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お知らせ(事件報告・提言)

敗訴者負担制度導入に関する意見書

【要 約】
弁護士費用の敗訴者負担制度の導入は,患者側からの医療訴訟の提起を萎縮させること等から,不適切かつ不必要であるとの意見を具申した。 ※なお,その後,この弁護士費用の敗訴者負担制度の法制化は,多くの市民団体,弁護士会等による反対運動の結果,廃案となっている。


意 見 書

2003年8月27日

司法制度改革推進本部 御中

代表  鈴  木  利  廣
〒124-0025
東京都葛飾区西新小岩1-7-9西新小岩ハイツ506
電話 03-5698-8544 FAX 03-5698-7512
医療問題弁護団事務局

意見の趣旨

医療過誤訴訟に、弁護士報酬敗訴者負担制度を導入すべきでない。

意見の理由

1、医療問題弁護団とは

  医療問題弁護団は、患者側で医療過誤訴訟を扱う、東京を中心とする約200名の弁護士のグループです。年間に約300件の医療過誤事件の相談を受けており、これまでに多くの医療過誤訴訟を手がけているほか、医療過誤訴訟をめぐる司法問題や医療の安全および患者の権利の確立のための提言等の活動を行っています。
  医療問題弁護団では、2000(平成12)年8月4日、司法制度改革審議会に本書と同趣旨の意見書を提出していますが、今般の司法制度改革推進本部のパブリックコメント募集に際し、再度、医療過誤訴訟への弁護士報酬敗訴者負担制度の導入に強く反対の意見を述べるものです。

2、司法制度改革審議会の意見

  2001(平成13)年6月12日の司法制度改革審議会の意見書では、総論部分で、「21世紀の我が国社会にあっては、司法の役割の重要性が飛躍的に増大する。国民が、容易に自らの権利・利益を確保・実現できるよう、そして、事前規制の廃止・緩和等に伴って、弱い立場の人が不当な不利益を受けることのないよう、国民の間で起きる様々な紛争が公正かつ透明な法的ルールの下で適正かつ迅速に解決される仕組みが整備されなければならない」とした上、「21世紀の司法制度の姿」として「国民にとって、より利用しやすく、分かり易く、頼りがいのある司法とするため、国民の司法へのアクセスを拡充する」と明記しました。そして、各論部分中の「民事司法制度の改革」の項に、「7、裁判所へのアクセスの拡充」を置き、その中の(1)のイで、「弁護士報酬の敗訴者負担の取扱い」を論じています。そこでは、勝訴しても弁護士費用を相手方から回収できないために訴訟を回避せざるを得なかった当事者にも訴訟を利用しやすくするという見地から敗訴者負担制度の導入を提言し、その際、合わせて敗訴者負担制度が当事者の裁判へのアクセスを不当に萎縮させる場合も当然あることから、この制度をすべての訴訟に一律に導入することのないよう指摘をしています。
  すなわち、あくまでも、弁護士報酬の敗訴者負担は、「裁判所へのアクセスの拡充」の観点から論じられなければなりません。各訴訟類型ごとに、敗訴者負担制度が当事者の裁判へのアクセスを萎縮させることになるのか、アクセスを拡充することになるのかを慎重に検討し、アクセスを拡充することになる例外的場合にのみ、導入を是とすべきものと理解すべきです。

3、敗訴者負担制度の導入の根拠

  この趣旨からするならば、敗訴者負担制度の導入の是非を判断するには、訴訟利用の促進につながるのか、逆に裁判に対する萎縮効果がより大きいのかを、まず、判断の基準とすべきであることになります。
  この点、敗訴者負担制度が導入された場合、医療過誤の被害者が萎縮し、提訴を抑圧されることは明らかです。私たちは、これまでに提訴にあたって当事者から「裁判に負けたら、相手方の弁護士費用まで払わなくてはならないのでしょうか?」と不安げに質問された多くの経験を持っています。被告である医師・医療機関側の答弁書に「訴訟費用は相手方の負担とする」との答弁が記載されているのを読んで、負けたならば相手方の弁護士費用を支払わなければならないのかと驚いて電話をしてくる依頼者もまれではありません。
  また、昨年、患者側弁護士の全国的組織である医療事故情報センター(※)が、敗訴者負担制度についてのアンケートを医療過誤被害者を中心とする諸団体に対して実施したところ、回答者の80%以上もの人が、敗訴者負担制度が導入された場合、医療事故の被害者が訴訟を提起することが現在よりも困難になると述べています。
※平成14年12月25日付医療事故情報センターの司法制度改革推進本部あて意見書
http://www3.ocn.ne.jp/~mmic/
  他方、敗訴者負担制度賛成論の立場からは「一般的に勝訴しても弁護士費用が相手方から回収できないことを理由に提訴を断念している場合がある」という論拠が主張されていますが、これは医療過誤訴訟にはまったく当てはまりません。医療過誤訴訟は、後述のように勝訴の可能性自体が一般的に低く、かつ、立証も難しい訴訟です。それでも医療過誤被害者が提訴に踏み切る動機は、経済的な賠償を得ようという点だけにあるのではありません。医療過誤被害者に、提訴を決断させる動機は、金銭賠償のみならず、真実を知りたいという気持ちや医師・医療機関からの謝罪を求める気持ち、医療改善への希望などです。人身賠償事件においては、ビジネスベースでの単なる損得計算のみでの提訴への動機付けは基本的にありえないのです。弁護士費用を相手方から回収できないという点は、医療過誤被害者にとっては、司法へのアクセスの障害にはほとんどなっていないと言えます。
  従って、医療過誤被害者にとっては、敗訴者負担制度は、もっぱら提訴を萎縮させる効果のみをもたらすもので、司法へのアクセスの拡充に資するものではありません。

4、公平の原則の議論

  今般の敗訴者負担制度の議論の中で、この制度に賛成する論拠のひとつに公平の原則に基づき、応訴を余儀なくされる被告側の保護を指摘する意見があります。
  医療過誤訴訟においては、公平の原則からしても、敗訴者負担制度を導入すべきではありません。
  その理由は、第1には、医療過誤訴訟は、原告となる患者側にとって基本的に勝訴の見込みが低い事件類型だということです。地方裁判所の1審判決の統計で見ると、通常訴訟の認容率が84.9%であるのに対し、医療過誤訴訟の認容率は38.6%です(平成14年度。最高裁HP)。
  医療過誤訴訟では、従前より、患者にとって診療行為が密室で行われる(密室性の壁)、医学という被告の専門領域で戦わざるを得ない(専門性の壁)、医療界に相互批判を許さない体質がある(封建制の壁)という3つの壁があると言われています。にもかかわらず、患者側が医師・医療機関の過失を立証しなければ勝てないのが医療過誤であり、しかもその立証のハードルは決して低くはないのが現実です。患者側は、もともとこうした立証面でのハンデを背負っているのです。
  第2には、資金面での不公平さです。医療過誤訴訟では、患者側は弁護士費用以外にも多くの実費がかかります。最重要証拠であるカルテひとつ入手するにも、証拠保全という費用も時間も労力もかかる方法をとらざるをえませんし、少なからぬ医学文献のコピー代、協力してくれる医師への謝礼、訴訟ともなれば高額な印紙代、鑑定費用と、事案によっては弁護士費用を超えるような高額な実費がかかることがあります。資金の余裕のない人については、扶助制度を利用しますが、これで実費がすべてまかなえない場合も少なくありません。これらは、患者側にとって、すべて自己負担を余儀なくされる費用です。
  これに対し、医師・医療機関側は、通常、何らかの医師賠償責任保険に加入しており、自己の弁護士費用は保険でまかなわれるのが通常です。ですから、自腹を切っての経済的負担はありません。さらに、万が一、根拠のない提訴であれば不当訴訟が不法行為となることが認められており、医療過誤においては、その枠組みで被告側が救済されれば足りると言えます。
  逆に、それでは、患者側が勝訴した場合は、相手方から弁護士費用をとれなくては損害の補填が目減りするのではないかとの意見があるかもしれませんが、不法行為である医療過誤においては、原告である患者側が勝訴した場合、自らの弁護士費用は認容額の一割程度は損害として認められます。すなわち、実際には、片面的敗訴者負担制度とほぼ同じ運用がなされており、実質的な公平が保たれているのです。現状の弁護士費用負担の問題を損害論で解消する方法で、何ら問題なく運用がされているにもかかわらず、あえて敗訴者負担制度の導入をする積極的な理由は何ひとつありません。

5、司法的救済の必要性

  現状で医療過誤の被害者が救済を求める手段は、ほとんど司法的解決による方法しかありません。それ以外には、医師むけの医師賠償責任保険がありますが、交通事故などとは異なり、財源の脆弱さや医師・医療機関の過失の認定の困難さもあって任意に保険金が支払われることは少ないとされています。
  日本における医療過誤被害については、その実態が調査されておらず、被害者数も不明です。しかし、アメリカにおける医療過誤の統計を参考に人口比で算出するならば、死亡事案だけとってみても約3万人の人が日本で毎年、医療過誤で死亡していることになります(前出の医療事故情報センター意見書参照)。これに対し、医療過誤訴訟の新受件数は、平成5年が442件だったのに対し、平成14年は896件とこの10年間だけでも倍増していますが、それでもこれらは、ごくごく氷山の一角であるといわざるを得ません。
  最高裁判所は、司法改革の中で、医事関係訴訟委員会を設置し、またいくつかの地方裁判所に医療過誤集中部を設置し、弁護士会・医療機関との協議を行うなど、医療過誤訴訟の審理方法などについて工夫をはじめ、ようやく医療過誤訴訟は迅速かつ適切な司法的解決の実現に向けてスタートしたところです。今ここで敗訴者負担制度を導入することは、ようやく門戸を広げてきた医療過誤被害者の司法的救済への扉を再び閉ざすこととなるでしょう。

6、結語
  医療事故は「『専門知識も金もなく、弁護士とは無縁の患者』と『専門知識はもちろんのこと、重要な証拠となるカルテを握り、顧問弁護士や他の医師から支援を受けられ、資金も潤沢な医師・病院』との極めて不平等な闘い」(※)だと指摘する医療事故被害者がいます。

※医療事故対処マニュアルP.70(現代人文社)
  医療過誤訴訟は、つねに、優位な立場に立つ医師・医療機関と、弱い立場にある患者との対決です。医療過誤訴訟に敗訴者負担制度が導入されれば、医療事故被害者にとって、救済へのハードルがまた一段と高くなることになります。
  以上のような医療過誤訴訟の実態をふまえ、医療過誤被害者の司法的救済への道を狭めることのないよう敗訴者負担制度の導入を回避していただきたいと考えます。
                                   以上

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