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「心病める人たち」 -追悼 石川信義先生- (三枝恵真)

 医療問題弁護団では、個別事案に取り組むだけでなく、その時々の医療における課題に対して意見書の公表やシンポジウム開催などの政策形成活動を行っています。
 今回は、精神科医療の問題について取り組む中で出会った石川信義先生のご著書『心病める人たち-開かれた精神医療へ-』(岩波新書)をご紹介したいと思います。

 まず最初に、わが国の精神科医療の現状と医療問題弁護団の取組みについて、少しご説明します。
  わが国の精神疾患の総患者は、2017(平成29)年は419.3万人(入院患者数30.2万人、外来患者数389.1万人)となっており、いわゆる5大疾患(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患)の中で1番多い状況となっています。精神病床でみると、平成29年6月30日時点で約28万人が入院しています。前述の精神疾患を有する入院患者数と同様に徐々に減少傾向ではありますが、1年以上入院患者が約17万人(全入院患者の6割強)、5年以上入院患者が約9万人(全入院患者の3割強)であり、1年以上長期入院患者が全体の半数以上を占めています(厚生労働省HP)。
 入院中心の医療体制のみならず、指定医の指示により行われる行動制限としての「身体的拘束」(精神福祉保健法第36条3項、37条および厚生労働省告示)が諸外国に比べて突出して多く、長期化しているという問題があります1) 2)
 医療問題弁護団では、精神科医療における身体的拘束の問題点について、2018年7月に意見書を公表しています3)。また、ジャーナリストの大熊一夫 さん4)制作の自主制作映画「精神病院のない社会」5)の上映と座談会を行いましたが、この座談会に出席してくださったのが石川信義先生でした。

 「心病める人たち」は、石川先生が昭和30年代の精神科病院の現状に衝撃を受け、全開放病棟の実現、患者の社会復帰活動に取り組んだ半生の記録です。石川先生が初めて精神科病棟に入ったとき、半裸の患者さんが糞便まみれの床に落とした食べ物を拾って食べる光景などを見て、しんから怒り、医師人生の全てを精神医療改革運動へ投ずる決心をしたということです。
 石川先生は、やがて自ら開設した三枚橋病院において全開放病棟の実現に取り組まれます。穏やかで明るい雰囲気作り、患者間の恋愛も禁止しない、週末にはディスコパーティー、地域住民を巻き込んでの文化祭をやるなど、石川先生が取られた方針の根底にあるのは、患者さん個々人の尊厳を認めて尊重する考え方だと思えます。
 さらに、石川先生は、患者の社会復帰を目指して共同生活の場作りに尽力します。しかし、これは公的補助制度、地域との関係性など難しい局面が多くあったことが書かれています。この本は三枚橋病院の院長に在職中にある1990年に書かれたものですが、その後病院経営の問題などから1994年に院長職を退かれ、個々の患者さんの診療に専念したそうです6)

 石川信義先生の書かれた前書きにこのように記載があります。
「病気のつらさそのものもさることながら、彼ら(注:心ならずも心病める人たち)は、この国にいるために、さらに一層、つらい思いをしている。世間の人たちは、そのことを、あまりに知らなすぎる。(中略)幸せうすい彼らのために、終りまで読んでいただけたら、うれしい。」
 「心病める人たち」の初版は、1990年です。現在、わが国の精神保健医療福祉施策は「入院医療中心から地域生活中心へ」という方策を推し進めていくこととされていますが、冒頭に記載しましたように、入院中心の医療体制は変わらず、身体拘束率の高さと長期化などの問題点も解消しないままです。
 昨今の世の中は格差社会が進み、私達は隣人に対してどんどん寛容性が無くなっているように感じます。精神科の問題を考えるとき、人間の本当の意味での成熟とは何か、叡智とは何かを問われている気持ちがします。

 昨年、石川信義先生の訃報に接しました。穏やかでありながら信念の貫かれたお話、お人柄が偲ばれます。
 日本において「心病める人たち」がどのような環境に置かれているか、日本の精神科医療の現実及びそれに真摯に取り組む方々の姿を読んでいただきたく、追悼の意味を込めてこの本をご紹介致します。

以 上

1) 身体的拘束とは、衣類又は綿入り帯等を使用して、一時的に当該患者の身体を拘束し、その運動を制限する行動の制限をいう(厚生労働省告示)。
2)「精神科病院での身体拘束、日本突出 豪の599倍、NZの2000倍」(2021/3/24毎日新聞)
3) 医療問題弁護団「精神科医療における身体拘束に関する意見書」
4) 大熊一夫さん 
元朝日新聞社の記者。1970年、アルコール依存症を装って精神科病院に潜入入院し、『ルポ精神病棟』を朝日新聞社会面に連載。現在に至るまで精神科病院廃絶に向け活動を行っている。
5)「精神病院のない社会」
日本の精神科医療の現状と課題につき医療者や患者の証言をもとに取り上げた上、約40年前に精神病院を廃止したイタリア・トリエステを取材に基づき紹介し、精神病院を廃止し地域で共生する途をさぐる作品。
6)「私と三枚橋病院」(医療法人赤城会 三枚橋病院創立50周年記念誌)

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