定された範囲に属する限りは原告(引用者注:患者側のこと)が支払うべきものであって、診療行為に違法な点があった行為により増加した部分についてのみ、当該違法行為によって生じた損害と評価すべきである」(東京地判平成18年7月28日・判例タイムズ1253号222頁)など、支払った診療代金は損害と認められないとした裁判例が少なからずあります。
  3.  しかし、一律に認められないというわけではなく、事案によっては手術代金相当額などを損害として認めた裁判例も存在します(大阪地判平成14年8月28日・判例タイムズ1144号224頁、東京地判平成15年7月30日・判例タイムズ1153号224頁など)。過失の程度等にもよりますが、美容整形など、医学的必要性や緊急性が低く、また、一定の結果が実現することが比較的強く期待されるような類型の医療行為においては、疾病や負傷を治療するための処置と比べて、支払った手術代金なども過失ある医療行為に関する損害と認められやすい傾向があるようです。個人的にも、上記のような類型の医療行為は高額なものが多いので、手術代金などが損害としてより柔軟に認められるのが望ましいように感じます。
     なかなか難しい論点ではありますが、医療問題弁護団の編著(「医療事故」実務入門)でも、「医療従事者の過失行為により生じた結果に照らして、その医療行為が無意味ないし無価値であったと考えられるときは、その治療費についても請求することを積極的に検討すべきである」(102頁)とされているところで、事案ごとによく検討してみたいと考えています。

以 上 

11月2日(日)16:00~17:00 署名活動を神田駅西口で行います!

公正な医療事故調査制度の確立を求めて チラシ配布・署名活動を次の日時・場所で行います。是非ご参加下さい。
<第162弾>2025年11月2日(日)16:00~17:00
場所 JR中央線 神田駅 西口

10月12日(日)16:00~17:00 署名活動を四ッ谷駅麹町口で行いました

公正な医療事故調査制度の確立を求めて チラシ配布・署名活動を次の日時・場所で行いました。
<第161弾>2025年10月12日(日)16:00~17:00
場所 JR中央線 四ッ谷駅 麹町口

木下正一郎団員が「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」に参加しました

2025年10月1日(水)、医療事故調査制度スタート11年目に突入するこの日、木下正一郎団員が、厚生労働省の「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」の構成委員として、第4回検討会の議論に参加しました。

同検討会は、医療機関内部における事故報告等の医療安全体制の確保や医療事故調査制度などの医療安全施策とその課題を整理し、対応策を検討することを目的とするものです。

今後の議論を注視ください。

手術見学研修に参加して(小林 茂美)

 医療問題弁護団では、定期的に大学病院・総合病院において手術を見学し、研鑽を積んでおります。
 私は、弁護士20年目、医療問題弁護団入団5年目ですが、手術見学は希望者多数のため選に漏れておりましたところ、初めて手術見学の機会を得ましたので、ご報告いたします。

 

1 カンファレンス(患者の最新情報等の認識共有協議)について

 まず、手術前に、
①前日の手術の振り返り、
②手術後からカンファレンスまでの間に問題が生じていないか、
③集中治療室の患者に問題が生じていないか、
④当日の手術の術式、患者の年齢等に基づく予測可能な緊急事態対策
について確認がなされます。

 手術見学者の集合時刻は午前7時30分だったのですが、我々が手術着に着替える頃には既に前日の手術患者や集中治療室の患者の様子の確認がなされていました。

 午前8時からのカンファレンスでは、①~③について、早朝に患者の様子を確認した上で振り返りが行われていること、④については血圧急降下時の対応・心構えについて教育的配慮もなされていて、手術の前と後にこのように丁寧な対応がなされていることに驚きました。

 

2 導入の時間について

 カンファレンス後、午前8時30分からは、手術室に患者が入室し、手術前の準備・麻酔等の導入の時間となります。

 この時間を利用し、医師から、各手術室のモニターに表示される心拍数、血圧、酸素濃度等々の数字をどのように解釈するか、丁寧に教わったのも、勉強になりました。

 と言いますのも、各項目については、一般的・標準的な数値がありますが、それにこだわるのではなく、各患者ごとにモニターに表示される数字が何を意味するのか、個別に瞬時に解釈し、判断されているからです。
 これら数値の見方、解釈の仕方を前提として手術を拝見したので、大変分かりやすかったです。

 

3 手術見学について

 その後、実際に手術室に入って手術を見学させていただきました。
・レントゲン・CTを撮影しながら手術のできるハイブリッド手術室、
・ロボット(ダ・ヴィンチ)手術、
・腹腔鏡手術、
・緊急手術
 と、多様な手術を見学させていただき、大変勉強になりました。

 丁度、私が担当している事件で、術中モニタリングのMEP(運動誘発電位。術中、神経にダメージが加わると波形が小さくなったり出なくなります)について気になっていることを質問したところ、モニタリングの問題点だけでなく、モニタリングに関連する医療スタッフや病院の体制についてもお教えいただき、視野が広がったように思います。

 モニタリングの表示の意味するものは、患者によっても状況によっても一律ではないので、当該状況下における数字の意味するところを、全体状況を把握しながら個別に理解、解釈することが重要だと思いました。

 このことを敷衍すると、カルテを検討するに際しても、病院のシステム・人員配置を含め、どういった状況や環境でなされた記載なのか、広い視点で考えなければ実相を見誤る、ということです。

 

4 予定されていた座談会その他について

 当日は、救急搬送が4件、内1件は生命にかかわる案件だったため、予定されていた座談会は中止になりましたが、午前中いっぱい、みっちり見学させていただけました。

 手術中2件は、心臓が止まるかもしれないと言われていたので、私は、
 「自分の目の前で心臓が止まったらどうしよう。」
と、モニターのアラーム音に動揺しながら見学していたのですが、手術室の方々は、冷静に対応され、無事に手術を終えられたので、安堵しました。

 

5 今回の手術見学を通じて

 今回の手術見学を通じて、医療スタッフの方々の実際の動きや、状況全体から当該患者への対応を個別に判断する、という現場の判断過程を学んだことで、診療録の背景を想像でき、これまでよりも診療録を含め手術を立体的に理解することができるようになりました。

 もちろん、診療録の読み込みも大事ですが、その表面的な理解に止まらず、診療録がそのような記載に至った過程や背景を、医療スタッフの方々の動きも想像しながら解釈することで、事案の実態把握に役立てることができ、このような背景理解は、これからご相談やご依頼を受ける際にも、ご相談者のお役に立てることと思います。

以 上  

手術見学研修を実施しています

 医療問題弁護団では、15年以上にわたり、都内やその周辺の病院にご協力いただき、団員の手術見学研修を実施しています。

 令和6年度は、6月に3名、7月に6名、11月に4名の団員が研修に参加しました。

  “手術見学”といっても、手術室の外からガラス越しに手術の様子を覗くというものではなく、手術着に着替え、手術室に入室して、実際の手術を間近で見学するという本格的なものです。
 また、令和6年度の見学では、早朝の術前カンファレンスを傍聴し、見学後に医療従事者との意見交換の機会も設けていただきました。

 医療問題弁護団は、その目的に、医療事故被害者の救済や医療事故の再発防止のための活動を行うこと、これらの活動を通して医療における患者の権利を確立し、安全で良質な医療を実現することを掲げています。
 そのためには、患者側弁護士として、自分の五感で直接医療現場を体感し、医療従事者の説明にも耳を傾けるなど、医療の実態をより詳しく知っていくことは必要かつ有意義なものであり、手術見学研修を重要な研修の一つと位置づけています。

 このような研修の機会をご提供いただいた病院・医療従事者に感謝するとともに、医療問題弁護団の目的を実現すべく、今後も精力的に活動を続けていきたいと考えています。

9月7日(日)16:00~17:00 署名活動を本郷三丁目駅改札前で行いました

公正な医療事故調査制度の確立を求めて チラシ配布・署名活動を次の日時・場所で行いました。
<第160弾>2025年9月7日(日)16:00~17:00
場所 東京メトロ丸ノ内線 本郷三丁目駅 改札前

木下正一郎団員が「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」に参加しました

2025年9月3日(水)、木下正一郎団員が、厚生労働省の「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」の構成委員として、第3回検討会の議論に参加しました。

同検討会は、医療機関内部における事故報告等の医療安全体制の確保や医療事故調査制度などの医療安全施策とその課題を整理し、対応策を検討することを目的とするものです。

今後の議論を注視ください。

大森夏織団員が第51回日本診療情報管理学会学術大会に参加しました

2025年8月28日、大森夏織団員が、第51回日本診療情報管理学会学術大会 特別セッションⅠ「カルテ開示の現在と未来 ~患者の権利と医療現場の最前線~」に参加しました。

飛蚊症に対するレーザー治療

相手方施設 私立の診療所
診療科 眼科
患者属性 50歳代・男性
原疾患 飛蚊症
過誤の内容 患者が、相手方を初診した当日に、医師の勧めにより、発症後1~2週間の飛蚊症(両眼)に対するレーザー治療(レーザー・ビトレオライシス、自由診療)を受けたところ、右眼の水晶体後嚢に近い飛蚊症にレーザーが照射され、後嚢破損及び外傷性白内障が生じたという事案。
主たる争点 ①飛蚊症の症状発現から1~2週間での施術が適切であったか(数ヶ月の経過観察期間をおくべきではなかったか、という治療の適応に関する義務違反の有無)。
②水晶体後部あるいは後嚢にレーザーを誤照射したか(手技ミスの有無)。
進行の概略 話し合いによる解決ができなかったため、提訴し、争点整理手続が終了した段階で、裁判所から、争点②の過失が認められる可能性が高いことを前提に和解勧試がなされ、和解成立に至った(審理期間1年数ヶ月)。
苦労・工夫した点 飛蚊症レーザー治療に関する日本語論文が少なかったため、海外文献の証拠提出が必要となり、文献収集と裁判所提出用の翻訳に多大な労力を要した。
結果 訴訟上の和解(尋問前)
弁護士の事案の評価・感想 裁判所は、原告側に対し、手技ミスについて多大な立証を求めるものであると改めて感じた。  
その他、今後に向けて 調査の過程で、飛蚊症レーザー治療を行っている診療所のウエブサイトを複数確認したが、治療のリスクが記載されているものは少なく、「安全」「簡単」といった文言が目立つものが多かった。医師は、患者に対し、効果だけでなく、治療に伴うリスクや他の選択肢について、治療前に十分に説明し、緊急に治療をする必要がないのであれば、熟慮期間を与えるべきである。