12月11日(土)15:30~16:30 署名活動を池袋駅 西口で行いました

公正な医療事故調査制度の確立を求めて チラシ配布・署名活動を 次の日時・場所で,行いました。

<第126弾>2021年12月11日(土)15:30~16:30
場所 JR山手線 池袋駅 西口ロータリー前

適切な医療情報開示について(櫻田 晋太郎)


 医療事件に携わるようになって、医療訴訟や紛争は単に医療ミスがあったから起こされるわけでは必ずしもないということを学びました。
 医療ミスは、例えそれが重大なミスであったとしても訴えられることは決して多くありません。
 医療訴訟や紛争の主要因は、医療ミスが起きた後に「十分な対応をしてくれなかった」「医療従事者が適切にかつ共感的に対話してくれなかった。」「十分な説明と情報開示をしてくれなかった。」「将来の医療ミスを防ぐための教訓を学び、反省をしてくれなかった。」といった、患者又は家族の思いや認識にあります。
 医療相談にくる相談者の方の多くの方が、「いったい医療の現場でなにが起きたのか」、そして「それが何故起きてしまったのか」を知らず、それを知りたいと願っていると感じます。そして、さらには、将来の再発防止の対策がとられるのかを知りたいと願っています。


 そうであるにもかかわらず、なぜ、患者又は家族に「適切な」医療情報が開示されることは少ないのでしょうか。
 ここであえて「適切な」医療情報の開示と述べたのは、何らかの医療ミスがあり、患者又は家族が医療機関に説明を求めた場合、医療情報の開示自体はなされますが、「適切な」医療情報が開示されていると必ずしもいえないからです。
 患者又は家族が求めている、「いったい医療の現場でなにが起きたのか」、そして「それが何故起きてしまったのか」について、正面から答える説明がなされるのは希であるように思います。例えば、起きた事実のみを羅列的に説明し、医療ミスと被害とを結びつけるような説明をあえて避けるような説明、発生結果は患者の状態や合併症によるものという印象を残す誤導的な説明、既に分かっている医療ミスと生じた結果との繋がりを避け、他に考えられる可能性を殊更強調するような説明、事実を曖昧にし、先延ばしにすることを目的とするような説明等をよく目にします。


 多くの医師が医療情報の開示に対する控えめな態度をとる理由として、訴訟への恐れとその負担を回避することにあるといったアンケート結果があるようです。また、医療ミスを起こした医師は、心情的には、遺憾の意を表するのに吝かではなく、謝罪さえ厭わないにもかかわらず、そのような気持ちを表名すると法的責任の表明ととられかねないとの恐怖から、医療情報の開示を躊躇することになるというアメリカの研究結果もあるようです。
 しかしながら、多くの患者と家族は、医療ミスなどの有害事象の後に続く医療従事者とのコミュニケーションが全面的に正直なものであることを強く望んでおり、医療ミスを起こした医師は、心情的には、遺憾の意を表するのに吝かではない方が多いにもかかわらず、医療訴訟への恐怖があるから医療情報の適切な開示を躊躇せざるを得ないのです。これはある意味、とてももったいないことだと感じております。
 医療情報を隠す(あるいは「適切に」開示しない)ことで、医療従事者と患者又は家族との間にミスコミュニケーションが生じ、それが不信や疑いに繋がります。その結果、患者又は家族は、より強く真実の解明を求め、医療情報の開示を強く求めるようになり、医療従事者側もより頑なになっていくという構造があるように思います。この構造は、患者側にとっても医師側にとっても不幸であると考えるようになりました。


 そんな思いもあり、医療情報開示に関する文献を探していたら「ソーリー・ワークス!」という本を見つけ、医療紛争をなくすために医師による患者に対する積極的な共感表明を推奨する取り組みがアメリカでなされていることを知りました。
 そこでは、共感を示す 「sorry」 という言葉と、責任表明を含む 「apology」 という言葉の使い分けを意識的に行い、まずは、起きた事象に対し、医療機関側が「sorry」 という共感を表明することで、共に有害事例に立ち向かう土俵を作ることを目指しているといいます。
 さらには、アメリカでは各州法で謝罪免責法を制定し、医師の共感表明や謝罪が訴訟で不利な証拠として使われないようにし、立法面からも医師の共感表明や謝罪を下支えするという手当がなされているようです。
 このことを知り、自分自身も医療機関側に「apology」を求める余り、医師が「sorry」という意味で、共感を表明しているに過ぎないのに、有責前提の先入観で調査に入ってしまっているケースがあったと反省しました。
 漠然としたイメージではありますが、患者側の代理人として、患者側と医療機関側でお互いが、まずは「sorry」の姿勢で一つのインシデントに向き合い、よりよい医療を目指していければと考えたりしています。

 とりとめもない文章となってしまいましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

以 上


参考文献
・ロバート・D・トゥオルグほか著(和田仁孝ほか訳)
  『医療事故後の情報開示』(双文社印刷)
・ダグ・ヴォイチェサックほか著(前田正一ほか訳)
  『ソーリー・ワークス!』(医学書院)
・医療記録の開示をすすめる医師の会
  『医師のための医療情報開示入門』(金原出版)

第43回 医療問題弁護団・研究会 全国交流集会で、医療問題弁護団・東京が「大学病院のカルテ改竄と説明義務違反による全損を認めた事件」を発表しました

 2021(令和3)年12月4日、全国各地の医療問題弁護団・研究会による全国交流集会がオンライン開催されました。
 医療問題弁護団・東京においては、大森夏織団員・梶浦明裕団員・飯渕裕団員が代理人を務めた事件の判決(東京地方裁判所民事34部令和3年4月30日判決言渡し・確定)の事例紹介として、「大学病院のカルテ改竄と説明義務違反による全損を認めた事件」の発表を行いました。
 登壇者は、飯渕団員でした。
 本件は、大学病院において比較的近時に多数のカルテ改ざんがあったことを認定し、カルテ改ざんが患者に対する不法行為を構成しそれ自体で慰謝料の対象となると判断した事件であるとともに(カルテ改ざんは、疑わしくとも通常は立証困難であるところ、今回は立証に成功しました)、適切な説明が行われていれば手術も受けなかったとして、説明義務違反と結果との間の因果関係も認めた点で意義のある判決であり、類似事例等や、訴訟以外の活動(記者会見による周知活動、病院のホームページの記載の適正化申入れ、厚労省への行政処分の申入れ等)と併せてご紹介いたしました。

医療は未知の世界でしょうか(針ケ谷 健志)

1 医弁への道筋
 多くの人は生まれると同時に医療機関にお世話になり、幼少期からも医療関係者という存在を認識し、かかわりを持っていると思います。多くの人にとって医療界は法曹界よりも確実に身近な存在でしょう。しかし、私にとって医療の世界は身近でありながらも、未知の世界でした。特別興味がある世界でもありませんでした。
 私は、高校生になったとき、通学で一緒になった隣のクラスの人間が医学部へ進学すると決めている、と話をするようになりました。大学生になると、体育会の運営にかかわる関係から、医学部の学生と関わりが出てきました。地元の同級生が医学部に入学するようにもなりました。これらの出来事は、成長する過程で、偶然私の周りで起きたことです。しかし、各人にとっては、偶然ではなく、何かしらの意思があって、医療の世界に入り込んだのでしょう。医療の世界が、次第に身近に感じられてきました。ロースクール在学中には、司法試験には関係がないものの、医事法の講義を受講するなどし、次第にその世界への興味が強まっていきました。司法修習期には薬害訴訟弁護団にかかわるようになり、そのような流れで弁護士登録し、事務所の先輩弁護士が医弁に入っていたことも重なり、医療問題弁護団の団員としての活動が始まりました。
 もともと私は、公益や弱者の目線といった活動を生業にしたい、そのためには法律家が最適だと思って弁護士の道にたどり着きました。医療の世界に関わりながら、公益や弱者の目線を基盤とする活動を行おうとするならば、医弁にたどり着いたことは幸運だったのかもしれません。

2 団員としての活動から感じること
 医弁入団当初、私は数多くの相談にかかわりました。少なくとも現時点よりは相当多くの相談を受けたでしょう。相談内容からは、医療事故被害者の医療に対する疑問、不信感、何が起こったのかわからないという苦しみ、怒り、自身の後悔。そもそも自身の話ができないほどの状態の相談者もいらっしゃいました。医療事故被害者の苦しみの重大さ、医療事故の恐ろしさ、救済されない理不尽さ。医療事故被害者にとっては、医療の世界は未知なだけではなく、大きな恐怖や脅威になっているのではないでしょうか。相談に直面する中で、医療事故被害者に寄り添うことは非常に重要な意義がある、と私は強く思っていきました。一方で、相談のみで終了となった方々が数多かったですし、受任に至ったのちに関係が切れた事案もあります。一度きりや短期間の関わりだった被害者は、何を感じただろうか、私は関わった意味があったのか。現実・難しさや、自身の至らなさを感じるという日々でもありました。
 一方、未知の医療の世界を明らかにする機会も得ました。前線で活動する医師の講義や、協力医から聴取する感覚、救命救急や手術場面の立ち合い。どれも貴重な機会であり、これらの機会で獲得したものは印象深く、様々な形で今も生き、今後も様々な力の要素になると思っております。

3 これからの医療
 医療の世界は日進月歩ですが、未だ不明なことも多く、医療事故も残念ながら生じてしまうものだと思います。しかし、これから行う医療行為や生じた事故に対して十分な説明がなされれば、生じた事故から生じる不幸も減少させられるのではないでしょうか。一つ一つの医療が明らかになり、その集合である医療の世界も明るくなればと思います。

以 上

11月7日(日)16:00~17:00 署名活動を御茶ノ水駅 御茶ノ水橋口で行いました

公正な医療事故調査制度の確立を求めて チラシ配布・署名活動を 次の日時・場所で,行いました。

<第125弾>2021年11月7日(日)16:00~17:00
場所 JR中央線 御茶ノ水駅 御茶ノ水橋口

包茎手術被害に関する損害賠償訴訟 和解解決の報告 3

包茎手術被害対策弁護団 弁護士 工藤 杏平

第1 事案の概要

 本件は、依頼者が、某大手美容クリニックにおいて、「包茎治療」「亀頭及び陰茎増大術(いずれも非吸収性のフィラーを患部に注入)」を受けたものの、増大効果が得られなかったばかりか、亀頭及び陰茎に複数の身体的不具合(亀頭部の黒ずみ、痛み、陰茎変形など)が生じたことについて、「適応義務違反(生殖器への注入が禁忌とされている薬剤の注入)」と「説明義務違反」を根拠に、治療費や慰謝料などの損害賠償請求をした事案です。
 双方の主張や和解に至る経緯などの詳細は、国民生活センターのサイトに公表されていますのでご覧頂ければと思います(「国民生活センターADRの実施状況と結果概要について(令和3年度第2回)[PDF形式]」をクリックして頂き、開いたページにある「【事例4】男性器の増大手術等に関する紛争」が本件です。)。

第2 解決に至る経過の概要

令和2年9月28日 国民生活センターにADR申立
  同年12月4日 第1回和解仲介期日
令和3年1月22日 第2回和解仲介期日
  同年3月17日 第3回和解仲介期日
  同年4月21日 第4回和解仲介期日(和解成立)

第3 本和解の意義

本件は、
①平成31年3月に和解が成立した事件(2020.09.07包茎手術被害に関する損害賠償訴訟 和解解決の報告
②令和2年12月に和解が成立した事件(2021.01.12包茎手術被害に関する損害賠償訴訟 和解解決の報告 2
に続き、当弁護団の解決事件の3件目となります。
 本件では、訴訟ではなく国民生活センターのADRを利用し、「過失(生殖器への使用が禁忌とされている薬剤の使用など)」や「被害(陰茎や亀頭部に生じた不具合)」を出来る限り分かりやすく主張・立証をすることにより、訴訟よりも比較的早期に一定の解決をすることができました。

以 上

医療問題弁護団での2年半を振り返って(森田 和雅)

1.はじめに

 私は、弁護士登録をして約半年後に当弁護団に入団しました。弁護士登録をしてからもうすぐ3年を迎えようとしておりますので、これまで約2年半、当弁護団で活動をしてきたことになります。元々、弁護士になる前に法科大学院で受講していた「医療訴訟」という講義がきっかけで、医療事件には興味を持っておりました。そして、弁護士登録後、当弁護団の新人弁護士向けのガイダンスに参加し、患者側代理人としての活動に大変魅力を感じ、当弁護団に入団をするに至りました。以下では、これまでの当弁護団での活動を簡単に振り返ってみたいと思います。

2.法律相談・調査活動

 当弁護団では、法律相談やその後の調査活動等は原則として弁護士2名体制でお受けしており、若手弁護士は経験豊富な先輩弁護士とペアを組んでおります。私も、これまでに、先輩弁護士の指導を受けながら、複数件の法律相談やその後の調査活動に取り組んでまいりました。医療事件は弁護士にとっても専門性の高い分野であり、初めの頃はカルテの読み込みや医学文献の収集に苦労しましたが、経験を重ねるにつれて徐々にコツをつかめてきたように思います。やはり、実際の事件を経験することが実力をつける一番の近道なのではないかと思います。

3.研修班での活動

 当弁護団に所属する弁護士のための研修の企画、運営に携わってまいりました。研修班では、新入団員が法律相談の配点を受けるために受講が義務付けられている基礎研修(調査編・訴訟編)や、尋問の技術を身に着けるための尋問研修、医学的知見を学ぶための医学研修等の多様な研修を継続的に企画しております。私自身も、これらの研修に参加し、諸先輩方の実際の経験に基づいた貴重なお話を伺うことができ、大変有意義な研鑽の場であると感じております。

4.救命救急センターの見学

 2019年11月に、研修班の企画の1つである都内の病院の救命救急センターの見学研修に参加しました。同研修では、夕方6時30分から翌朝7時30分までの間、救命救急センターに自力で来院された患者さんの一次トリアージの様子や、救急搬送された患者さんの初療室での処置の様子、救命救急病棟内部の設備等を見学させていただきました。救急搬送から初療室での処置の慌ただしい様子を目の当たりにし、救命救急が、患者さんにとっての適切な処置を常に迅速に判断することが求められる厳しい現場であることを改めて感じました。患者側代理人として活動をしていく上でも、医療現場の実態を理解しておくことは必要であると思いますので、大変有意義な経験をさせていただけたと思っております。

5.医学部生の研修のお手伝い

 当弁護団の先輩弁護士が医学部2年生の実習を受け入れて、法廷傍聴や講義、ディスカッション等を行う機会があり、私もそのお手伝いをさせていただきました。患者側代理人に対して医師と対立する立場のような印象を持っておられた学生さんも、講義やディスカッションを通じて患者側代理人の活動内容や理念を知り、医師も患者側代理人もともに「より良い医療のため」という共通の目的を持っていることを理解していただけたようでした。

6.おわりに

 これまでの約2年半、大変多くのことを学ぶことができ、当弁護団に入団をして良かったと思っております。今後も初心を忘れず、患者さんのため、より良い医療のため、日々精進してまいりたいと思います。

以 上

医療事件に育てられて(青野 博晃)

 弁護士になって、もうすぐ11年目が終わろうとしています。
 弁護士の業界では、年次を経るごとに、若手、中堅、ベテランと呼ばれるのですが、私もそろそろ中堅と呼ばれる世代です。

 現在、弁護士の多くは、大学や法科大学院を出て司法試験に合格し、司法修習という研修を経て、弁護士になります。
 言い方を変えると、学校と司法修習で基礎的な法律と実務のほんの一部を学んだだけで、弁護士「先生」と呼ばれる存在になってしまいます(個人的には「先生」という呼称は好きではありませんが、それはさておき)。
 そのため、多くの弁護士にとって、実際に仕事をする中で経験を積むことが重要になり、先輩弁護士と一緒に事件に携わり、「事件に育てられる」ことで成長していきます。

 そして、医療という専門性の高い分野を扱う弁護士を志した私のこれまでは、医療問題弁護団の活動を通して、先輩弁護士とご相談者・ご依頼者に育てられたと思っています。

 医療問題弁護団では、医療被害に遭われた患者さんやそのご家族からのご相談やご依頼をお受けしますが、常に、弁護士2名以上の体制で事案にあたり、若手弁護士は、先輩弁護士とペアを組みます。
 専門性の高い医学的知識を学んで理解し、法律という異なる専門分野において使いこなすためには、真摯な勉強と経験が必須です。
 そのため若手弁護士は、ペアになった先輩弁護士との議論を通して知識や考え方を深めます。
 また、医療問題弁護団では、団員の受けたご相談やご依頼について、必要に応じて団内の少人数のグループで、協力医の意見を受けつつ討議し(勿論、相談者や依頼者のプライバシーには最大限に配慮します。)、多角的な検討をしています。

 また、ご相談者・ご依頼者から被害についての訴えや想いなどをお話しいただき、被害を理解できるよう努めます。
 その中では、あるべき患者側弁護士としての姿勢などを学ばせていただくことも多くあります。

 中堅に差し掛かるにあたって振り返ったとき、私も、医療問題弁護団の多くの先輩方と一緒に医療事件に接することで、成長できていることを改めて実感します。
 医学文献の読み方や理解の仕方を教えてもらったり、議論をしながら自分の理解の浅さを痛感したり、裁判所に提出する予定の書面を跡形もなく直されたりしながらも、医療問題弁護団の活動を通して、先輩弁護士の仕事を見て学ぶことが多くありました。
 また、ご依頼者の方にも、被害の辛さなどをお話しいただき、ときには叱咤いただきながらも、弁護士としてその想いにどうしたら応えられるかを考える機会をいただきました。

 医療問題弁護団では、先輩が後輩を育て、ご相談者・ご依頼者に学びをいただいて、専門性を持つ患者側弁護士を育てることも活動の大きな柱だと思っています。
 中堅に差し掛かった私もまだ先輩から学ぶことは多いですが、一方で若手を育てる側に回らなければなりません。
 そのような学びの連鎖が、弁護団にご相談・ご依頼いただく患者さんやご家族のお役に立てたらと思い、医療問題弁護団の活動に携わっています。

以 上

コロナ雑感(五十嵐 裕美)

 東京では、新型コロナウイルス(COVID-19)の新規感染者が日に5000人を越える事態となってきました。本エッセイでは、昨年来のコロナの問題に関して、現時点(2021年8月)で、患者の権利の視点から感じるところを書き記してみたいと思います。雑ぱくな文章になるかもしれませんが、お許しください。
 なお、このエッセイは個人の意見・感想であり、もちろん弁護団としてのものではないことをお断りしておきます。

 医療崩壊という言葉が、連日報道され、2021年8月3日には政府が入院は重症患者以上という方針をいったん示しました。反対意見が強く、この方針は撤回されましたが、中等症等の患者さんが、なかなか入院できない状況は続いており、都内では2021年8月14日現在、自宅療養が21,729人、入院・療養等調整中が13,627人となっています。一般医療への影響も深刻で、つい先日、我が家の向かいのお宅に救急車が来たのですが、何と5時間以上も、そこに停車したままで、最終的には患者さん(コロナではありません)を搬送できたようですが、急を要する疾患だったらどうするのだろうと不安になりました。

 感染症についての基本的な法律は、マスコミなどで「感染症法」と言われていますが、正式な名称は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」といい、平成10年に成立して平成11年(1999年)から施行されています。それまで日本には、明治以来の伝染病予防法・HIV予防法・性病予防法といった患者から社会を守るという発想の法律しかなく、感染症患者が医療を受ける権利は軽視されていました。この感染症法が成立したことによって、「感染症患者に対する良質かつ適切な医療の提供」が国の責務であることが法律上も明確にされたのです。

 しかし、この国の責務は、現状、必ずしも果たされているとは言えません。日本は、世界でもトップの病床数を有していますが(人口1000人当たり13床)、精神科の病床が多いこと1)2)や病床はあっても感染症の治療に当たる医師などの医療従事者が不足・偏在していることが問題点として指摘されています。また、日本の病院の多くは民間病院で国公立の病院が少なくコロナ患者受け入れを強制できないこと、保健所を縮小する政策をずっととってきたことによる保健所の対応力不足なども言われています。

 今回のような災害級の感染症に対する医療提供体制は、急にできるものではありません。これまでも新感染症が登場したときに体制整備の必要は指摘されていたのに、「喉元過ぎれば」で体制が整えられなかったことが、今日の事態を招いているのではないでしょうか。
 今、医療現場は、目の前の事態への対応で精一杯だと思いますが、行政としては、今回の事態を詳細に記録に残し、今後の政策に生かすべきだと思います。

 また、コロナについての症例データベース研究には、国立国際医療研究センター病院のCOVID-19 REGISTRY JAPANなどがありますが、個人情報に配慮しつつ全国レベルで情報を収集し、ウイルスの正体や治療法についての研究を進めること、若い人にも多くあると言われている後遺障害の実態を明らかにすること、ワクチンの有効性と安全性を検証することなど、国として人的物的資源を投入して中長期的な展望を持って実行してもらいたいと思います。

 21世紀は感染症の時代。COVID-19のような感染症は、今回が最後ということは決してないでしょう。未だ混乱の渦中ではありますが、今回の教訓が今後に生かされることを願っています。
(2021年8月16日)

【付】
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(前文)
人類は、これまで、疾病、とりわけ感染症により、多大の苦難を経験してきた。ペスト、痘そう、コレラ等の感染症の流行は、時には文明を存亡の危機に追いやり、感染症を根絶することは、正に人類の悲願と言えるものである。
医学医療の進歩や衛生水準の著しい向上により、多くの感染症が克服されてきたが、新たな感染症の出現や既知の感染症の再興により、また、国際交流の進展等に伴い、感染症は、新たな形で、今なお人類に脅威を与えている。
一方、我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。
このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている。
ここに、このような視点に立って、これまでの感染症の予防に関する施策を抜本的に見直し、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する総合的な施策の推進を図るため、この法律を制定する。

1) 平成24年(2012年)11月16日 労働省 第1回病床機能情報の報告・提供の具体的なあり方に関する検討会 参考資料1
2) 令和3年(2021年)1月20日 日本医師会定例記者会見「新型コロナウイルス感染症に関する最近の動向について」 資料

解剖と私(大森 夏織)

 最近は法医や病理医を主人公にした漫画やドラマも増えてきました。
 私がはじめて「解剖」を意識したのは、小学生時に放映された不朽の超絶面白名作ドラマ「天下御免」1)です。主人公は平賀源内ですが、若かりし杉田玄白(演者坂本九)も登場人物のひとりで、いつも「腑分け」の見学機会を求めて走り回っていました。
 その後、司法修習生のカリキュラムに司法解剖見学があり、もっとも印象的な修習となりました。

 さて、弁護士になって医療紛争・医療事故・医療過誤案件を扱うようになると、あらためて「解剖」の大切さを実感することが少なくありません。患者さんの解剖がされていれば、死因で争われることもなく、紛争化や紛争長期化を避けられたと思われるケースがあります。ご遺族からすると、ご遺体をこれ以上傷つけたくない、患者さんにこれ以上苦しい思いをさせたくない、という思いから、解剖をお断りする方が少なくありません。まったく無理からぬことではあるとはいえ、医療機関側・医療従事者側がもっと解剖の必要性を真摯に説明していれば変わっていたのではと歯がゆい思いをすることもあります。
 患者が死因不明であったり診断する死因に疑問を持たれたりする場合、医療機関側が解剖について積極的に説明や提案をする義務があるか、つまり死因解明義務があるかどうかについて、法律構成は定まっていないものの、いくつかの裁判例や、医療機関側の弁護士の著作でも肯定されています2)、3)
 2015年10月から、医療法による公的な医療事故調査制度が実施され、患者さんが医療に起因して予期せず死亡した場合、医療事故調査・支援センターへの報告と院内事故調査が必要になっています。この制度では、報告・調査対象全例に解剖実施が要求されていませんが、解剖を実施しなければ死因が明確ではない場合は、ご遺族の同意を得て、当該医療機関自ら、あるいは地域の医療事故調査等支援団体と連携して解剖することが求められます4)。ご遺族の心情に配慮しつつ、ご遺族が解剖の重要性を共有して解剖を受け入れられるような説明モデルなどもあります5)
 このような、医療に関連する死亡ばかりではなく、全ての死因究明の必要性は、「国民が安全で安心して暮らせる社会及び生命が尊重され個人の尊厳が保持される社会の実現に寄与するものであり、高い公益性を有する」のです
(厚生労働省2021年6月公表「死因究明等推進計画」6))。日本の死因究明制度全体も、ようやく法的整備が整いつつありますが、医療に関連する死亡もそうでない死亡も、その原因究明に必要な人的物的体制の整備はまだまだ不足しています7)、8)。私たちの納める税金は、人々のいのちや暮らしを守ることにもっと使って欲しいと日々思っており、死因究明制度の人的物的体制整備も税金の大切な使い道のひとつだと考えます。

 昨年、母が入所施設で誤嚥から心肺停止となり、数日後に搬送先大学病院で死亡しました。念のため当該大学病院での病理解剖を依頼してみたところ、外因死のため警察への届出と検死が必要であると言われ、検死の結果、監察医務院での解剖となりました。これまで遺族代理人として解剖結果の求説明のために監察医務院を訪れる機会はありましたが、よもや自身の実人生で利用者になるとは想像しておらず、感慨深い経験でした。人員体制も満足ではないであろうに丁寧な対応をしてもらい、感謝しています。

以 上 

1) 1971-1972NHKにて放映。脚本早坂暁ほか
2) 児玉安司「死因の説明過誤事件」
   信国幸彦編「医事法判例百選第2版」(有斐閣、2014年)76頁
3) 西内岳・許功・棚瀬慎治編「改定版 Q&A 病院・医院・歯科医院の法律事務」
   (新日本法規出版株式会社、平成28年)347頁
4) 厚生労働省「医療事故調査制度に関するQ&A
5) 日本医療安全調査機構「医療事故調査制度関係資料~病理解剖説明資料
6) 厚生労働省「死因究明推進計画
7) 松山健「死因究明等推進計画、閣議決定される」
   (医療事故情報センターニュース400号
8) 福島至「死因究明制度の概要とその問題点」
   (2021年東京弁護士会夏期合同研究会分科会資料)