医療被害テレフォンガイドにお電話ください(河村 洋)

 医療にかかわるトラブルで悩んでいる方に,気軽に弁護士にアクセスしていただくため,医療問題弁護団では医療被害テレフォンガイドを開設しています。
 弁護士に相談に行くべき内容かどうかわからない,相談したいがこれまでの人生で弁護士に会ったことがないのでいきなり面談相談は気が重い,という方にこそ電話をかけていただきたいと思っています。
 実際に,テレフォンガイドで数十件の電話をうけていますが,治療後の医師の説明が二転三転した,患者がとても苦しんでいるのにほとんどなんの治療もしてくれなかったというような,弁護士に相談したくなるのももっともだと思う事案が多いと感じます。
 そのような事案では,一度面談相談に来られるようご案内し,手元に資料があればそれを持参していただいて,2名の弁護士で面談相談をお受けしています。

 法的責任が認められるためには,①問題となる行為について注意義務違反(過失)があり,かつ,②その注意義務違反と被害との間に因果関係が認められる必要があります。この2つの要件をいずれもみたすことを,患者側が証明する必要があります。特に,医療従事者が何もしてくれなかった,不十分な治療しかしてくれなかったために被害が生じたという事案では,因果関係(やるべき治療をしていてば今回の被害は生じなかった)の証明の困難さが立ちはだかります。
 この注意義務違反と因果関係の2つの要件をみたす可能性はどの程度なのか,弁護士に費用を支払ってでもその調査をするだけの見込みのあるケースなのかどうかについては,当然ですが,ケースバイケースです。
 医療被害テレフォンガイドを通じて相談をお受けする事案でも,例えば,医師にミスはある(注意義務違反はある)かもしれないが,仮にミスがなかったとしても結果は変わらなかった可能性が高い(因果関係は難しいかもしれない)という事案もあります。
 では法的責任の追及が難しそうなケースであれば相談しても無駄かというと,そうではないと思います。トラブルについての基本的な争点と,次の展望をどうするのかなどについて整理することができます。
 例えば,因果関係の要件のクリアが難しそうでも真相究明のために調査を弁護士に依頼するのか,意見を聞けたのでこのトラブルはこれで一応終わりとするのか,別ルートでほかの弁護士にも相談してセカンドオピニオンを求めるのかなど,次に何をすべきなのかを具体的に整理できます。

 どのような回答結果でも,電話をかける前よりも事態が前に進むことにつながると思います。
 ぜひ医療被害テレフォンガイドにお電話ください。

「都立病院独立行政法人化(民営化)と医療安全」について学習会を開催しました

 医療問題弁護団として都立病院の独立行政法人化に反対の要請書を提出する予定ですが、それに先立ち、政策班主催で勉強会を開催しました。
 講師は尾林芳匡弁護士と大利英昭氏(東京都庁職員労働組合病院支部書記長/駒込病院看護師)のおふたりで、東京都の医療における都立病院の役割、独法化による医療安全の危険性がよく理解できる、大変有意義な学習会でした。

「心病める人たち」 -追悼 石川信義先生- (三枝恵真)

 医療問題弁護団では、個別事案に取り組むだけでなく、その時々の医療における課題に対して意見書の公表やシンポジウム開催などの政策形成活動を行っています。
 今回は、精神科医療の問題について取り組む中で出会った石川信義先生のご著書『心病める人たち-開かれた精神医療へ-』(岩波新書)をご紹介したいと思います。

 まず最初に、わが国の精神科医療の現状と医療問題弁護団の取組みについて、少しご説明します。
  わが国の精神疾患の総患者は、2017(平成29)年は419.3万人(入院患者数30.2万人、外来患者数389.1万人)となっており、いわゆる5大疾患(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患)の中で1番多い状況となっています。精神病床でみると、平成29年6月30日時点で約28万人が入院しています。前述の精神疾患を有する入院患者数と同様に徐々に減少傾向ではありますが、1年以上入院患者が約17万人(全入院患者の6割強)、5年以上入院患者が約9万人(全入院患者の3割強)であり、1年以上長期入院患者が全体の半数以上を占めています(厚生労働省HP)。
 入院中心の医療体制のみならず、指定医の指示により行われる行動制限としての「身体的拘束」(精神福祉保健法第36条3項、37条および厚生労働省告示)が諸外国に比べて突出して多く、長期化しているという問題があります1) 2)
 医療問題弁護団では、精神科医療における身体的拘束の問題点について、2018年7月に意見書を公表しています3)。また、ジャーナリストの大熊一夫 さん4)制作の自主制作映画「精神病院のない社会」5)の上映と座談会を行いましたが、この座談会に出席してくださったのが石川信義先生でした。

 「心病める人たち」は、石川先生が昭和30年代の精神科病院の現状に衝撃を受け、全開放病棟の実現、患者の社会復帰活動に取り組んだ半生の記録です。石川先生が初めて精神科病棟に入ったとき、半裸の患者さんが糞便まみれの床に落とした食べ物を拾って食べる光景などを見て、しんから怒り、医師人生の全てを精神医療改革運動へ投ずる決心をしたということです。
 石川先生は、やがて自ら開設した三枚橋病院において全開放病棟の実現に取り組まれます。穏やかで明るい雰囲気作り、患者間の恋愛も禁止しない、週末にはディスコパーティー、地域住民を巻き込んでの文化祭をやるなど、石川先生が取られた方針の根底にあるのは、患者さん個々人の尊厳を認めて尊重する考え方だと思えます。
 さらに、石川先生は、患者の社会復帰を目指して共同生活の場作りに尽力します。しかし、これは公的補助制度、地域との関係性など難しい局面が多くあったことが書かれています。この本は三枚橋病院の院長に在職中にある1990年に書かれたものですが、その後病院経営の問題などから1994年に院長職を退かれ、個々の患者さんの診療に専念したそうです6)

 石川信義先生の書かれた前書きにこのように記載があります。
「病気のつらさそのものもさることながら、彼ら(注:心ならずも心病める人たち)は、この国にいるために、さらに一層、つらい思いをしている。世間の人たちは、そのことを、あまりに知らなすぎる。(中略)幸せうすい彼らのために、終りまで読んでいただけたら、うれしい。」
 「心病める人たち」の初版は、1990年です。現在、わが国の精神保健医療福祉施策は「入院医療中心から地域生活中心へ」という方策を推し進めていくこととされていますが、冒頭に記載しましたように、入院中心の医療体制は変わらず、身体拘束率の高さと長期化などの問題点も解消しないままです。
 昨今の世の中は格差社会が進み、私達は隣人に対してどんどん寛容性が無くなっているように感じます。精神科の問題を考えるとき、人間の本当の意味での成熟とは何か、叡智とは何かを問われている気持ちがします。

 昨年、石川信義先生の訃報に接しました。穏やかでありながら信念の貫かれたお話、お人柄が偲ばれます。
 日本において「心病める人たち」がどのような環境に置かれているか、日本の精神科医療の現実及びそれに真摯に取り組む方々の姿を読んでいただきたく、追悼の意味を込めてこの本をご紹介致します。

以 上

1) 身体的拘束とは、衣類又は綿入り帯等を使用して、一時的に当該患者の身体を拘束し、その運動を制限する行動の制限をいう(厚生労働省告示)。
2)「精神科病院での身体拘束、日本突出 豪の599倍、NZの2000倍」(2021/3/24毎日新聞)
3) 医療問題弁護団「精神科医療における身体拘束に関する意見書」
4) 大熊一夫さん 
元朝日新聞社の記者。1970年、アルコール依存症を装って精神科病院に潜入入院し、『ルポ精神病棟』を朝日新聞社会面に連載。現在に至るまで精神科病院廃絶に向け活動を行っている。
5)「精神病院のない社会」
日本の精神科医療の現状と課題につき医療者や患者の証言をもとに取り上げた上、約40年前に精神病院を廃止したイタリア・トリエステを取材に基づき紹介し、精神病院を廃止し地域で共生する途をさぐる作品。
6)「私と三枚橋病院」(医療法人赤城会 三枚橋病院創立50周年記念誌)