カルテ開示費用について(田畑俊治)

 医療事件を担当する中で、カルテ(診療記録)の開示については、患者本人・家族が病院の医事課等の担当部署に依頼すれば、ほとんどの場合、事務的に開示されるため、 実務上、問題は少なくなっている(ただし、小規模、個人診療所では開示目的を聞くなどの消極的な対応が残っているケースもある)という認識でしたが、今回、あるクリニックに対するカルテ開示をめぐって、開示費用の問題について考えさせられることがありました。

1 カルテ開示の経緯

簡単に経緯を述べると、美容医療事件で、患者本人が相手方クリニックに対し、「カルテ及び画像等一式」を開示請求したところ、クリニック側からカルテの枚数、CTの画像数を示した見積書が出され、費用を支払って開示を受けたところ、開示記録の中に手術記録・麻酔記録が漏れていたため、再請求したというものです。
 クリニック側は、当初のカルテ開示において、カルテ、画像DVD枚数分のコピー代実費に加えて、書類の謄写手数料、画像の焼付け手数料(人件費)を各1万円請求しました。1万円という高額な手数料を、書類、画像毎に請求することも問題ですが、クリニック側は、手術記録等の追加開示請求に対し、コピー代実費に加えてさらに1万円の謄写手数料を請求したのです。

2 カルテ開示費用に関する定め

カルテ開示の対象となる診療記録には、①医師法で記載、保存義務が規定された狭義の「診療録」と、②手術記録、看護記録等の「診療記録等」(下記「医師会指針」参照)を含み、これらの広義の診療録ないし診療記録について、個人情報保護法、厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(以下「ガイダンス」といいます。)、平成15年9月12日医政発第0912001号厚生労働省医政局長通知「診療情報の提供等に関する指針の策定について(H22.9.17一部改正)(以下「指針」といいます。 )等は、医療従事者の開示義務を定めています。
 そして、個人情報保護法、ガイダンス、指針によれば、医療従事者が診療記録開示の手数料を徴収する場合、その額は、「実費を勘案して合理的であると認められた範囲内において」定めなければならず、閲覧、謄写などに要した代金の実費以外の人件費の加算については、記録の量が膨大な場合で、長時間、職員等を謄写業務に専念させる必要がある場合等について、「合理的な範囲であれば許される」とされています(日本医師会「診療情報の提供に関する指針[第2版]。以下「医師会指針」といいます。)。
 さらに、厚生労働省は、診療記録開示費用についての疑義が多数寄せられていることを踏まえ、平成29年、診療録の開示に係る実態調査を実施し(*) 、診療記録の開示に要する費用は、「実際の費用から積算される必要があ」り、「一律に定めることは不適切となる場合があること」を周知するよう通知しています(平成30年7月20日医政発0720第2号「診療情報の提供等に関する指針について(周知)」)。

3 カルテ開示費用に関する実情

上記事案では、相手方クリニックの書類謄写、画像焼付け手数料各1万円の請求は、記録の量、印刷等に要する時間・業務量に見合った金額と言えず、かつ一律の請求であるため、合理的な範囲内と認められるか疑問です。その上、意図的ではないとしても、診療記録一切の開示請求から除外した手術記録等について、さらに1万円の謄写手数料を請求するのは合理的な範囲を超えると考えます。
 相手方クリニックの反論は、見積書に開示の対象を明示しているというものですが、患者は「カルテ及び画像等一式」を開示請求しているのですから、見積書に記載されている内容が診療記録の全てであると考えるのが通常です。
 このため、当方は、上記法令、ガイダンス、指針等の具体的根拠を示して二重の手数料請求は不当であることを主張し、相手方クリニックと交渉しましたが、クリニック側の方針は変わりませんでした。
 そこで、解決の糸口はないか、関係する各機関に問い合わせてみましたが、医療安全支援センターでは、苦情があったことはクリニックに伝えるが、それ以上のフィードバックはしていない。消費者センターでは、弁護士がついている事案では斡旋はできない。東京都医師会では、相手方医師が会員である場合、診療記録の開示に関する苦情は受け付けているが、開示費用に関する苦情には対応していない。厚労省、保健所でも、開示費用については、医療機関・患者間で、社会通念上、合理的な範囲内で合意してほしいというスタンスで、苦情受付けや個別の医療機関への指導は行っていないとの回答でした。
 つまり、カルテの開示費用については、法令等で「合理的と認められる範囲」という限定、人件費請求に関する具体的指針があるものの、実際上は医療機関側が料金を設定するため、患者側は開示を受けたければ、医療機関の設定した料金を受け入れざるを得ないというのが実情です。

4 雑感

しかし、カルテ開示請求権は、診療契約上、医療機関に求められる説明義務の一内容(顛末報告義務)として、あるいは自己情報コントロール権に基づく「患者の基本的な権利」として位置づけられるべきものです。合理的な範囲を超える開示費用の請求は、このようなカルテ開示請求権の自由な行使を阻害するものであり、容認されるものではありません。
 上記事件では、後日の損害賠償請求の可能性を留保することを明示した上で、クリニック側の設定した謄写手数料を支払って、手術記録等の開示を受けましたが、合理性を明らかに欠くカルテ開示費用の請求に対しては、医療問題弁護団としても、各病院・診療所への改善要請、医療安全センター、医師会に対する苦情申立てに加え、監督官庁に対する指導強化の要請、損害賠償請求等の対応を行っていく必要があると考えています。

以上

  • *全国の特定機能病院及び大学病院(87病院)を対象とした実態調査で、診療録白黒1枚の開示費用は999円以下が67%、2,000円~2,999円が2%、3,000円~3,999円が15%、5,000円以上が16%という結果であった(下記注5・別紙「医療機関における診療録の開示に係る実態調査」の結果について)。   また、愛知県弁護士による愛知県下全病院(325か所)におけるアンケート結果では、紙カルテの白黒コピー1枚の作成費用の平均は20.4円(中央値10円)、画像等をCD等に記録する場合の作成費用は平均903.15円(中央値1,000円)、開示手数料は平均2,838円(中央値2,300円)であった(愛知県弁護士会人権擁護委員会医療部会編「診療記録の開示に関する調査報告書」平成27年3月)。

東京三弁護士会の医療訴訟実務講演会で団員が講師として登壇しました

2020(令和2)年10月6日、東京三弁護士会が主催する医療訴訟実務の講演会 で、東京地方裁判所医療集中部部長の裁判官や医療機関側弁護士とともに、五十嵐裕美 団員士と野尻昌宏団員が、患者側弁護士側の講師として登壇しました。ウェビナー開催 で、約140名の弁護士からの参加申し込みがあり、大変に盛況でした。

第24回医療の安全に関する研究大会に木下正一郎団員がシンポジストとして登壇しました

2020(令和2)年10月4日に開催された、医療事故調査制度実施5年目に同制度の検証などを目的として開催された 第24回医療の安全に関する研究大会 「医療事故被害者の立場から考える『医療の安全』-医療事故調査制度満5年を踏まえて-」のシンポジウム「医療事故調査制度はすくすくと育っているか」 に木下正一郎団員がシンポジストとして登壇しました。

9月19日(土)17:30~18:30 署名活動を水道橋駅 東口で行いました

公正な医療事故調査制度の確立を求めて チラシ配布・署名活動を 次の日時・場所で,行いました。

<第122弾>2020年9月19日(土)17:30~18:30
場所 JR総武線 水道橋駅 東口

医療事件のやりがい(野尻昌宏)

 私は、弁護士3年目から、医療事件に取り組むようになりました。それから、16年間、医療事件に関わってきました。これまで関わった医療事件を思い出してみると、それぞれに思い出があります。ただ、やはり一番印象に残るのは、初めて経験した案件です。

 私が初めて経験した案件は、悪性腫瘍の見落としにより患者が亡くなったというケースでした。
 血尿や排尿痛、下腹部痛を自覚した患者さんは、A病院を受診しました。膀胱鏡検査で膀胱内に直径5ミリ程の腫瘍が発見されたものの、その後に行なわれた細胞組織検査の結果、同腫瘍は悪性ではないと診断されました。
 その後、患者さんは、A病院とは別のB病院を訪れ、泌尿器科担当医師の診察を受けます。そこで膀胱鏡検査を受けたところ、膀胱頂部に浮腫が認められましたが、B病院の担当医師は、肉眼的所見にて悪性腫瘍とは認められないこと、及び、A病院での細胞組織検査で悪性腫瘍の所見が認められないとされていたこと等を理由に、更なる細胞組織検査、腹部超音波検査、CTやMRIによる画像診断等を行なわないまま、悪性腫瘍ではないと判断し、慢性前立腺炎と診断しました。
 ところが、患者さんが数ヶ月後にさらに別の病院で膀胱鏡検査と腹部超音波検査を受けたところ、患者さんは尿膜管がんであると診断されたのです。この時点で患者さんの尿膜管がんは既に相当程度の進行状態にあったため、その後の治療も虚しく、患者さんは、亡くなってしまいました。

 亡くなられた患者さんのご遺族から相談を受けた際、私は、そもそも「尿膜管」というものの存在すら知りませんでした。「尿膜管」とは、臍と膀胱頂部にそれぞれ端を持つ索状物です。しかし、私は、自分の臍と膀胱をつなぐ管が体に残っているということなど、微塵も考えたことはなく、ましてや、そこに悪性腫瘍が発生するなどという話は聞いたこともありませんでした。当然、まずは、尿膜管とは何か、尿膜管はどのような場所にあるのか、尿膜管に悪性腫瘍が生じた場合はどのような症状を呈するとされているのかなどについての文献を調べるところから始まりました。
 そして、先輩弁護士の意見やアドバイスを聞きつつ、四苦八苦しながらカルテを読み、医学文献による調査・検討を行った上で、「尿膜管がんの可能性も念頭においた上で患者に対して膀胱鏡検査や腹部超音波検査、CT、MRI等の検査を十分かつ速やかに行い、尿膜管がんであることが判明した場合には、切除手術等適切かつ最善の治療を行なう注意義務があったにもかかわらず、これを怠った過失が担当医にはある」として、私たちはご遺族の代理人として、B病院に対して訴訟を提起するに至りました。
 こちらの主張に対して、B病院は、患者さんの膀胱頂部の変化には、固形がんや乳頭がんを疑わせる所見や出血がなかった、前立腺生検の結果悪性所見が認められなかった等として、過失を争いました。
 B病院の担当医は、医師尋問においても過失が無いとの主張を堅持していましたが、その後に実施された鑑定の結果、B病院の担当医は、患者さんの膀胱頂部に浮腫を確認した時点で、X線CTやMRIの画像診断や膀胱病変部深部層からの組織採取による生検を行うべきであったとされました。
 そして、提訴後約1年半後に、同案件は勝訴的和解にて終了しました。

 初めて経験した医療事件に対する感想は、正直、「大変」の一言でした。疾患の内容や特徴も分からない。その疾患に対する治療方法がどのようなものであるかも分からない。そもそも、疾患が存する器官の位置関係や機能すらも分からない。カルテに記載された略語の意味も分からない…。
 そのような状態の中で、とにかく、地道に文献を調べ、時間をかけてカルテを検討し、自分なりの考えをまとめた上で先輩のご意見をいただきながら、何とか事件を進めていったという感覚でした。医師尋問では、長い時間をかけて質問事項を考えて尋問に臨んだものの、あっけなく医師からの反論に遭い、結局は先輩弁護士のフォローによって助けられるという状態でした。
 それでも、解決に至った後、患者さんのご遺族から、「ありがとうございました。」と言われた際の喜びは、ひとしおでした。「医療事件は大変だけど、自分なりに頑張って良かった。」・・・その時の気持ちは、今でも忘れません。

 その後も、いろいろな医療事件を経験しましたが、「医療事件とは、時間と労力がとてもかかる。」という印象は、全く変わっていません。医療事件に何件関わっても、それぞれの事件で、知らないことばかりです。私などまだまだ未熟者ですが、これからまた多くの事件に関わったとしても、きっと同じ感覚なのではないかと思っています。でも、その分やりがいも大きい。この思いも、全く変わりません。
 特に、相手方の病院の過失責任を裏付けられそうな医学文献やカルテの記載等に行き着いた際の「これだ!」という感覚は、なかなか他の種類の事件では味わえません。また何より、事件が解決した時に依頼者の方からいただくお言葉や安心した表情に、それまでの大変な思いが報われます。
 特に若手の弁護士の方は、「医療事件には興味あるけど、医療のことが全然分からないのが不安だし、大変そうで・・・」と少し気後れしてしまうかもしれませんが、是非、勇気をもって取り組んでいただきたいと思います。医学的なことがよく分からないのは、多少経験を積んでもあまり変わらないので、事件ごとに取り組むしかありません。そのことに不安を覚えるよりも、大変さの中にきっとある「やりがい」を感じて欲しいと思います。
 少し偉そうなことを書いてしまいましたが、私自身、まだまだ「ひよっこ」の感覚です。これからも、多くの医療事件に取り組める機会がいただければありがたいことだと感じています。

以 上

包茎手術被害に関する損害賠償訴訟 和解解決の報告

「包茎手術被害対策弁護団」が担当した、男性器の治療(包茎手術、亀頭増大術等)を実施するクリニックに対する、包茎手術や亀頭増大術などの手術に関して、手術の合併症や効果に関する説明が欠落したこと等を理由として損害賠償を求めて提訴した民事訴訟において和解が成立しました。
(包茎手術被害対策弁護団 団員 弁護士 鹿島 裕輔)

1 事件の概要

男性器の治療(包茎手術、亀頭増大術等)を実施するクリニックにおいて、包茎手術及びそれに伴い勧められた亀頭増大術などの手術に関して、手術の合併症や効果に関する説明が欠落し、かつ効果に関する説明が事実に反していたとして、手術を受けた患者が損害賠償を求めて提訴した事件です。

2 本件の経緯

平成28年6月23日 国民生活センターによる発表「美容医療サービスにみる包茎手術の問題点」※1

平成28年6月26日 当弁護団によるホットライン実施※2

平成30年2月7日 提訴

平成31年3月27日 和解成立

※1 http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20160623_2.html

※2 ホットライン当日の相談件数は55件

   2020年6月26日時点での電話相談件数は62件

3 本件訴訟における原告の主張

① 本件において、患者が受けた亀頭増大術で使用されたヒアルロン酸は、吸収性の物質であるため、当該物質を注入することで一時的に大きさに変化があったとしても、その持続期間は平均して6ヶ月から1年間とされており、少なくともその効果が永久的に持続することはない。

そのため、医師は、診療契約を締結するにあたり、患者に対し、かかる手術による効果(利害得失)として、「ヒアルロン酸は吸収性の物質であるため、当該物質を注入することで一時的に大きさに変化があったとしても、その持続期間は平均して6ヶ月から1年間とされており、少なくともその効果が永久的に持続することはない」旨を丁寧に説明すべきであり、かつ患者が本件亀頭増大術の効果を正しく理解し、納得した上で診療契約を締結することができるよう即日施術の回避を含めて熟慮の機会を確保すべき義務があった。

にもかかわらず、医師は、患者に対して、当該医院で使用しているヒアルロン酸を注入することにより効果が長期間持続するかのように患者を誤診させる説明を行った。

② ヒアルロン酸の注入にあたっては、紅斑・発赤、浮腫・腫脹、疼痛、紫斑、皮膚壊死やアレルギー、炎症反応などの合併症や副作用が生じる危険性がある。

そのため、医師は、診療契約を締結するにあたり、患者に対し、「手術に付随する危険性」として、紅斑・発赤、浮腫・腫脹、疼痛、紫斑、皮膚壊死やアレルギー、炎症反応などの合併症や副作用の発症の可能性やその危険性について丁寧に説明すべきであり、かつ患者が本件亀頭増大術の危険性を正しく理解し、納得した上で診療契約を締結することができるよう即日施術の回避を含めて熟慮の機会を確保すべき義務があった。

にもかかわらず、医師は、患者に対して、上記合併症や副作用について説明しなかった。

③ 男性器へのヒアルロン酸注入は医学的に一般に承認されている使用方法ではないため、医師は、本件診療契約を締結するにあたり、患者に対し、本件亀頭増大術が医学的に一般に承認されていない施術であることを説明すべき義務があった。

にもかかわらず、医師は、患者に対して、本件亀頭増大術が医学的に一般に承認されていない施術であることを説明しなかった。

4 和解内容

  以下の内容を含む和解が成立しました(守秘条項がありますので、以下の限りで公表します。)。

(1)被告が、原告に対して、解決金を支払うこと

(2)被告は、患者に対して、施術に関する一般的な説明に加え「ヒアルロン酸の持続期間に関する当院の説明は、当院の医師のこれまでの医学的な経験に基づくものであり、持続期間を保証するものではない。」旨の説明を行い、これを書面等で確認することを約すること

(3)被告は、患者が来院時に希望した施術以外の施術(いわゆるトッピングやオプションを含む)を勧める場合、特に適切に費用対効果を吟味できる熟慮期間を設けることを約すること

5 今後の弁護団の活動

  包茎手術を始めとする自由診療領域においては、不必要な手術を勧められ、資力が少ないにも関わらず高額な契約を締結することがある等の問題点があります。医療の安全性やインフォームド・コンセントなど患者の権利が大きく損なわれていると同時に、消費者被害としての側面も大きく、このような種類の被害は「医療消費者被害」と呼ぶべきものです。また、包茎手術に関して言えば、羞恥心などから被害を受けていても声をあげにくいという実態もうかがわれます。

弁護団としましては、他の自由診療領域に関する被害救済に取り組む関連弁護団と連携するなどして、引き続き自由診療領域における医療消費者被害の再発防止に取り組んでいく所存です。

6 包茎手術被害相談

  他にも包茎手術などの美容医療による被害に悩んでいる方が多くいらっしゃると思いますので、包茎手術により痛みや後遺症が生じた、高額な手術・不要な手術を強く迫られたなどの被害に遭われた方は、下記の医療問題弁護団窓口までご相談ください。

 医療問題弁護団 電話番号:03-6909-7680

医療情報を利活用するということ(晴柀雄太)

 2020年6月9日、鳥取県立中央病院が、新型コロナウイルスの感染が確認された入院患者2人(鳥取県内での初めての感染者と、同県内の3例目の感染者。)の電子カルテを職員28名が正当な理由なく閲覧していたことを公表しました。
 一部報道によりますと、職員の一部は興味本位で閲覧していた可能性があるとのことのようです。
(出典:時事ドットコムニュース: https://www.jiji.com/jc/article?k=2020060900545&g=soc)。
 このような事態を踏まえ、鳥取県立中央病院は、個人情報に関する研修の実施、電子カルテシステムの改修等、全6項目にわたる個人情報取扱の対策強化を実施しています。
(出典:鳥取県立中央病院ウェブサイト: https://www.pref.tottori.lg.jp/item/1213773.htm#ContentPane
 患者の電子カルテは、たとえ同じ病院の職員であっても、正当な理由なく閲覧することは許されないということですね。
 詳しい解説は専門書に譲りますが、日本では、個人情報の保護のための法律・条例があり、個人情報の保護・管理・利用等について、厳しい監視の目が向けられている社会であると感じます。そのことだけをみると、個人のプライバシーが十分に守られている、という評価もできそうです。

 ただ、ひとくちに「情報」といっても、社会内に、いろいろな形態で、存在しています。目に見える形で存在する情報もあれば、みなさんの頭の中にあるような、目に見えない形で存在する情報もあります。
 また、情報の内容にもいろいろ種類があって、僕が生物学上の分類としてのヒトである、ということや、僕が医療問題弁護団に所属する弁護士である、ということも情報の一種といえます。これら「ヒトであること」「医療問題弁護団に所属する弁護士であること」は、情報ではあるけど、第三者に漏出しても、さほど、生活に影響はないでしょう。
 他方で、自分がどのような疾患を抱えているか、どこの病院に通院しているか、ということも情報ですし、これらはいわゆる「要配慮個人情報」(個人情報の保護に関する法律2条3項等。)に含まれます。これらの情報は、第三者に漏出すれば、生活に影響する可能性があります。昨今の新型コロナウイルス感染症患者に対する不当な差別・偏見に関する報道に接するたびに、その認識を深くします。

 と言いつつ、個人情報の利用を制限しすぎると、医療の進歩が妨げられるという“副作用”もあります。
 松井菜採弁護士のエッセイ でも言及がありましたが、新型コロナウイルス感染症の治療・研究・予防のために収集される医療情報は、日々、その価値を高めています。
 たとえば、コロナウイルス感染症の患者のあらゆる情報を、当該病院限りでしか扱えず、情報を集めて研究することができないとなると、どういう事態が起きるか、想像してみてください。
 そのような制約の中で、コロナウイルス感染症に罹ったらいったいどうなるのか、どういう治療が効果的なのか、後遺症があるのか、あるとしてどういうものなのか、等といった国民の多くが関心を持つであろう事項について、必要十分な研究ができるのでしょうか。
 つまり、一定の場面では、個人情報であろうと、利活用されるべきだし、そのことによって、医療が進歩し、個々人の生命・健康が守られてきたのだと思います。もちろん、氏名や住所などの個人情報は医学研究にとっても不要ですから、それらは利活用の対象から外れることになりますが。

 そして、情報を利活用すべき場面は、医学研究のみならず、医療「事故」の場面についても同様に考えられます。
 失敗をしない人間はいないですし、人間は失敗から多くのことを学びます。僕も、大切な物を無くすたびに、「次からはココに必ず置こう」等とあれこれ考えます。それでもまた無くすので、「これは持ち運ばないようにしよう」等と、無くさないようにするための方法をまた考えます。
これは「個人の失敗」を個人のために活用(?)している場面ですが、もう少し視点を広くすると、どうでしょうか。
 分娩時・心臓手術時に、C型肝炎ウイルスを含む血液製剤が使用され、患者がC型肝炎に罹患した薬害肝炎事件では、国(厚生労働省)が「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」を設置し、薬害再発防止のための提言をまとめ、公表しました。
 経済の場面でも、企業トップの不祥事があった時、第三者委員会を設置・調査し、調査結果を公表するということを報道で目にすることが多くなった気がします。
 このように、ある失敗が起きた時に、失敗の原因を分析し、失敗しないようにするための方策を検討することは、その関係者のみならず、社会全体の利益になると考えられます。ただし、社会全体の利益になるためには、そのような分析・検討の内容が社会に還元されることが必要不可欠です。こちらも、氏名・住所等の個人情報は不要ですが。
 医療事故が起きた時の原因分析結果や再発防止策の検討の内容といった医療「事故」情報も、広く社会に公表されることで、「こういうことがあるんだ」と認識し、「じゃあウチでも気を付けよう」という行動変容のきっかけになっているのではないでしょうか。良い結果は目に見えないことが多いものの、そのような行動変容によって、医療事故を未然に防いでいることが多くあるものと思います。
 そのような情報の価値・重要性を踏まえると、これら医療事故情報と、ある疾患の治療・研究・予防のために必要な情報とで、その取扱いが区別される理由はなく、いわば車の両輪のように、医学の進歩のために利活用されるべきであると考えています。

新型コロナウイルス感染拡大の緊急事態下で(松井菜採)

 新型コロナウイルス感染拡大の緊急事態宣言を受けて、多くの弁護士たちも通勤を避けて在宅勤務をしています。当弁護団の医療法律相談も休止させていただいております。

 このエッセイを執筆するにあたり、まず、新型コロナウイルス感染症の治療・研究・予防に日常的に携わっておられる医療従事者の方々に心から敬意を表します。

 毎日、大量の新型コロナ関連の様々なニュースが流れ、自分自身が感染することも、誰かに感染させることも怖いと思っており、まさに現在進行中の医療問題に意見を述べることは容易ではありません。それでも、医療事件を担当してきた弁護士として、ニュースを見ながら、モヤモヤと思うところもあり、現在進行形であるが故に適確に言語化するのは難しいのですが、いくつか述べてみたいと思います。

 1つ目のモヤモヤは、新型コロナウイルス感染拡大が原因で「医療崩壊」するかのように言われていることです。原因は本当にそれだけでしょうか。日本の医療では、かねてから、医師の地域偏在や診療科偏在、病院と診療所の医師数の不均衡、救急医療や産科医療の脆弱さ、労働基準法の趣旨を無視するような医師の長時間労働等の問題点が指摘されています。公衆衛生の専門家が少ないことも、以前から言われています。これらは、新型コロナに始まった問題ではなく昔からある問題で、急速な感染拡大とともに顕在化している部分も少なくないと思われます。後日、今回の事態が落ち着いた時点で、未曽有の感染症拡大の経験とそれに関連するデータや議論過程を踏まえ、日本の医療体制は従前のままでよいのかどうか、検証の必要があるでしょう。

 2つ目のモヤモヤは、新薬に対する著しく過剰な期待です。アビガンやレムデシビル等の新薬が期待どおりの特効薬であれば、どんなに良いことか。でも、例えば、アビガンの添付文書を冷静に読んでみましょう(Pmda 独立行政法人医薬品医療機器総合機構のホームページで見られます)。催奇性(胎児に奇形を起こすこと)のある薬で、母乳にも精液にも移行する上に、有効性や安全性(危険性)について判明していることがあまりにも少ないことに驚きます。現在進行している治験(製薬企業が実施)や臨床研究(全国の新型コロナ治療に携わっている病院で実施)の結果を待たなければ、アビガンが新型コロナに効くのかどうか、どの程度の重症度の患者にどのようにどのくらい効くのか、どの程度のどのような副作用があるのか、実はよく分かっていないのです(薬害オンブズパースンのアビガンに関する意見書参照)。芸能人はご自身の闘病経験を語っておられると思いますが、その感想だけでは薬の有用性は分かりません。レムデシビルも、普段行われている手続を簡略化して特例承認された新薬ですので、承認されてヨカッタヨカッタではなく、承認後こそ、通常の医薬品に対してよりもさらに厳しい眼を向けて、その有効性・危険性を監視し、評価していく必要があります。

 3つ目のモヤモヤは、医療従事者に対する「差別と賞賛」という両極端の反応が急激にわき上がったことについてです。医療従事者に対する「差別」がおかしいというのは、説明せずとも、お分かりかと思います。では、なぜ、医療従事者に対する「賞賛」がわき上がったことにモヤモヤ感を感じるのか。それは、「差別と賞賛」は裏表の関係にあり、いずれの対応も、医療や感染症患者を、自分や身近な人が罹患しない限り自分とは縁遠いもので、(あえて誤解をおそれず誇張していえば)《あちら側》にあるべきものと見ているからではないかと感じられるからです。医療は、自分や家族が病気にならない限りあまり深く関心を持つことはなく、いわば空気のような存在です。でも、今の熱に浮かされたような一時の賞賛よりも大事なことがあるのではないでしょうか。人的物的に有限の医療を、ずっと継続して関心を持って見つめ、今後ともより安全で良質な医療体制を築くためにはどうすればよいか、感染症対策をどうしていくか、患者目線で一市民として一緒に考えていく。このことのほうが、長い目で見れば大事になると思います。平常時の医療に対する意識や医療の基本理念は緊急事態にも反映されるのではないかと思うところです。

 最後に、今回再認識したことは、医療情報の重要性です。日々の新型コロナウイルス感染症患者の診療情報の蓄積がなければ、今後の治療・研究・予防や政策決定は実現できないことでしょう。患者の診療情報の利活用には、患者の同意(または、オプトアウトの研究の場合には、患者が個人情報の利活用について拒否しないこと)が必要ですので、患者の協力が欠かせません。医療は経験科学ですので、患者の医療情報は、センシティブな個人情報であるとともに、公共財の側面があります。患者側弁護士は、常日頃「医療安全のために、医療事故情報の共有を」と言っておりますが、これを機会に、患者・市民の納得も得られる公共目的の医療情報の利活用のあり方について熟考したいと思いました。  新型コロナウイルス感染症拡大の経験を経た後の医療のあり方について、悩みながら考えていきましょう。
(2020年5月11日脱稿)

お母さんの仰る通り(水口瑛葉)

 「お母さんの仰る通り」、これは、私の息子のかかりつけの小児科の医師の口癖です。
 2歳になる息子は、喘息発作が時々起きるため、定期的に小児科を受診しています。
 主治医の先生は、私が子どもの症状や前回診療からの経過などを説明したり、質問したりすると、決まって「お母さんが仰るように」、と枕詞をつけて説明されます。
 最近は元気で発作もありませんでした、と報告すると、「お母さんの仰るように、胸の音も綺麗ですし、元気そうですね。」という具合です。
質問しやすい、話しやすい雰囲気作りのために意図的にそのようにお話されているのだと思います。

 皆さんは、医療機関を受診したとき、不安に思うことや疑問に思うことについて、きちんと質問することができていますか?なかなか聞きたいことを聞けないという方も多いのではないでしょうか。
 私自身、先生忙しそうだし、まあいっかあ・・・・と聞かなかったり、「質問はありますか?」と聞かれても、なんとなくスッキリはしていないけれど、とっさに「大丈夫です。」と言ってしまい、帰り道で、やっぱり、あれを聞けばよかった・・・と思った経験があります。
 医師は多忙で、1人の診察に多くの時間を割けないので、患者側もどうしても遠慮してしまったり、こんなこと聞いていいのかしら、と思ってしまいがちです。医師側も、医師にとっては常識であるため、患者がそんなことを疑問に思っているなんて思いもしないということもあるかもしれません。
 私は、まあいっかあ・・・や、とっさの「大丈夫です。」を避けるために、事前に可能な限り聞きたいことや聞きたくなりそうなことを考えておいて、これを聞く!とミッションを決めて医療機関を受診しています。
 医師とのコミュニケーションがうまくいけば、より適切な診療が受けられる可能性が高まりますし、トラブルが起きるリスクが減るので、結局は医師と患者双方にとって良好な結果になると思います。
質問した際に、医師がきちんと答えてくれることがわかれば、さらに納得してその医師から治療を受けられるはずです。もちろん、その逆もあるかもしれませんが・・・。
 医療過誤として紛争になる事件も、コミュニケーションさえうまくとれていれば、ここまでの結果にならなかったとか、結果は変わらずともこれほど激しい紛争にならなかったのにというものも少なくありません。
 
 そして、私はこれを書きながら、私自身の仕事のことを考えています。
私も、依頼者の方に説明し終わった後に「何か分からないことや、質問はありますか?」と聞くことがありますが、「ありません」とか「大丈夫です」と言われても、実は質問しづらいだけということもあるかもしれないなあ・・・・。
 息子のかかりつけ医の医師を見習って、質問しやすい雰囲気作り、心がけたいと思っています。

以上

3月15日(日)16:30~17:30 署名活動を荻窪駅 北口で行いました

公正な医療事故調査制度の確立を求めて チラシ配布・署名活動を 次の日時・場所で,行いました。

<第121弾>2020年3月15日(日)16:30~17:30
場所 JR中央線 荻窪駅 北口