「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案-第三次試案-」に対する意見について

当弁護団は、東京を中心とする250名余の弁護士を団員に擁し、医療事故被害者の救済、医療事故の再発防止のための諸活動等を行い、それを通じて、患者の権利を確立し、かつ、安全で良質な医療を実現することを目的とする団体です。
標記第三次試案に関して、下記のとおり、意見を提出いたします。


医療問題弁護団
代表 弁護士 鈴 木  利 廣


はじめに~第三次試案についての総括的評価第三次試案は、医療事故防止の視点からみて、細部に多少の問題点はあるものの、現時点において医療界の理解を得られるべく最大限努力した試案と考える。医療事故調査のあり方が社会問題化した1999年からの、いわゆる医療事故危機からすでに10年目を迎えたいま、医療事故調査システムの確立は急務である。厚労省に求められるのは、可能な限り迅速に法案作成のうえ、国会審議に付すべきことである。

第1.医療機関の法的責任との関係

1.届出義務違反に対する対応 ~(21)(22)に対して届出範囲か否かの判断は、「明らか」「起因」「予期」との評価的判断を含むものであり、しかも医療機関の主観的判断を尊重し、かつ故意の届出違反、虚偽届出及び体制不備による不届出に限って行政命令だけがなされる仕組みである。重要なことは届出が促進され、“正直者が馬鹿をみる”という公平性を損なうような取扱にならないようにすることである。届出促進のための啓発研修や行政命令違反へのペナルティーも検討すべきである。*(21)図表

医療安全調査委員会(仮称)へ届け出るべき事例は、以下の①又は②のいずれかに該当すると、医療機関において判断した場合。
(①及び②に該当しないと医療機関において判断した場合には、届出は要しない。)*(22)届出範囲に該当すると医療機関の管理者が判断したにもかかわらず故意に届出を怠った場合又は虚偽の届出を行った場合や、管理者に報告が行われなかった等の医療機関内の体制に不備があったために届出が行われなかった場合には、医療機関の管理者に、まずは届け出るべき事例が適切に届けられる体制を整備すること等を命令する行政処分を科すこととする。
このように、届出義務違反については、医師法第21条のように直接刑事罰が適用される仕組みではない。

2.刑事責任(業務上過失致死罪)との関係

~(39)(41)(別紙3、問い4答1)に対して地方委員会が捜査機関に通知を行う事例については、故意・重大な過失等に限定することとされている。そして重大な過失とは、「医療専門家による・・・医学的な判断」として「標準的な医療行為から著しく逸脱した医療」とされている。このことが記述にかかわらず、地方委員会が法的判断を行うかのように誤解されうる。そこで、医療界の誤解を避けるためには、「故意・重大な過失」という法的責任・法的判断と誤解されやすい用語の使用を避ける必要がある。*(39)医療事故による死亡の中にも、故意や重大な過失を原因とするものであり、刑事責任を問われるべき事例が含まれることは否定できない。医療機関に対して医療死亡事故の届出を義務付け、届出があった場合には医師法第21条の届出を不要とすることを踏まえ、地方委員会が届出を受けた事例の中にこのような事例を認めた場合については、捜査機関に適時適切に通知を行うこととすることが、医療事故の特性にかんがみ、故意や重大な過失のある事例その他悪質な事例に限定する。*(40)診療行為そのものがリスクを内在するものであること、また、医療事故は個人の過ちのみではなくシステムエラーに起因するものが多いこと等を踏まえると、地方委員会から捜査機関に通知を行う事例は、以下のような悪質な事例に限定される。

(1)医療事故が起きた後に診療録等を改ざん、隠蔽するなどの場合

(2)過失による医療事故を繰り返しているなどの場合(いわゆるリピーター医師など)

(3)故意や重大な過失があった場合(なお、ここでいう「重大な過失」とは、死亡という結果の重大性に着目したものではなく、標準的な医療行為から著しく逸脱した医療であると、地方委員会が認めるものをいう。また、この判断は、あくまで医療の専門家を中心とした地方委員会による医学的な判断であり、法的評価を行うものではない。)*(別紙3、問4答1)委員会の調査報告書については、公表されるものであるため、委員会から捜査機関に通知を行った事例において、捜査機関が調査報告書を使用することを妨げることはできない。

第2.医療安全調査の質の確保をめざして厚労省試案及び検討会議論は、いわば医療事故調査の枠組論である。どんなに立派な器ができても、肝心の調査の質が低ければ、再発防止目的は達せられない。臨床医中心の調査が医療の質の向上をめざす優れたピアレビュー(同僚審査)になるのか、医療の不確実性を過度に強調して医療現場をかばい合う結果になってしまうのか問われている。
ここでは、調査の質の確保という観点から、第三次試案に潜む問題点について言及する。

1.裁判手続と原因究明 ~(3)に対して裁判手続による証拠調やこれに基づく判決が原因の究明につながらないとの論調は司法制度や法曹の判断を軽視するものであり、調査活動への法律家参加に少なからず悪影響を及ぼしかねない。なお、司法手続きによっても原因究明につながらないものがあること及び司法手続による原因究明が直ちに再発防止につながらないことは、司法の限界として認識しておくべきことと考える。*(3)死因の調査や臨床経過の分析・評価等については、これまで行政における対応が必ずしも十分ではなく、結果として民事手続や刑事手続にその解決が期待されている現状にあるが、これらは必ずしも原因の究明につながるものではない。

2.医療事故調査の担い手と役割 ~(10)(31)に対して医療事故調査は解剖担当、臨床評価担当の医療関係者と法律家、有識者によって構成されるが、それぞれの役割をモデル事業における評価の実践等を踏まえ、指針等に明示することが重要と考える。*(10)調査チームのメンバーは、臨床医を中心として構成し、具体的には、日本内科学会が関連学会と協力して実施中の「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」(以下「モデル事業」という。)の解剖担当医2名、臨床医等5~6名、法律家やその他の有識者1~2名*(31)全国均一に、かつ、継続して適切な評価を行うため、評価の視点や基準についての指針等を作成するとともに、解剖担当医や臨床評価担当医等に対する研修を実施する。

3.診療経過の調査 ~(27)(34)に対して事故調査は過去の歴史的事実の再現である。診療経過事実の調査に際しては、診療記録や関係者の記憶に再現性が低いこともあってしばしば患者側と医療関係者の認識が対立する。今後、術中ビデオの義務化や診療記録記載指針の作成等を通じて再現性の高い診療経過を残すことに努力すべきと考える。*(27)個別事例の調査は、原則として、遺族の同意を得て解剖が行える事例について以下の手順で地方委員会の下に置かれる調査チームが行う。①~⑦は略。*(34)院内において調査・整理された事例の概要や臨床経過一覧表等の事実関係記録については、地方委員会が診療録等との整合性を検証した上で、地方委員会での審議の材料とする。

4.医療事故の2つの類型 ~(29)に対して医療事故には医原病型(侵襲性のある医療行為を原因とする合併症、副損傷、副作用等)と疾病悪化型(治療の不実施や遅れによる疾病の悪化)の2つのタイプがある。「疾病自体の経過としての死亡」であっても、診断治療の遅れが問題となりうるのであり、医療事故防止の観点から「調査は継続しない」とすべきではない。*(29)医療機関からの届出又は遺族からの調査依頼を受け付けた後、疾病自体の経過としての死亡であることが明らかとなった事例等については、地方委員会による調査は継続しない。(この場合には、医療機関における説明・調査など、原則として医療機関と遺族の当事者間の対応に委ねることとする。)以上

「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案-第二次試案-」に関する意見書

診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案について」に関して、 下記のとおり、意見を提出いたします。
なお、下記の内容については、全て公表としてください。


医療問題弁護団
代表 弁護士 鈴 木  利 廣
(事務局)
東京都葛飾区西新小岩1-7-9西新小岩ハイツ506
福地・野田法律事務所内 
電 話 03(5698)8544
FAX 03(5698)7512
ホームページ:http://www.iryo-bengo.com/

※ 本意見書に関する連絡は下記へお願いいたします。
東京都練馬区北町2-29-13 森ビル2階
きのした法律事務所 弁護士 木下正一郎
電 話 03(5921)2766
FAX 03(5921)2765


Ⅰ 背景

団体の名称  医療問題弁護団当弁護団は、東京を中心とする200名余の弁護士を団員に擁し、医療事故被害者の救済、医療事故の再発防止のための諸活動等を行い、それを通じて、患者の権利を確立し、かつ、安全で良質な医療を実現することを目的とする団体です。

Ⅱ 試案に関する意見について

○ 意見を提出する項目番号(論点別に記載)

  1. 組織の在り方について・・・・・・・・・・・・・2(1)①
  2. 診療関連死の解剖制度について・・・・・・・・・2(1)③、4(3)
  3. 警察に通報された事例の取り扱いについて・・・・3(4)、7(3)①
  4. 遺族対応について・・・・・・・・・・・・・・・4(3)

○ 意見の内容

1 組織の在り方について【意見の趣旨】

診療関連死の死因の調査や臨床経過の評価・分析を担当する組織として設置される医療事故調査委員会(仮称)(以下「委員会」という。)は、しかるべき行政機関に設置するべきである。【意見の理由】

委員会が取り扱う調査対象事件は、人間の生命という重大な法益が関わる事件である。委員会は、対象事件の調査を尽くし、その結果を医療現場に反映していくという非常に重要かつ大きな役割と責任を負うものである。

したがって、その活動は、国の予算の裏付けをもって責任の所在を明確にして為されるべきである。

この点につき、我が国における調査組織のほとんどが行政機関内に設置されている(航空・鉄道事故、労働災害事故、消費生活品製品事故、海難事故など)。

なお、かかる現状の中で、医薬品副作用被害報告については、唯一、第三者機関である独立行政法人医薬品医療機器総合機構に委託されている。医薬品等の評価について、第三者機関に調査等を委託することにより、結果として責任の所在があいまいとなり、十分な調査等が尽くされないとの批判があることを重視すべきである。

よって、当該委員会の活動は、責任の所在を明確にして行われるため、しかるべき行政機関に設置するべきである。

2 診療関連死の解剖制度について【意見の趣旨】

(1) 死因究明のため、解剖については、将来的には調査対象全例を解剖することも検討すべきである。

(2) (1)の目的達成に向けて、全国的な解剖制度の整備が必要である。

(3) 解剖に対する遺族の同意は、医療機関ではなく委員会が得るべきである。なお、前記のごとく、将来的には遺族の承諾がなくとも解剖を実施しうる制度の整備が必要である。【意見の理由】

(1)について診療関連死の死因究明において解剖所見は重要な役割を果たす。したがって、真相を明らかにし再発防止を図るためには(試案「1 はじめに」参照)、本来的には調査対象全例を解剖することが必要である。

(2)について試案2(1)③(2頁)は「監察医制度との十分な連携を図る。」としているが、現行の監察医制度はごく一部の地域において、人員設備予算とも不十分な中で運用されているにすぎない。したがって,多数の解剖事例を扱うには全国的な解剖制度の整備が必要である。

(3)について試案4(3)(4頁)は、調査対象を遺族の同意を得て解剖が行える事例としているが、死因究明における解剖所見の重要性に鑑み、当面は承諾解剖によるとしても、将来的には遺族の承諾がなくとも解剖を実施しうる行政解剖制度の整備が必要である。
なお、医療機関による事故隠蔽の危険性、遺族と医療機関との信頼関係の問題などに鑑み、解剖に対する遺族の承諾は委員会が得るべきである。

3 警察に通報された事例の取り扱いについて【意見の趣旨】

(1) 警察に通報された事例も委員会による調査対象とすべきである。

(2) 警察の捜査と委員会の調査を調整するにあたっては、委員会の調査を優先させるべきである。【意見の理由】

(1)について試案3(4)(3頁)において警察への通報がなされた事例も、以下の理由により、捜査と並行して委員会による調査を行うべきである。

① 刑事責任を追及すべき事例も、診療行為という専門性の高い分野を対象とすることに変わりなく、専門機関による原因究明が必要とされることは当然である。

② 刑事責任を追及すべき事例にも、再発防止の観点から学ぶべきことがある。むしろ多いと考えられる。ところが、捜査に始まる刑事手続上の真相究明は、個人の責任追及を主目的としており、必ずしも再発防止につながるものではない。特に、システムや組織が関与した事故の場合は、直近行為者についてだけでなく、背景事情についても調査・検討して対策を講ずる必要があり、行為者のみを処罰しても事故はなくならない。

③ 捜査中の情報開示は限定的にしか行われていないうえ、警察への届出から立件送致まで数年を要している現状がある。かかる現状の下、刑事事件の判決確定を待って、委員会による調査・検討を開始していたのでは、類似の後続事故を防ぐことができず、被害救済も大幅に遅れる。

(2)について試案7(3)①(6頁)では、警察の捜査と委員会の調査との調整を図るとされているが、その仕組みを設けるにあたっては、医療事故の特殊性・専門性から、委員会による調査を優先したものにすべきである。
すなわち、医療事故における主要な証拠は、診療記録や関係者の供述等である。これらの評価という極めて専門的な作業が調査ないし捜査の中心となる。一般の事件のように、現場での証拠収集に大勢の捜査官が必要となることは、ほとんどない。
したがって、医療事故においては、一部の悪質な事案を除き、警察の捜査を優先させる必要はない。むしろその専門性から委員会による調査が優先されるべきである。

4 遺族対応について【意見の趣旨】調査の開始から終了まで、委員会から遺族に対する十分な情報提供と精神的ケアが必要である。具体的には、以下の配慮が必要である。

① 解剖の承諾は、事故発生直後の遺族の心情に配慮し、遺族の精神的ケアを十分行いつつ取得する。

② 遺族に対する聞き取りは、遺族が把握する事実関係と遺族の疑問点を詳細に聴取する。

③ 調査の進行状況と議論の内容を、定期的にわかりやすく遺族に報告する。

④ 調査結果は遺族にわかりやすい言葉や図解をもって説明し、遺族の疑問点にできる限り丁寧に答える。【意見の趣旨】

試案4(3)(4頁)に調査の手順が掲げられているが、委員会における調査は、突然の医療事故で家族を喪った遺族の心情に配慮しつつ、十分な情報提供を行って進める必要がある。平成19年9月19日付の読売新聞記事(石原昭洋記者「事故調・海難審判庁統合」)によると、米国家運輸安全委員会(NTSB)は事故の遺族、被害者支援を業務の一つとし、精神的ケアを行う専門家を紹介したり、遺族等への情報提供を積極的に行ったりしているが、日本の既存の事故調査委員会等はこれを行ってこなかったとされる。委員会においては、NTSBの遺族・被害者支援等の仕組を参考にしつつ、【意見の趣旨】記載のとおり、調査の開始から終了まで遺族に対する十分な情報提供と遺族の精神的ケアを行う体制を構築する必要がある。以上

医療とクスリ

弁護士 武 田 志 穂

医療問題弁護団は、医療に関する諸問題について患者側の立場から関わっている団体であるが、医療紛争に際しては医療従事者の過失とは離れて製薬や医療器具の欠陥等が問題となることがある。医療問題弁護団の多くの団員も、薬害肝炎事件(フィブリノゲン製剤やクリスマシン製剤といった血液製剤に混入していたC型肝炎ウィルスに感染した患者らが、国と製薬企業の責任を求めて争っている裁判)などの薬害事件に関与している。

国が使用を承認した製剤については、医師は有用な(有効性が危険性を上回る)薬との前提で患者に使用する。患者も、当然ながら医師の使用する薬に問題があるとは思わず、勧められるがままに使用する。
しかしながら、歴史的にはサリドマイド(睡眠薬。副作用も少なく安全な薬と宣伝され発売されたが、これを服用した妊婦から手足のない奇形児が多く生まれた)、スモン(整腸剤。激しい腹痛を伴う下痢に続いて、足から次第に上に向かって、しびれ、痛み、麻痺が広がり、ときに視力障害をおこし、失明に至る)等、最近ではイレッサ(抗ガン剤。副作用の少ない夢の抗ガン剤として大々的に宣伝されたが、間質性肺炎などの副作用被害が続出した)やタミフル(インフルエンザ治療薬。服用後の異常行動が報道などで取り上げられた)など、薬害被害はあとを絶たない。

このようなメジャーな薬害事件のほかにも、隠れた薬による被害は多数埋もれていると思われる。
昨年23歳で亡くなった私の妹は、睡眠薬等服用後何度か異常行動を起こし(気がついたら消しゴムを食べていた、携帯電話がないと思ったら冷蔵庫のジャムの瓶の中にしまわれていて壊れていた等々)、最終的には自宅の浴槽で服を着たまま湯船につかった格好で、亡くなっていた。司法解剖の結果、やはり睡眠薬の成分が血中から検出された。
私の従姉妹も、母親を助手席に乗せて車の運転を開始したものの母親が死の危険を感じるような異常なスピードで運転をしたため、慌てて母親が車を脇に寄せさせ従姉妹に確認すると、車を運転していたことを全く認識していなかったそうだ。彼女も睡眠薬の類の薬を服用していた。
もしかしたら何か薬との相性が悪い遺伝的要素があるのかもしれないが、仮にそうだとしても私の周囲だけでこのような被害が起きているとはとても思えない。埋もれている被害は想像以上に存在するだろう。

最近はセルフメディケーションとして、自ら積極的に市販薬を服用し、積極的に健康を管理していこうと奨励する向きもある。
このような市販薬等の大量生産大量消費の中で、必要のない薬で新たな薬による被害が発生しないか、懸念を抱くものである。

母を看取って

弁護士 石 井 麦 生

昨年12月、母が76歳で亡くなった。夕食の準備中に気分が悪くなり、そのまま意識を喪い、それからたった3日後に息を引き取った。私が駆けつけたときには、既に意識はなく、結局、母と会話を交わすことはできなかった。
原因は、脳幹部の出血。担当医の一言目は、「出血の部位が悪い。助からない」であった。

わずか3日間だったが、入院先の病院に通い、医療の現実に触れ、いくつか考えさせられるところがあった。

一つ目。
 母が倒れた日の夜9時に私は病院に着いた。担当医が私たち家族に求めたのは、「今日中に(つまり、3時間以内に)延命治療を受けるかどうかを決めてほしい」であった。担当医の言葉の端々に「延命治療なんて意味がありませんよ」というニュアンスが見え隠れする。私は父と話し合って、「延命治療を受けない」という選択をした。理由は簡単である。母が生前から「無駄な延命は嫌だ」と言っていたからである。しかし、この生前の言葉がなかったら、と思うと、医師は家族にずいぶんと厳しい回答を迫るのだなと感じた。

二つ目。
 担当医は、「病状を説明します」と切り出し、大きな声で「ダメだ。意識は戻らない。助からない」を繰り返した。そこには、母・妻を突然喪うことになりかねない家族への配慮が微塵も感じられなかった。「説明する義務があるから、説明している」という姿勢だった。延々と続く担当医の説明は、ただただ不快であった。身なりがきちんとしていないことにすら、腹がたった。

ところが、その後、この担当医に感謝することになる。

担当医は、母を個室に運び込む際、こう言ったのである。
 「お母さんは、今、努力性の呼吸をしています。傍で見ていると苦しそうですが、意識がないので、本人は苦しくはありません。大丈夫です」と。

確かに、意識のない母は、胸を大きく上下させて、「スーハー、スーハー」と音をたてて呼吸している。とても苦しそうだ。病室内の音は母の苦しそうな呼吸だけ。そんな母を前にして何もできない自分が情けなく、担当医の「本人は苦しくありません」という言葉だけが頼りであった。本当に本人が苦しくないのかどうかはわからないが、担当医の言葉は家族にとって救いであった。

三つ目。
 看護師の対応如何で、家族は時に傷つき、時に癒されることを知った。

深夜1時頃、2人の看護師さんが病室を訪れ、まず痰の吸引を行った。鼻からチューブを入れると、母の体がビクッと動く。辛そうに見える。その後、「体位を交換します。汗をかいていて着替えが必要なので、病室の外で待っていてください」と言われ、私は病室から出た。ドアの外で待っていると、中から看護師さん達の話し声が聞こえる。内容は聞き取れない。そして、突然、笑い声が・・・。職場の同僚同士のたわいもない会話だろう。母は意識を喪っているので、聞こえはしない。でも・・・。ただただ涙があふれた。

3時を回ったところで、別の看護師さんがやってきた。痰の吸引のためである。看護師さんは、私の顔を見て、「息子さんですか。大変ですね」と声をかけてくれた。そして、この看護師さんは、意識のない母にも声をかけた。「○(母の名前)さん、痰の吸引をしますね。ちょっと辛いですけど、ごめんなさいね」と。有難かった。心の中で「母さん、辛いけど、頑張って」と言うことができた。

良い医療って何だろう。
 もちろん、質の高い医療、安全な医療でなければならないのは当然。
 そこから先のプラスアルファ。
 それを求めるのは贅沢なことなのだろうか。

医療事件と被害の回復

弁護士 内 藤 雅 義

1 医弁の原始会員

弁護士になったちょうど30年前、医療問題弁護団が発足した。したがって医療問題弁護団の原始会員である。当時は全くの手探りで、私が最初の頃受任した事件は、証拠保全の準備に6ヶ月、それから提訴まで1年半、提訴から一審判決(勝訴)まで8年、結局、高裁での和解まで受任から11年を要した。当時は、事前に陳述書を出すという慣行はなく、被告医師の反対尋問に3期日かけるのが当然という時期であった。その後、経験の蓄積、医弁の研鑽等による患者側の弁護士の力量の向上のおかげで(民事訴訟法の改正等もあるが)、訴訟になってもかなり早期の解決が図られるようになってきた。

2 真の解決とは

では、真の解決とは何であろうか。
 医療事件に限らず、被害事件にかかわる弁護士の仕事は、被害者の被害の回復のサポートをするということではないかと思う。被害の回復とは、被害者が被害と向き合って、これを乗り越えて生きていく力を取り戻すことである。しかし、それは非常に難しい。
 上記で述べた事件は、妊婦が悪阻で産婦人科に入院したところ、副腎皮質ホルモンの投与及び離脱を誤って誘発感染症により死亡したという事案であった。ご主人とお子さん、奥さんの両親が原告だったが、ご主人が再婚、再婚しながら前妻の訴訟を継続するというストレスが一つの原因だと思われるが、ご主人が和解後まもなく、癌で死亡した(40代前半)。原告であったお子さんは、結果的に両親ともなくした。訴訟には勝ったが、この事件は被害者(原告)にとって辛いだけの訴訟となった。

3 被害の回復にとって必要なもの

私は、被害者が被害を回復する上で、最も必要なものは、人間に対する信頼の回復だと思っている。一番、不信が強いのは、相手方医師、医療機関に対するものであるが、自分自身に対する不信もある(子供を亡くした親は、自分を責め続けていることが多いが、自分のその後の行動を通じて自分への信頼を回復しようとしているように思えてならない)。
 相手方医療機関への信頼の回復は、一つは、謝罪という形で、もう一つは、再発を繰り返さないという姿勢によって示される(賠償もその一環である)が、両方を満たすことは、非常に難しい。医弁の事件でもあったハンセン病の医療過誤訴訟(全生園医療過誤事件)における和解では、医療機能評価機構の審査を受けさせる約束を勝ち取ることが出来たにもかかわらず、医師の謝罪を勝ち取ることが出来なかった。
 いずれにしろ、被害者の人間信頼の窓口となる弁護士には、信頼に足る力量(この点、若手に完全に遅れている)と人間的な信頼を得るだけの人間性が必要なのだろう。
しかし、いずれも極めて欠如していると痛感している今日この頃である。

インフォームド・コンセントを考える

弁護士 濱 野 泰 嘉

インフォームド・コンセント。いまや、医療機関のホームページを開けば、病院の理念としてこの言葉を並べているところも少なくない。
どの医療機関も、インフォームド・コンセントに取り組んでいることをアピールし、患者の自己決定権を重視しているとの姿勢を示す。しかし、医療過誤事件の相談では、医師の説明に対する不満は相変わらず耳にする。果たして、実態はどうなのか。

幸か不幸か、2006年春、私は、友人のがん手術前の医師の説明に立ち会う機会を得た。彼とは大学時代からの付き合いで、奥さんも同じころから知っている。 2人は学生時代、子どもの権利や国際協力に積極的に取り組むなど、私なんかより自分の考えをしっかり持ち、自らの信念に従って生きている類の人間だった。それが、私が医療過誤事件に携わる弁護士であると知って、医師の説明に立ち会って欲しいというのだ。

彼からの話はこうだった。地方在住の彼は、2週間前にお腹の調子がよくないので病院に行ったところそのまま入院となり、検査の結果、大腸がんの疑いありとのこと。そこで、地方の病院ではなく、首都圏の大病院で再検査し、必要があれば手術を受けようと、A病院に転院した。A病院では入院直後から前の病院と同じ検査をひと通り行い、その後、詳しい説明もなく手術日程だけ伝えられた。看護師に、早く医師から検査結果などの説明を受けたいと求めても、今度、医師から説明があるからと取り合ってくれず、結局、A病院が指定してきた説明日は手術の前日である日曜日だった。彼の希望は、自分の病気を知りたい、どういう治療がされるのか知りたい、それだけだった。そして、この時点ですでに、彼がA病院の対応に不安を感じていることは、はっきりしていた。

説明の当日、指定された時間より早めにA病院に行き、彼を見舞った。半年前に会ったときよりやつれ、何よりも不安げだった。私は、彼の奥さんの弟として、医師の説明に同席した。

彼の病気と手術の説明は、主治医ではなく、消化器外科部長であるB医師からなされた。彼の病名は進行性の大腸がんであること、手術は腹腔鏡下手術であること、腹腔鏡下手術は回復が早いこと、手術をやってみないと治るかわからないこと、それと手術の開始時間。B医師の説明は意外なほどあっさりとしていた。

カルテや検査記録、画像などは一切見せられることなく、小腸、大腸、直腸などの絵が描いてある絵本のようなものを示されて、大腸はここで、そこにがんがあるという説明だけだった。というより、カルテ自体、その場になかった。大腸がんのステージも質問するまで教えてくれず、他の治療法や、腹腔鏡下手術のリスクについての説明もなかった。そして、治るか治らないかはお腹を開けて見てみないとわからないという。素人に説明してもわかるわけがない、医師にまかせておけばいい、B医師の有無を言わせない口調には、そのような気持ちがにじんでいた。

友人と奥さんはいくつか質問した後に、セカンドオピニオンを口にした。B医師にこのまま手術をお願いしていいのか、その不安から出た正直な気持ちだったと思う。これを聞いて、B医師の表情は硬くなり、こう言い放った。「セカンドオピニオンやインフォームド・コンセントは、うちの病院も推奨しているが、私は懐疑的である。30分以上話していて患者にため息が出たら、私は手術をしない。医者に手術する義務はない」と。

結局、友人は手術の同意書を受け取ったままサインせず、病室に戻った後、すぐに他の病院に転院したいと胸の内を明かした。 彼の奥さんも同じ気持ちだった。幸い転院先はすぐに見つけることができたが、その日は日曜日だったため、転院先の病院も受け入れる態勢がとれず、翌日に転院することになった。日曜日は転院が難しいから患者は手術を受けざるを得ない、だからあえて手術前日の日曜日に手術の説明を設定したのではないか、そう勘繰ってしまうほど、友人はA病院やB医師の対応に強い不信感を抱いていた。

おそらく、通常は、B医師の説明くらいで同意書のサインはなされるのだろう。だから、B医師もあの程度の説明しかしなかったのかもしれない。しかし、それは、患者が医師の説明に納得したことを必ずしも意味しない。むしろ、患者が納得していないにもかかわらず、医師は患者が納得したものと勘違いすることとなり、医師と患者の意識のギャップを大きくし、手術が失敗したときにクレームとして露呈する。

当たり前のことであるが、医療は患者のためにある。人はみな、簡単な病気や怪我であれば、自分でどんな病気や怪我か判断して、どういう治療をするか決めているはずである。専門的な知識・技術が必要な場合も、異なる理由はない。ただ、専門的な知識や技術を有する医師の手助けが必要なだけである。医師は、専門家として、患者に病気を伝え、どのような治療法があり、その選択を手助けする役割が期待されており、また、患者の選択した治療法を行うことが期待されている。患者の「病気を治したい」との要求に応えるべく、専門的な知識・技術を提供する、専門家とはそんなものである。

当然、医療には不確定な部分もあり、治るかどうかわからない場合や、治療法に複数の選択肢がある場合もあるだろう。また、患者はあくまでも病気を治すために医師に治療を依頼しているのであり、例えば手術するなら治るだろう、治らないのならなぜ手術した、と考えてしまうことも多い。患者の考えと専門家である医師の考えとの間にギャップがあるのは当然のことである。 しかし、そうであるからこそ、専門家である医師には、患者が自分の病気を知り、自分で治療法を判断し、その治療による結果も受け入れられるための丁寧な説明が求められるのである。

なお、友人は、その後、転院先で大腸がんの腹腔鏡下手術を受けた。手術前の説明は、B医師とは異なりじっくりと時間をかけた丁寧なもので、この医師なら手術がどういう結果になろうとも悔いはないと思ったそうである。同じ手術についての説明でも、医師への気持ちはこれほどまでに違うものかと、改めて知らされた次第である。

以上

患者側弁護士の日々の活動

弁護士 三 枝 恵 真

1 今回は、医療過誤事案に取り組む弁護士の日常の活動について書こうと思います。私は、弁護士登録5年目、医療過誤事件が増えるようになって2年程度です。

2 患者側弁護士の活動

医療過誤事件を受任した場合、カルテを入手して分析し、医学的知見を取得、協力医の意見を聴取する中で、患者が死亡ないしは後遺症残存するに至った機序、医師の注意義務違反の有無を推測していきます。

カルテを分析する作業は、まずカルテ上の記載を判読、翻訳することが必要ですが、これがなかなか大変です。専門用語、外国語(多くは英語、たまにドイツ語)の壁に加えて、記載者のくせ字や悪筆によって判読困難な場合もよくあるのです。カルテ翻訳を請け負ってくれる機関(医療事故情報センター)もありますが、最近はなるべく自分で翻訳するようにしています。苦労しますが、翻訳するうちに診療の経過が身に染みこんできますし、医師がどこに注目して日々記載していたか、医師の思考過程を読み取ることが出来るように思います。カルテは、患者側弁護士にとって「カルテ100回」と言われるように、事件進行の最後に至るまで重要な情報の宝庫であると思っています。もっとも、そもそもカルテにきちんと書かれていない場合もあり、そのような場合は病院に説明を求めますが、説明を拒絶される場合や、こちらの知りたい内容については具体的回答がなされないこともあります。また、訴訟に至って、病院側が訴訟前とは異なる主張をすることもあります。

専門的知見の入手については、医学部図書館やネット上での文献検索サイトを利用しています。最近は、医学論文がネット上で検索出来るサイトもあり、知見の入手にとても役だっています。専門的知見とともに、類似裁判例の検索も行います。
類似事例における裁判において、どのような行為、または不作為を注意義務違反行為として構成し、それが認められたか否か、また注意義務違反を基礎づける根拠事実(患者の状態、数値など)は何であったかを調べ、自分の例に引き直して考えるという作業を行います。

その上で、協力医に専門的意見を聴取します。協力医については、まず協力してくれる医師を探すことが大変です。共同受任者からの紹介、当弁護団の団員からの紹介で医師に依頼することが多いですが、当該分野の専門医にいきなり手紙を書いて、協力を依頼することも試み始めています。

このような流れによって、当該事案の機序、医師の注意義務違反を推測していきます。
患者が得られる事実経過の情報に限りがあることや、専門性の高い分野であることから、判明しない点や推測しきれない点もありますが、共同受任者(私の場合は、先輩弁護士と組んでいることがほとんど)と話し合い、教えてもらいながら考えます。
どの事件も悩みはつきませんが、労を惜しまず調査して、真実を究明していきたいと思っています。

3 医療過誤被害者の気持ちに寄り添う努力

相談者や依頼者の話を聞いて思うのは、医師がきちんと説明することがいかに大切か、ということです。加藤良夫弁護士は、①原状回復、②真相究明、③反省謝罪、④再発防止、⑤損害賠償を「被害者の5つの願い」として指摘していますが、実際に、医療過誤被害者は、死亡や後遺症残存という不幸な結果が生じたことのみならず、医師が会ってくれない、向き合ってきちんと説明してくれない、といったことから不信感を募らせていることが多いと感じます。
これは私達弁護士にも当てはまることであり、依頼者にきちんと説明し、依頼者の気持ちをくみ取って誠実な対応をすることがとても大切だと思っています。

平成18年夏、私がはじめて提起した医療過誤訴訟が終了しました。
裁判所(東京地方裁判所)で証拠調べ後に和解案を提示されましたが、患者の素因相殺(患者の原疾患など素因について、損害の公平な分担の見地から損害額を減殺する考え)として損害額から2割弱減額された内容であったことから、原告(遺族)の意向で拒絶しました。
もっとも被告側に和解の意向が強く、最終的に原告側の提示した金額で和解することとなりました。相手は公立病院でしたが、和解条項に謝罪文言を入れることもでき(国や地方公共団体が被告の場合、謝罪文言を入れることに難色を示すと言われています)、私は依頼者にも納得してもらえると思っていました。
しかし、和解当日、依頼者には満足の表情はありませんでした。彼らは、被告側で代理人弁護士と事務担当者のみが出席していたこと、和解席上で彼らから何らの謝罪もなかったことに憤慨していました。
依頼者は、病院長や担当医が出席して面前で謝罪して欲しいと願っており、被告が文言上謝罪しただけでは納得出来ませんでした。

依頼者は、地方在住の方でしたが、裁判所の外で別れるときに「やっと息子の墓前に報告出来ます。もう私が東京に来ることはないと思います。」と言いました。
私は、医療過誤の被害にあった遺族の沈痛な気持ちについて、改めて痛感しました。

また、現在、訴訟係属中である産科事故の事案では、お母さんが、出産時に低酸素脳症となり重度の脳性麻痺となった子の成長を祈ってホームページを作成しています。
ときどきホームページをみて子どもの様子を確認し、依頼者と会った折には子どもの成長やリハビリの効果をともに喜んでいます。

患者側弁護士の活動としては、訴訟を遂行し、責任を明らかにすることが重要な役割ですが、それを通じて、依頼者がこの苦難を乗り越えていく手助けを少しでもしたいと思っています。

医療事件の特質

弁護士 谷 直 樹

1 訴状

最近、医療事件の訴状について話す機会がありました。

訴状を書いていて、いつも思うのですが、医療過誤事件は一般事件とまったく違います。

医療過誤事件の場合、一般事件と異なり、依頼者が事実経過の重要な部分を知りません。

患者本人、患者の家族は、診療経過を正確に把握していません。どういう診療がなされたかは、その医師しか知りません。

そこで、証拠保全で入手したカルテを読んで(判読し難い文字の場合は、直接書いた医師にお聞きするしかありません。)簡単な記載しかない場合は担当医師に説明を求めますが、説明会を拒まれる場合もあります。

患者が前にかかっていた医師、後にかかった医師のカルテを手に入れ、それぞの医師に面談を求め、それぞれの診療経過をきくと、一応全体の流れがわかってきます。

それでもまだ抽象的概括的な経過でしかありません。相手方病院に具体的な事実を求釈明しても、一番知りたい核心的な部分については具体的な答えはかえってきません。

また、患者側の弁護士にとっては、専門的知見の入手は、依然として困難です。

そこで、訴状の段階では、あれも、これもと主張したい気持ちもあります。

が、総花的主張は訴訟の進行を遅らせてしまうと思い、なんとか判明している事実を基に推測し、医学文献を集め、協力医を探して意見を求め、それを参考に、機序、落ち度を推定します。そして、ああでもない、こうでもない、と一緒に担当している弁護士と議論し、過失・因果関係を構成します。そして、そのようにして把握した事実、集めた医学文献に基づいて、できるだけわかりやすく表現し、読みやすい訴状をつくるよう心がけています。

2 医療事件の進め方

裁判になると被告は訴訟前の説明会と異なった主張を行い、また訴訟が進行し、医師の意見書、陳述書が出てくると、ときには尋問してみると、意外な事実が判明します。患者側が事実を事前に十分把握しきれない医療事件では、尋問はとても重要です。証人の人数、尋問時間を制限されると、重要な事実が法廷に現れず、裁判官は真実を知らないままに誤った判断を下すことになりかねません。

裁判所に、医療集中部ができた頃は、裁判官は、医療事件の特質に応じた進め方を意識的に作ろうとしていたように思います。例えば、プロセスカードはその一つの道具でした。

いったん道具ができるとそれに振り回されてしまう、そういうことのないように願いたいものです。

最後に、室町時代の連歌師宗長の歌を紹介しておきます。

「もののふの やばせの舟は 早くとも 急がばまわれ 瀬田の長橋」

「診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する課題と検討の方向性」に関する意見書

当弁護団は、東京を中心とする200名余の弁護士を団員に擁し、医療事故被害者の救済、医療事故の再発防止のための諸活動等を行い、それを通じて、患者の権利を確立し、かつ、安全で良質な医療を実現することを目的とする団体です。
「診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する課題と検討の方向性について」に関して、下記のとおり、意見を提出いたします。


平成19年4月20日
医療問題弁護団
代表 弁護士 鈴 木  利 廣
(事務局)
東京都葛飾区西新小岩1-7-9西新小岩ハイツ506
福地・野田法律事務所内 
電 話 03(5698)8544
FAX 03(5698)7512
ホームページ:http://www.iryo-bengo.com/

※ 本意見書に関する連絡は下記へお願いいたします。
東京都練馬区北町2-29-13 森ビル2階
きのした法律事務所 弁護士 木下正一郎
電 話 03(5921)2766
FAX 03(5921)2765


1.意見提出点

項目番号 1,2(1)②,3(1)及び 4(2)⑥

内容 (a)策定の背景について

    (b)診療行為関連死の届出制度と異状死届出との関係について

    (c)調査組織と院内事故調査委員会との関係について

2.意見

(a)について

今般の診療行為関連死の死因究明制度化は、医療事故防止のための必要不可欠な制度である。すみやかなる政策決定・実施が求められている。

(b)について

医療事故防止対策については、悪質な医療過誤犯罪を摘発するためのシステムと事故原因を究明して再発防止や被害救済という目的・理念に資するためのシステムの双方が必要である。

犯罪摘発システムについては、近年異状死届出義務が重要な捜査の端緒とされている一方、事故原因究明のシステムはいまだ存在しない。

今般、事故原因究明システムを設計するにあたっては、航空鉄道事故調査委員会設置法に基づく調査委員会が示唆的である。
事故報告は、航空機・鉄道の関係者から国交省に報告され、調査委員会の調査が開始される。刑事捜査との関係については、国交省と警察庁との間で「覚書」「実施細目」が合意され、刑事捜査と事故調査の調整がなされている。

ところで、現行法上の事故調査のあり様については、警察捜査を中心とする交通事故型と、警察と事故調査委員会の調整の下で行われている航空・鉄道事故型に分かれている。
医療事故調査については、医療の特殊性を踏まえ、上記目的・理念に沿って事故調査委員会を中心とする第3類型の創設をめざして、新たな整理を行う必要がある。

犯罪捜査より再発防止のための事故調査を優先させて、医療事故死の届出先を調査組織に一元化し、犯罪の疑いあるものについてのみ例外的に調査組織から捜査機関に届出させることが望ましいと考える。

そのためには、異状死届出義務の例外規定を含めた「診療行為関連死死因究明委員会設置法」(仮称)が必要と考える。

(c)について

診療行為関連死を含む重大な医療事故が発生した場合、原因を究明し再発防止を図るためには、医療機関の現場の努力とその英知を結集すること、すなわち院内事故調査委員会を設置して原因究明のための調査、再発防止策策定を行うことが必要である。
多数の医療事故の一部でしか原因究明の調査が行われていない現状では、院内事故調査委員会を設置して調査することを、法的に義務づけることが必要と考える。

なお、小規模医療機関においては、地区医師会等に委託し、地区医師会等が医療事故調査委員会を設置して事故調査を実施することも一案である。
この場合、当該事故調査を小規模医療機関の院内事故調査と位置づけることになろう。

院内事故調査委員会には、発生した医療事故ないし起因する医療行為等の分野の医療の専門家を、外部の者から任命することが重要である。

以上の院内事故調査委員会と調査組織の関係については、次のように設計すべきと考える(本意見書末尾の図参照)。

まず、診療行為関連死が発生した場合、医療機関は調査組織に届出をするとともに、院内事故調査委員会を設置し調査に着手する。

調査組織は、全例につき解剖(行政解剖)を実施し、解剖結果をとりまとめて医療機関に情報提供し、調査組織も調査権限をもって調査にあたる。

医療機関は、解剖結果や院内事故調査委員会の調査を踏まえ、調査結果をとりまとめ再発防止策を策定し、調査組織に報告するとともに、原則として公表する。

調査組織は、その院内事故調査結果を検討して評価し、自らの調査結果とともに評価結果を公表して、さらに再発防止策を提言する。

このようにして、医療事故の再発防止策を一般に知らしめるとともに、医療機関の院内事故調査体制の強化を図っていくことが重要である。

将来的に、院内事故調査体制が整備されてくれば、一定の医療機関での診療行為関連死については、調査組織は独自の調査は行わず、当該医療機関での院内事故調査の結果を事後評価するに留めることもありうると考える。

これに対し、医療機関に院内事故調査体制が整備されていない場合や、その他、被害が広範囲に及んでいる事案(院内感染事故等)、医療機関の院内事故調査に委ねると調査の公正性を損なうことが明白な事案、遺族と医療機関との信頼関係が崩壊し遺族が調査組織による調査を望む場合等には、調査組織が調査を実施するとともに、医療機関の行った院内事故調査結果を評価し、それらの結果を公表するという運用を維持する必要があろう。

なお、広く医療機関に院内事故調査体制を普及させるために、医療機関が適切に院内事故調査を実施した場合、これに要した費用を補填する等の手当も検討することが重要である。

図 診療行為関連死の死因究明等の流れ以上

医療事故と内部告発

弁護士 安 東 宏 三

つい先日、私も患者側弁護団の一員として関与したある医療過誤事件で和解が成立した。いわゆる東京医大事件である。

2002年末から2004年1月までの間に、東京医大で、同じ医師の弁置換手術を受けた心臓弁膜症の患者4名が次々に死亡するという事件があった。一般に、弁置換術は心臓外科分野では技術的にほぼ確立した手術とされており、死亡率も高くない。それが同じ医師の関与の下で4件続けて死亡というのは、異例中の異例の事態である。

実は、この事件が明るみに出たきっかけは、内部告発だった。3例の死亡が続いた時点で、東京医大内部の人間から匿名の告発が新聞社になされたのである。しかし、新聞社が告発者にアクセス出来ないでいるうちに、4例目の死亡が出てしまう。告発者は再度新聞社に連絡してきた。「まさか、まだ手術を続けさせるなんて思ってもみなかったんです。なぜみんな平気なんでしょう。どうして黙っているんだろう。……」

新聞社は、必死で告発者とのコンタクトを成功させ、相談を受けた私ども医療問題弁護団は、秘密裡に担当チームを作り対策を練った。情報を収集すると、大学の医局の一部からもこの医師が手術を担当することには疑問の声が出ていたが、絶対の決定権をもつ主任教授は彼を重用し、手術を続けさせようとしていた。大学内部の歯止めは既に機能していない。このままではいずれ「5例目」が出てしまう。

そこで私どもが選んだ方法は、裁判所による証拠保全という公的な手続を開始すると同時に、問題を紙面で大々的に叩く、ということであった。敢えて大学の外から容易ならざる事態を作り出すことによって、「5例目」をなんとか止めようとしたのである。

その後、証拠保全、事故調査委員会による調査等を経て、大学側は最終的には責任を認めるに至り、東京医大の心臓血管外科の体制は一新された。あの内部告発がなければ、およそ考えられない解決ではあった。(もし詳しい経緯に興味をおもちの方があれば、読売新聞社会部編「大学病院でなぜ心臓は止まったのか」(中公新書ラクレ、2006年)をご覧下さい。)この事件を通じて、私どもは、内部告発がわれわれの社会のもつ「最後の安全弁」であることを、改めて痛感したのである。

ところが、つい最近、恐ろしい判決がでた。

日本医大で顎の骨折の手術中に、患者の脳に誤ってキルシュナーワイヤーが刺入したと遺族(患者は死亡)に告白し謝罪した医師を、こともあろうに大学当局が名誉毀損で訴え、しかもその大学側の請求が認容されてしまったのである。

名誉毀損的な言論も、公益目的等でなされた場合は、その摘示した事実が真実であるか、そうでなくとも、真実と考える相当の根拠があった場合は、免責される。本件でワイヤーが脳内に刺入したかどうかについては、証拠となる画像の読影等を巡って現在も本体の民事訴訟で争われている。 しかし、(担当事件ではないので側聞する限りではあるが、)少なくともこの画像を「刺さっている」と読影する大学教授クラスの専門医が多数おり、どんなに控えめに見ても、「刺さったと考える相当の根拠がある」という限度では免責が認められるべき事案であったと思われる。(実際、1審の東京地裁はこれを認めた。)
しかし、控訴審の東京高裁はこれを否定して医師に損害賠償を命じ、最高裁もこれを追認して上告を棄却してしまったのである。自らの良心から遺族に告白し謝罪したこの医師は、大学に対して、利息を含めて約700万円の支払いを余儀なくされたという。

このようなことがまかり通るのであれば、大学の意向に反して内部告発をしようとする者など誰もいなくなり、われわれの社会は最後の安全弁を失ってしまうだろう。もう、次の「5例目」は止められないかもしれない。恐ろしい、本当に容易ならざる事態というほかはない。