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お知らせ(事件報告・提言)

診療情報等提供に関する厚労省指針へのパブリックコメント

【要 約】
厚生労働省の「診療情報の提供等に関するガイドライン(案)」に対し、患者の権利の尊重を基本とした法律が制定されるまでの暫定的なものと位置づけるよう求めた。


2003年(平成15年)7月17日 御中

代表 弁護士 鈴 木 利 廣
(連絡先)
〒124-0025 東京都葛飾区西小岩1-7-9
西小岩ハイツ506
電話 03-5698-8544
FAX 03-5698-7512

意   見   書
- 診療情報の提供等に関するガイドライン(案)に関連して -

 当弁護団は、東京を中心とする、約200名余の患者側弁護士グループとして、医療機関の患者に対する診療情報提供の具体的な取扱い事例や紛争事案に直面する立場にある。
 かような立場から、今回の「診療情報の提供等に関するガイドライン(案)」(以下「ガイドライン(案)」という)に関連し、再度、以下の意見を述べる。

 ガイドライン(案)による診療記録等開示は、患者の権利の尊重を基本とした立法までの暫定的なものとして位置づけられるべきである。

1、新たな立法の必要性

(1)「診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会」(以下「検討会」という)の診療情報開示法制化「両論併記」は不当

 このたび検討会報告書が診療情報開示の法制化について「両論併記」にとどまったことは、1998年(平成10年)6月「カルテ等の診療情報の活用に関する検討会」報告書による法制化提言や、1999年(平成11年)7月医療審議会中間報告「医療提供体制の改革について」における3年後法制化検討の指摘から、前進をみないものである。
 両論併記への批判は、既に社会的にも多数指摘されているとおりであり(朝日新聞2003年5月15日社説その他各新聞報道)、医療機関側からの疑問の声も少なくない(例えば日経メディカル2003年7月号p16「カルテ開示の法制化-賛成多数も日医の強硬な反対で見送り-」は、法制化を両論併記しガイドライン(案)で提示するにとどまったことについて「開示に対する法的拘束力は無く、実効性には疑問が残る」と指摘)。
 これら社会的批判においては、同時に、今回の両論併記に対する日本医師会や歯科医師会の態度が大きく影響したことも、一様に指摘されている(前掲各稿)。
 当弁護団も、既に検討会報告書に先立つ本年4月25日、検討会及び厚生労働省医政局に対し、①診療記録等開示の個別立法化、②診療記録等充実のための諸策、の2点に関する詳しい提言を行ったものであり(以下「4月25日付意見書」という)、診療情報開示が個別立法化ではなく単なる「指針」にとどまったことの問題性は、あらためて指摘するまでもない。
 したがって、ガイドライン(案)はあくまでも患者の権利の尊重を基本とした立法までの暫定的なものとして位置づけられるべきであり、かような位置づけにおいて、その内容を評価できる点は評価されるべきと考える。

(2) 個人情報保護法等による診療情報開示は不適切

 既に4月25日付意見書で指摘したように、診療情報開示は「個人情報の保護に関する法律」等(以下「個人情報保護法等」という)により規制され、ガイドライン(案)によって補完されるべきものではない。
 患者の権利の尊重を基本とした立法によるべきである。

 ① 個人情報保護法等の法整備の趣旨
 既に4月25日付意見書で指摘したとおり、そもそも個人情報保護法等の立法趣旨は、高度通信社会の進展に伴う民間・行政の保有個人情報保護に対する法的空白状態の整備に主眼があるもので、検討会報告書やガイドライン目的にも唱われた、患者と医療従事者間の医療情報の共有による信頼関係の構築や医療の質向上、医療機関の説明責任といった診療情報開示の目的や意義とは、本来的に異なる。

 ② 小規模医療機関におけるカルテ開示
 今回の個人情報保護法では「その取り扱う個人情報の量及び利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ない」個人事業者は規制の対象外とされ、おって政令により概ね5000件(5000人)以上の個人情報を取り扱う業者のみが対象とされる見込みである。つまり、規模や開設時期により5000件(5000人)を下回る患者のカルテを保有する病院・診療所に対し、同法の規制は生じない。
  しかしながら、当弁護団が直面するところの、日々生起する具体的な診療情報開示現場における患者側代理人としての実務感覚からすると、むしろ医療現場の診療情報開示の実情は、小規模医療機関において消極的・萎縮的な対応をする傾向がある。
  かような小規模医療機関における診療所情報開示の消極傾向に鑑みると、一定規模の個人事業者のみを対象とする個人情報保護法等による規制は、実効性を欠くものである。

 ③ 遺族への開示が法の対象外である
  個人情報保護法等では、基本的に患者の遺族による診療情報開示を保護していない。
  当弁護団の所属各弁護士が日々相談を受ける事案は、患者本人が死亡しており遺族が診療情報入手を希望するケースが極めて多い。
  そして、医療機関が、医療事故・紛争時の遺族からの診療情報開示請求に対して、消極的・萎縮的な対応をする事例を、現実に多数の具体例により指摘できる。このような対応は、検討会委員所属の医療機関も例外ではないことも指摘できる。
  4月25日付意見書でも指摘し、また後記2、(1)で指摘するところの、医療事故・紛争時の患者側への診療記録開示の重要な意義と紛争の適正な解決への意味合いは、患者側が遺族である場合に、さらに重要性を帯びるものである。
  かような、遺族への診療記録開示が基本的に対象とされない個人情報保護法等による規制は、失当である。

2、ガイドライン(案)の内容

 ガイドライン(案)は、前記のとおり新たな立法までの暫定的なものとして位置づけられるものではあるが、その内容は、基本的に評価できる。
 ただし、下記の点においていまだ不十分であり、これらに鑑みても、やはり抜本的な医療における患者の権利を主体においた個別基本策定による診療情報開示の法制化が必要であると考える。

 (1) 患者側が訴訟等を前提として開示申立をする場合も開示に応じなければならないことの明記が必要である

  既に4月25日付意見書でも指摘したとおり、とりわけ医療事故・紛争時の患者側への診療記録開示は、診療経過の客観的検証や事故再発防止のみならず、被害回復の本質的要素として重要な意義を有する。
  医療機関・医療従事者は、患者側との診療情報の共有化がむしろ医療事故・紛争の解決の適正化に資することを、依然として正しく認識していないと思われ、4月25日付意見書でも指摘したように、日本医師会の現「診療情報の提供に関する指針」が「裁判問題を前提とする場合はこの指針の範囲外である」としている姿勢に象徴されるごとく、とりわけ日本医師会傘下の医療機関・医療従事者が医療事故発生時における診療記録開示にきわめて消極的・萎縮的である具体例は例示にいとまがない。当弁護団は、現実に多数の具体例を指摘できる。
  このような、医療事故・紛争時における診療情報開示の消極姿勢は、徒に医療機関と患者との信頼関係を損ね、当該事例における紛争化を加速しているのが現状である。なぜなら、当該事案が「裁判問題」になるかどうか、すなわち「医療過誤訴訟を提起すべき事案かどうか」については、当該事案の診療記録を精査検討しない限りは判断できない。むしろ診療記録を患者側が入念に検討できない事案では、やむなく訴訟提起をして裁判所から診療記録を取り寄せるしかすべがないのである。
  結局のところ、診療記録開示が法律で保障され、医療機関の恣意的な判断に委ねられることなく患者側自身が診療過程を検証できるシステムをつくらない限り、医療事故紛争は減少も解決もしないことを強く指摘する。
  上記のような医療事故・紛争時における開示の萎縮傾向を改善し、ガイドライン(案)が唱う「原則開示義務」を実効性あらしめるために、ガイドライン(案)「7(3)」において、開示に際する申立理由記載の要求が不適切であると明記した点は評価し得る。ただし、たとえ患者側が訴訟等を前提とした場合でも開示に応じなければならず、ガイドライン(案)の適用があることを、より明確に示すべきである。

 (2) 不開示事由の悪用禁止を明記すべきである

  検討会においても、開示制限事由中、「8(2)診療情報の提供が患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるとき」の記載については意見が分かれ、第9回検討会の席上では、座長からも本事由の悪用による不開示に対する制裁を明記することの必要性が指摘された。
  患者側代理人としての実務感覚に照らし、この不開示事由悪用に対する制裁が設けられなければ開示制限を限定した趣旨が没却され、やはり指針では実効性が不十分であると考える。 
  ガイドライン(案)「8(2)」における「*個々の事例への適用については個別具体的に慎重に判断することが必要である。」との文言は、かような悪用禁止の趣旨であると思われるが、より明確な記載が必要である。

(3) 患者等の任意代理人が請求権者であることを明記すべきである

  本ガイドライン「7(2)」及び「9」では、患者もしくは遺族から委託を受けた任意代理人が請求権者に含まれることが明記されていないが、利用しやすい開示制度であるためにも、この明記は必要である。

 以上

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