東京三弁護士会医療講演会「心臓血管外科診療の現場から」開催にあたり団員がコーディネートをつとめました

 2021年1月21日開催された、東京三弁護士会のウェビナーによる医療講演会「 心臓血管外科診療の現場から」には国立国際医療研究センターの心臓血管外科診療科長の宝来哲也医師が登壇し、大森夏織団員が司会とコーディネートをつとめました。
 当日は140名の弁護士が聴講し、大変有益な講演でした。

「包茎手術被害対策弁護団」による事件解決のご報告(工藤杏平)

1 2件の解決事件のご報告

 私も弁護団員の一員として活動している、医療問題弁護団を母体とする「
包茎手術被害対策弁護団(以下「当弁護団」といいます。)」による2件の
事件解決のご報告をさせて頂きます。なお、いずれも訴訟上の和解による解
決です。
 また、2件のクリニック(被告)はそれぞれ別のクリニックです。

2 2件の解決事件にみられる共通点

 詳細は下記の各事件をご覧頂ければと思いますが、両事件ともに以下のような共通点が見てとれます。

  • 「ヒアルロン酸注入術(※陰茎や亀頭部にヒアルロン酸を注入し増大効果を得ようとする施術)」などは、医学的には必要性・緊急性のない(あるいは著しく乏しい)施術である
  • 「包茎手術」の他に、受ける予定ではなかった「ヒアルロン酸注入術」などのいわゆるトッピング術(※本来受ける予定にはなく、付加されて受ける様々な施術。結果として高額な代金となることが多い。)を受けることとなった
  • 「効果」や「合併症」について正確な説明を受けることなく、一般的には高額といえる施術を、熟慮期間を設けることなく受けることとなった

 これらは、包茎手術に限らず、いわゆる自由診療領域において散見される、「医学的には必要性・緊急性がなく、当初は受ける予定ではなかった施術を、十分な(正確な)説明のないまま勧められ、熟慮期間のないまま高額な契約をし、即日施術をする」という共通の問題点であると思われます。

3 2件の解決事件を通じて皆さまに伝えたいこと

 共通点にみられるような実態は、医療の安全性やインフォームド・コンセントなど患者の権利が大きく損なわれていると同時に、消費者被害としての側面も大きく、「医療消費者被害」と呼ばれたりもする社会問題です。

 今回報告をさせて頂いた包茎手術を含む男性器に関する施術について言えば、羞恥心などから被害を受けていても声をあげにくいという実態があると思います。当然ながら、当弁護団で取り組んだ以下の2つの事件も氷山の一角に過ぎず、実際には、クリニック側が利益を得ているその背後に、泣き寝入りを強いられている方が数多くいると思います。

 包茎手術や男性器に関する施術によって痛みなどが生じた、受ける予定ではなかった施術や不要だと思われる施術を勧められて受けてしまったなどの経験をされた方は、まずは医療問題弁護団までご一報いただき相談をして頂ければと思います。

 そして、これから施術を受けることを検討される方は、是非、事前に出来る限り情報収集をし、本当に自身に必要な施術なのか・本当に自身が期待するような効果のある施術なのかをよく吟味して欲しいと思います。また、施術を受ける前に、(カウンセラーやクラークなどと呼ばれる方ではなく)医師と、必要性や効果、危険性などについてよく質疑を重ね、出来る限り疑問点を解消するとともに、その質疑や受けた説明の内容を後日のトラブル防止のために何らかの目に見える形(書面や許可を得ての録音など)に残して欲しいと思います。そして、少なくとも、説明を受けた当日に(高額な)契約をし、即日施術を受けることは避けて欲しいと思います。

 「医療消費者被害」と呼ばれるものを出来る限り減らすためには、裁判などによる事後的な救済を続け、それらを通じて当該クリニックや業界全体へ広く再発防止へ向けたメッセージを発信し続けることはもちろん、それと同時に、患者自身も、施術を受ける前に、施術を受けることについてより一層慎重かつ冷静になり、施術によるトラブルを未然に防ぐことも重要であると思います。

4 2件の解決事件の内容

 各事件の内容、争点に関する主な主張(訴訟においてはより多くの主張をしていますので、以下で記載するのはその一部です。)や和解の概要は以下のとおりです。詳細は各参照リンク先もご覧ください。

【1件目】 (参照:「包茎手術被害に関する損害賠償訴訟 和解解決の報告」

 男性器治療を行うクリニックにおいて、包茎手術の際に勧められた「亀頭増大術」を実施するに当たり、施術の「効果」や「合併症(施術後にそれがもとになって起こることがある症状や病気などを指します。)」に関する説明がなかったことなどを理由に、患者が原告となり、クリニックを被告として損害賠償を求めた事案です。
 争点に関する主張は主に以下の2点です。

  1. 亀頭増大術で使用されたヒアルロン酸は吸収性の物質です。亀頭部に注入することで一時的に大きさに変化があったとしても、その持続期間はヒアルロン酸が体内に吸収されるまでの平均6ヶ月から1年間とされています(少なくとも永久的に持続することはありません。)。そこで、当弁護団は、手術に当たっては、その効果を丁寧に説明すべきであり、ヒアルロン酸を注入することにより効果が長期間持続するかのように患者を誤診させる説明を行うべきではないと主張しました。
  2. ヒアルロン酸の注入にあたっては、発赤、浮腫、疼痛、紫斑、皮膚壊死やアレルギー、炎症反応などの合併症が生じる危険性があります。そこで、当弁護団は、施術に当たっては、合併症の発症可能性などの危険性について丁寧に説明すべきであると主張しました。

 そして、訴訟で主張・立証を続けたところ、最終的には、以下の内容を含む訴訟上の和解が成立しました。

  • 被告が原告に対し解決金を支払う
  • 被告は、患者に対して、施術に関する一般的な説明に加え「ヒアルロン酸の持続期間に関する当院の説明は、当院の医師のこれまでの医学的な経験に基づくものであり、持続期間を保証するものではない。」旨の説明を行い、これを書面等で確認することを約する
  • 被告は、患者が来院時に希望した施術以外の施術(いわゆるトッピングやオプションを含む)を勧める場合、特に適切に費用対効果を吟味できる熟慮期間を設けることを約する

【2件目】(参照:「包茎手術被害に関する損害賠償訴訟 和解解決の報告 2」

 男性器治療を行うクリニックにおいて、包茎手術に関する「保険適用の可否」、「陰茎に対するヒアルロン酸注入術」についての「効果」や「合併症」について説明がなかったことなどを理由に、患者が原告となり、当該クリニックを経営していた医師個人を被告として、損害賠償を求めた事案です。
 争点に関する主張は主に以下の2点です。

  1. 包茎手術は、保険適用される「環状切除術」と同内容の施術と考えられますので、保険医療機関であれば保険を適用して施術を受けることができました。そこで、当弁護団は、包茎手術は保険適用の対象となる環状切除術と同様であることを説明すべきであると主張しました。
  2. ヒアルロン酸注入により得られる効果は、注入部位が亀頭でも陰茎でも成分が同じである以上、上述のとおり一時的なものです。また、ヒアルロン酸を陰茎に注入すると、陰茎の壊死などを引き起こす危険性があることも同様です。そこで、当弁護団は、ヒアルロン酸の陰茎への注入に際し、(被告側が主張したような)刺激低減・早期治癒・止血効果を目的とした使用は医学的に一般に承認されていないことや、ヒアルロン酸の陰茎への注入は陰茎の壊死などの合併症を引き起こす危険性があることを説明すべきであると主張しました。

 そして、訴訟で主張・立証を続けたところ、最終的には、以下の内容を含む訴訟上の和解が成立しました。

  • 被告が原告に対し解決金を支払う
  • 原告が包茎手術や同手術に伴うヒアルロン酸注入術などを受けるに際し、十分な説明を受けることができず、効果及び必要性を誤解して施術を受けるに至ったことを確認する
  • (被告が現在院長を務めているクリニックにおいては)患者に対し、ヒアルロン酸注入術などの効果、必要性及び危険性並びに包茎手術に係る健康保険適用の有無について施術前に十分な説明を行うとともに、費用についても適切にホームページ等に記載し、患者が本件各施術の必要性及び負担費用等につき誤解をしないよう努めており、今後も患者に対する十分な説明や情報提供を実施するように努めることを約する
  • 施術を行うにあたっては、施術を受けるか否かについて十分に検討できるように配慮するよう努め、患者に対し、患者が来院時に希望していた施術以外の施術を進める場合には、当該患者が適切に同施術の必要性を吟味するための熟慮期間を設けるよう努めることを約する
  • 包茎手術その他男性器に関する施術を実施するにあたっての施術の料金設定について、常に適切になるよう努めるとともに、施術当日ディスカウントする等の方法により施術を誘導しないことを約する

以上

感染症法改正に反対する意見書を提出しました

医療問題弁護団は、2021年1月20日、感染症法の改正により、新型コロナウイルス感染症の患者・感染者が入院措置に反したり、積極的疫学調査・検査を拒否したり、虚偽の内容を答えたりした場合の処罰規定を設けることに強く反対する意見書を、内閣総理大臣、厚生労働大臣、各政党に対して提出をしました。

2021年1月20日

内閣総理大臣 菅   義 偉 殿

厚生労働大臣 田 村 憲 久 殿

医 療 問 題 弁 護 団

代表 弁護士  安 原 幸 彦

(事務局)東京都板橋区徳丸3-2-18

まつどビル202 きのした法律事務所内

電話 03-6909-7680 FAX 03-6909-7683

HP http://www.iryo-bengo.com/

感染症法改正に関する意見書

医療問題弁護団は、医療被害の救済、医療事故再発防止、患者の権利確立、安全で良質な医療の確立等を目的とする東京を中心とした患者側弁護士約230名の団体です。

現在、新型コロナウイルス問題への対応のために、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下、「感染症法」と表記します)の改正が検討されていると伝えられています。この問題について、以下のとおり、意見を述べます。

意見の趣旨

感染症法の改正により、新型コロナウイルス感染症の患者・感染者が入院措置に反したり、積極的疫学調査・検査を拒否したり、虚偽の内容を答えたりした場合の処罰規定を設けることに強く反対します。

意見の理由

人は、病気になったときでも、ある治療を受けるかどうかを自分で決定する権利を持っています。この患者の自己決定権は、日本国憲法13条の保障する個人の尊厳に由来するものであり、重要な基本的人権のひとつです。

感染症法は、一定の要件を充たす感染症の患者に対して、都道府県知事が入院を勧告することができること(法19条1項)、勧告に従わない場合に入院措置を採ることができること(同条3項)としていますが、これは上記の患者の自己決定権の制限であり、この都道府県知事の権限は、極めて厳格な要件の許に、抑制的に行使されるべきものです。

今回の改正により、上記の入院措置が罰則を持って強制されることになるとすれば、その自己決定権の侵害がより強いものとなります。しかし、実際に新型コロナウイルス感染症蔓延の原因とされているのは、主として自らの感染の事実を知らない無症状感染者の行動であると考えられており、入院勧告に従わない患者・感染者の存在が新型コロナウイルス感染症蔓延の原因だという指摘はありません。すなわち、罰則による入院の強制という強力な人権制約を正当化する根拠となるような事実は存在しません。

むしろ、感染しているというだけで罰則を伴う入院勧告・措置の対象とすることは、それを忌避するために検査を受けない、あるいは、検査結果を隠すという行動を誘発する可能性もあり、それは、結果的には新型コロナウイルス感染症蔓延防止を困難にしてしまうことになり、処罰規定を設けることによる感染抑止の有効性にも疑問があります。

また、人は自分に関する情報をコントロールする権利を持っています。このプライバシー権もまた、憲法13条の保障する個人の尊厳に由来する重要な基本的人権です。積極的疫学調査・検査や情報提供への協力を罰則で強制することは、このプライバシーの制限にあたるものです。そして、その人権の制限を正当化するような事実が存在しないことは、入院措置に反した場合の罰則に関して述べたところと同じです。

感染症法の前文には、「……我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である」と謳われています。また、同法2条(基本理念)には、「……感染症の患者等が置かれている状況を深く認識し、これらの者の人権を尊重しつつ、総合的かつ計画的に推進されることを基本理念とする」と定められています。ところが、昨年1月に新型コロナウイルス問題が発生して以来、全国各地から、患者・感染者はもちろんとして、実際に感染していなくても感染機会が多いと考えられる職種の人やその家族に対する差別・偏見事例が数多く報告されています。患者・感染者に対する処罰規定を設けることは、国民に恐怖を抱かせるものであって、患者・感染者に対する差別・偏見を、いっそう助長することに繋がり、公衆衛生政策において必要不可欠な、国民の主体的で積極的な参加と協力を妨げることになりかねません。

いまこそ、感染症法制定の原点に立ち返り、「感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応すること」を最重要の課題として位置付けるべきときです。そもそも、感染症対策は、平時からの危機管理体制づくりが必須です。感染症対策に当たっては、患者・感染者に対する人権保障と社会への感染拡大防止を両立させることが必要ですが、その調整には困難な課題が少なくなく、だからこそ平時からの危機管理体制づくりが重要です。現に新しい感染症が発生拡大して、緊急事態になり始めてからその対策を検討するのでは、結局感染拡大防止に重点が置かれ、患者・感染者の人権保障が軽視されがちになります。それ故に、第三波といわれる感染者増大傾向のまっただなかではありますが、患者・感染者の自己決定権・プライバシー権を軽視した処罰規定を設けるような場当たり的な法改正ではなく、新たな感染症に適確に対応し国民の医療に関する基本的人権を守れるような医療供給体制の構築に向けて、大局を見据えた冷静な議論を望む次第です。

以上

医学研修を実施しました

令和3年(2021年)1月18日に、帝京大学医学部附属病院整形外科教授の 西村慶太先生を講師にお招きし、 医学研修「骨は生きている。そして、骨折の基本を知る。」を 開催しました。
骨折と再生のメカニズムの理解が深まったと とても好評でした。

医療事故調査制度の改善を求める要請書の提出(木下正一郎)

要請書の提出

医療事故調査制度が2015年10月にスタートしてから、5年が経過しました。医療事故調査制度は、医療事故の原因を明らかにし、医療事故の再発防止を行い、医療の安全を確保する制度です。国民の安全な医療を受ける権利を確保するため、国及び医療機関が負う社会的責務を具現化する制度であるといえます。

しかし、制度開始以前・開始当初から制度趣旨に照らしていくつもの問題が指摘されていました。5年を経て一層制度の問題が顕在化しています。

5年の節目に、患者の視点で医療安全を考える連絡協議会(患医連)は、医療事故調査・支援センター(センター)の権限強化や見直し検討会の設置を求めて、2020年12月23日、厚生労働大臣に宛てた「医療事故調査制度の改善のために厚生労働省内に見直し検討会の設置を求める要請書」を厚生労働省医政局総務課医療安全推進室に提出しました。以下、要請の内容を紹介します。 なお、患医連は、医療過誤原告の会、医療事故市民オンブズマン・メディオ、医療情報の公開・開示を求める市民の会、医療の良心を守る市民の会、陣痛促進剤による被害を考える会が加入しています。患医連、医療問題弁護団、患者の権利法をつくる会の3団体で医療版事故調推進フォーラムを構成し、医療事故の再発防止・医療安全の推進のため公正な医療事故調査制度の確立を要請する活動をしています。

医療事故報告・調査を促進するセンターの権限の強化

制度開始前、医療事故報告件数は年間1300~2000件と試算されていました。年間2万件を超す医療事故死亡事例が発生していると推計されているところ、この試算にしても少ないものでした。そうであるにもかかわらず、5年間の医療事故報告件数は毎年400件未満で、5年の合計でも1847件にしか達しませんでした。

また、2015年10月~2019年12月末までの4年3ヵ月の実績で、400床以上の施設のうち約28~70%の施設で医療事故の報告実績がなく、900床以上の施設(全53施設)に限ってみても、28.3%にあたる15施設で報告実績がありませんでした。多くの医療機関で医療事故が報告されていないことが疑われます。

実際、2019年の医療機関からの相談に対し、センターが37件で報告を推奨すると助言したにもかかわらず、16件(43.2%)では医療機関が医療事故報告を行いませんでした。

さらに、医療過誤原告の会に医療事故の被害者・遺族から寄せられた相談のうち、予期せぬ死亡と判断される相談件数は5年間で135件ありましたが、医療機関がセンターに報告したものは14件に過ぎませんでした。

このように、報告されるべき医療事故が報告されていなくて、報告件数が少ない実態が明らかになっています。

そこで、患医連は、センターが医療事故として報告すべきと判断した事例については、医療機関に対して報告を求めること、この求めにもかかわらず、医療機関が医療事故の報告をしない場合には、センターは、医療事故の報告をしない医療機関の名称を公表すること、センターの求めに応じて報告・調査を行おうとしないときは、センターが医療事故調査を行うことができるように、センターに権限をもたせる法律、運用の改正をすることを求めました。

センター調査報告書の公表

現在、センターが行う調査報告書(センター調査報告書)は公表されていません。

センターで調査・分析された結果であるセンター調査報告書が公表されれば,これを教訓として,全国の他の医療機関も同様の医療事故を防止することができます。したがって,医療事故の当事者たる遺族と医療機関のみならず,他の医療機関でも医療事故の防止に役立てられるよう,センター調査報告書が公表されることが必要かつ重要です。公表にあたっては、特定の個人を識別することができる情報はマスキングされることを想定しています。

また、報告事例を明らかにしていく上でも、事故事例の公表は重要と考えます。いかなる医療事故事例を報告すべきかについては、医療法6条の10に定められています。法律の規定は抽象的にならざるを得ず、具体的事例を報告すべきか否か見解が分かれることがあります。報告すべき基準を明確にしようとしても同様の問題は残ります。基準の文言を修正するよりも、多数の医療事故事例を公表して、医療機関が医療事故として報告をすべきか判断するにあたり参照できるようにすることが適当と考えます。それにはセンター調査報告書の公表が最も適しています。

そこで,患医連は、再発防止の観点から、また、適切に医療事故報告がなされるようにする観点から、センター調査報告書を公表することを求めました。

見直し検討会の設置

ここまでに述べたとおり、現行の医療事故調査制度は医療の安全を確保するという目的を達成するにあたり、重大な問題があります。5年を経た今、医療事故調査制度は医療の安全の確保に資するよう、改められなければなりません。

そこで、患医連は、医療事故調査制度の改善に向けて、すべきこと及びロードマップを議論し整理するために、見直し検討会の設置を強く求めました。

なお、5年前の医療事故調査制度の開始前に、運用を検討する検討会が設置されました。しかし、検討会設置直前に、それまで医療安全を確保する実践を行ってきた複数の構成員候補者が検討会の候補者から外され、これに代わる構成員が選任されました。新たに入った構成員からは、医療事故の報告・調査をしなくともよしとする意見が出され、意見はまとまらず、医療事故調査制度は医療事故再発防止に十分に資するものとはなりませんでした。したがって、検討会の構成員には、医療事故調査制度のもとで医療の安全を確保する実践を行ってきた者、少なくとも医療の安全を確保する意思がある者を選任しなければなりません。

医療問題弁護団では、患医連、患者の権利法をつくる会とともに、引き続き、医療事故調査制度の改善を求め、医療事故の再発防止に向けた活動を続けていきます。

包茎手術被害に関する損害賠償訴訟 和解解決の報告 2

包茎手術被害対策弁護団 事務局長 団員 弁護士 晴柀 雄太
同弁護団    賛助会員 弁護士 渡邊 隼人

第1 事件の概要

 本件は、男性器治療を行うクリニックにおいて、平成27年3月、同クリニックを開設・経営する医師が施術に関する保険適用の可否や効果について説明義務を尽くさなかったため、原告が誤解して契約を締結し(契約金額237万6,126円)、包茎手術のほか、ヒアルロン酸注入等の施術を受け、現在に至るまで139万5,126円を支払ったという事件です。
 本来、必要のないヒアルロン酸注入などの施術がトッピングされており、しかもこれらの施術について術前に十分な説明がなされることなく、むしろ誤った説明がなされるなど、過度な勧誘行為がなされた点において、非常に問題が大きい事案と考えられます。
 特に本件については、下記第2・1でも述べます通り、国民生活センターが問題であるとして指摘した典型的な事案(緊急性がないにもかかわらず即日契約・即日施術をしており、しかも医学的に必要性が認められず意味もない施術を十分な説明なく追加し、契約金額が極めて高額になったという事案)であって、社会的にも問題の大きい事案と考えられます。

第2 損害賠償請求訴訟について

1 本件の経緯
平成28年 6月23日  国民生活センターによる発表
          「美容医療サービスにみる包茎手術の問題点!」
平成28年 6月26日  当弁護団によるホットライン実施
平成30年 2月 7日  法人を提訴(請求額263万4,638円)
平成30年 8月10日  医師個人を提訴(請求額263万4,638円)
平成30年12月25日  法人のみ訴え取り下げ
令和 2年12月 8日   医師個人との間で和解成立
          (和解条項の詳細は下記3参照)。

2 訴訟の争点
原告は、男性器治療を行うクリニックにおいて、包茎手術、ヒアルロン酸注入術、フォアダイス焼灼術を受けたところ、同クリニックを開設・経営する被告医師は、原告に対し、術前に適切な説明をしませんでした。
(1) 包茎手術について
ア 原告が施術を受けたクリニックにおいて包茎手術・美容形成術と称される施術は、保険適用される環状切除術と同内容の施術と考えられますので、原告は保険医療機関であれば保険適用して環状切除術を受けることができました。そして、同じ環状切除術である以上、自由診療で行う場合と保険診療で行う場合で結果に差異が出ることは考えられません。また、合併症についても環状切除術と同様の合併症(出血、創部浮腫、疼痛など)が生じ得ます。そのため、クリニックの医師は、自院における包茎手術・美容形成術は保険適用の対象となる環状切除術と同様であること、環状切除術を保険適用の上受けても結果に差異がないこと、保険適用で受けた方が費用負担が軽くなること、術後の合併症として出血、創部浮腫、疼痛などが生じる可能性があることを説明すべき注意義務がありました。しかし、当クリニックは、自院で行っている包茎手術・美容形成術であれば、保険適用される環状切除術では得られない効果があるかのような説明をしており、また健康保険を適用して同じ施術を受けられることや包茎手術の合併症を説明しておらず、この点で説明義務違反の過失があります。
イ 被告は、当クリニックにおいて包茎手術・美容形成術と称される施術は環状切除術と異なること、また原告には健康保険を適用して包茎手術をすることはできないと反論しました。

(2)ヒアルロン酸注入術について
ア ヒアルロン酸を注入することで得られる効果は、一時的に組織を増量・増大する程度のもので、それ以上の効果は認められておらず、通常はフェイシャル皮膚用注入剤として使用されています。他方で、ヒアルロン酸を陰茎に注入すると、陰茎の壊死を引き起こす危険があります。そのため、ヒアルロン酸の陰茎への注入や、被告が主張するような刺激低減・早期治癒・止血効果を目的とした使用は医学的に一般に承認されていないこと、ヒアルロン酸の陰茎への注入は陰茎の壊死を引き起こす危険性を有することを説明すべき注意義務がありました。
 しかし、被告医師は、これらの説明をしていないどころか、ヒアルロン酸を注入することで刺激低減・早期治療・止血効果が見込まれるなどと説明しており、この点で説明義務違反の過失があります。
イ 被告は、刺激低減・早期治癒・止血効果についてはエビデンスに裏付けられたものであると反論しました。

(3)フォアダイス焼灼術について
ア フォアダイスについては治療しなくとも生命・健康を害することはないため通常治療の対象とならず、フォアダイスについては特に治療しないことが大半です。また、フォアダイス焼灼術を行うことで陰茎に痕が残る可能性もあります。そのため、被告医師は治療するだけではなく経過観察することも一つの選択肢であること、仮にフォアダイス焼灼術を行った場合には陰茎に痕が残る可能性があることを説明すべき義務がありました。
 しかし、被告医師は、これらの説明をしておらず、説明義務違反の過失があります。
イ 被告は、生命・健康を害するものではないことを認めつつ、治療しなくてもよいということを説明したと反論しました。

3 和解条項
 主な和解条項の詳細は下記の通りです。
① 被告は、原告に対し、原告が、平成27年3月16日、被告の経営していた治療院において、包茎手術並びに同手術に伴うヒアルロン酸注入術及びフォアダイス焼灼術(以下「本件各施術」という。)を受けるに際し、十分な説明を受けることができず、本件各施術の効果及び必要性を誤解して、本件各施術を受けるに至ったことを確認する。
② 被告は、現在、院長を務めるクリニックにおいては、患者に対し、本件各施術を行うにあたり、ヒアルロン酸注入術及びフォアダイス焼灼術の効果、必要性及び危険性並びに包茎手術に係る健康保険適用の有無について施術前に十分な説明を行うとともに、費用についても適切に同法人のホームページ等に記載し、患者が本件各施術の必要性及び負担費用等につき誤解をしないよう努めており、今後も患者に対する十分な説明や情報提供を実施するように努めることを約する。
③ 被告は、当該施術を行うにあたっては、患者をして、本件各施術を受けるか否かについて十分に検討できるように配慮するよう努め、患者に対し、患者が来院時に希望していた施術以外の施術を進める場合には、当該患者が適切に同施術の必要性を吟味するための熟慮期間を設けるよう努めることを約する。
④ 被告は、包茎手術その他男性器に関する施術を実施するにあたっての施術の料金設定について、常に適切になるよう努めるとともに、施術当日ディスカウントする等の方法により施術を誘導しないことを約する。
⑤ 被告は、原告に対し、本件和解時における既払金を除くほか、本件各施術に係る治療費を請求しないことを確認する。
⑥ 被告は、原告に対し、本件解決金として金●円(※守秘条項)を支払う義務があることを認める。

第3 本件和解の意義など

 本件は、昨年3月に和解が成立した事件(2020.09.07包茎手術被害に関する損害賠償訴訟 和解解決の報告)に続き、包茎手術及びこれに付随するトッピング術による被害に関する損害賠償請求訴訟2件目の解決事案となります。
 本件和解は、被告医師の術前説明はいずれも不十分であり、それが故に原告が本件施術の効果・必要性について誤解し施術を受けるに至ったことを明確に示しています(和解条項①参照)。その上で、包茎手術及びこれに付随するトッピング術における保険適用の可否、施術の効果やその危険性の術前説明(インフォームド・コンセント)のありかたについて、今後施術を受ける患者が誤解することなく正しい理解のもと実施すること(和解条項②参照)、さらには、術前説明後、患者が施術を受けるか否か十分に検討する期間を設けること、料金設定を適正なものにすること、料金をディスカウントすることで顧客勧誘しないことを求める内容となっています(和解条項③、④参照)。
 本件和解は、保険適用の可否、施術効果や合併症等についての適切な説明なく、包茎手術やそれに付随するトッピング術へ過度に誘引する営利主義的な包茎手術及びそれに付随するトッピング術に警鐘をならし、抑止する画期的なものであると考えます。

第4 包茎手術被害相談

 他にも包茎手術などの美容医療による被害に悩んでいる方が多くいらっしゃると思いますので、包茎手術により痛みや後遺症が生じた、高額な手術・不要な手術を強く迫られたなどの被害に遭われた方は、下記の医療問題弁護団窓口までご相談ください。
 
 医療問題弁護団 電話番号:03-6909-7680
         ホームページ:https://iryo-bengo.com/