団員ログイン 公式ツイッター

団員リレーエッセイ弁護士の声

今も心に残る医療事件~そこから学んだこと~(末𠮷 宜子) 

 私は、1983年(昭和58年)4月に弁護士登録をしたので、弁護士としての活動は今年で40年目となります。
 医療問題弁護団には弁護士登録をした年に入団しましたので、医療問題に関わることになってからも40年という年月が経ったことになります。
 そんな長い経験の中でも、弁護士になってから1~2年の頃に受任した案件の中に、今も心に残る出来事があります。それは、弁護士としての経験も少ない時期だったからこそ、まず一人の人間として、医療行為の中で命が失われるということはどういうことか、強く心を揺さぶられたからではないかと思います。

 それは、帝王切開で赤ちゃんを出産させた後、せっかく全身麻酔で手術を行ったのだから、と引き続き子宮筋腫の摘出手術をしたところ、出血多量で産婦さんが亡くなったというケ-スでした。
 法定相続人は、夫と無事に生まれた子どもさんです。相談に来られた依頼者は夫です。
 相手方医療機関との交渉で、過失については比較的早期に「過失あり」との方向で協議が進みました。出産直後は、子宮は出血しやすい状態になっているにもかかわらず、引き続き子宮筋腫摘出手術を行ったことで、多量の出血を引き起こしたことが過失と主張しました。損害の算定についても、相手方医療機関は、医師賠償保険の算定基準に従って、出産事故での産婦の慰藉料の上限を提示してきました。弁護士としては、解決に向けて前進した、と思いました。

 しかし、依頼者(夫)は、言下に「低すぎる。」と不満を述べました。亡くなった妻も依頼者である夫も、ある有名外資系企業に勤めていて、年収も高く(もちろん当時の私より)、男女格差もなく、妻は仕事で成果を上げた社員に贈られる賞も受賞し、社内で表彰されたこともある、これからも自己実現ができる人生を送れるはずだった、というのです。確かに保険会社の算定基準での産婦の死亡慰謝料は、一般の死亡慰藉料基準に比べると低くなっていました。
 そこで、男女格差のない勤務体系、これからも仕事で自己実現できたはずの人生が失われた、という観点で、改めて損害計算をし直すことにしました。
 依頼者からは、妻が社内で賞をもらった時の表彰状を妻のご実家で預かってもらっている、との情報を得たので、仕事ぶりが評価されていた事実の裏付けとなる資料として、ご実家から私宛にその賞状を送ってもらいたいと頼みました。

 しばらくして私のもとに送られてきた資料を見て、驚きました。妻の勤務先から贈られた賞状は、折れないように厚紙の台紙とともに丁寧に包装され、「終わったらご返送をお願いします。」とのメモと返送用封筒が入っていたのです。亡くなられた方の法定相続人は夫と子どもです。ご両親は法定相続人ではありません。でも共に過ごした時間は、圧倒的にご両親の方が長いのです。娘を想うご両親の気持ち、悲しみが痛いほど伝わってきました。
 その賞状も資料に付け、改めて損害についての交渉を行いました。その結果、慰謝料額を増額することができ、示談が成立しました。

 終了したのち、私はご両親に借りた賞状に手紙を添えて、返送しました。すると数日後、お母様からお礼状が届いたのです。
 そこには「娘が亡くなって、今日で〇〇日が経ちました。先生(私のこと)からのお手紙が嬉しくて、娘の仏壇に供えました。私には娘が笑っているように感じました。」と書いてありました。
 法定相続人だけが被害者ではないということが心に染みました。一人の命が失われるということは、夫婦親子だけでなく、両親、友人、その他、亡くなった方とかかわりのあったすべての方々に悲しみを与えるということを強く思いました。

 弁護士になりたての頃のこの経験は、今も鮮やかに心に残り、私のその後の仕事の指針になっています。

以 上

弁護士の声