診療情報等提供に関する厚労省指針へのパブリックコメント

【要 約】
厚生労働省の「診療情報の提供等に関するガイドライン(案)」に対し、患者の権利の尊重を基本とした法律が制定されるまでの暫定的なものと位置づけるよう求めた。


2003年(平成15年)7月17日 御中

代表 弁護士 鈴 木 利 廣
(連絡先)
〒124-0025 東京都葛飾区西小岩1-7-9
西小岩ハイツ506
電話 03-5698-8544
FAX 03-5698-7512

意   見   書
- 診療情報の提供等に関するガイドライン(案)に関連して -

 当弁護団は、東京を中心とする、約200名余の患者側弁護士グループとして、医療機関の患者に対する診療情報提供の具体的な取扱い事例や紛争事案に直面する立場にある。
 かような立場から、今回の「診療情報の提供等に関するガイドライン(案)」(以下「ガイドライン(案)」という)に関連し、再度、以下の意見を述べる。

 ガイドライン(案)による診療記録等開示は、患者の権利の尊重を基本とした立法までの暫定的なものとして位置づけられるべきである。

1、新たな立法の必要性

(1)「診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会」(以下「検討会」という)の診療情報開示法制化「両論併記」は不当

 このたび検討会報告書が診療情報開示の法制化について「両論併記」にとどまったことは、1998年(平成10年)6月「カルテ等の診療情報の活用に関する検討会」報告書による法制化提言や、1999年(平成11年)7月医療審議会中間報告「医療提供体制の改革について」における3年後法制化検討の指摘から、前進をみないものである。
 両論併記への批判は、既に社会的にも多数指摘されているとおりであり(朝日新聞2003年5月15日社説その他各新聞報道)、医療機関側からの疑問の声も少なくない(例えば日経メディカル2003年7月号p16「カルテ開示の法制化-賛成多数も日医の強硬な反対で見送り-」は、法制化を両論併記しガイドライン(案)で提示するにとどまったことについて「開示に対する法的拘束力は無く、実効性には疑問が残る」と指摘)。
 これら社会的批判においては、同時に、今回の両論併記に対する日本医師会や歯科医師会の態度が大きく影響したことも、一様に指摘されている(前掲各稿)。
 当弁護団も、既に検討会報告書に先立つ本年4月25日、検討会及び厚生労働省医政局に対し、①診療記録等開示の個別立法化、②診療記録等充実のための諸策、の2点に関する詳しい提言を行ったものであり(以下「4月25日付意見書」という)、診療情報開示が個別立法化ではなく単なる「指針」にとどまったことの問題性は、あらためて指摘するまでもない。
 したがって、ガイドライン(案)はあくまでも患者の権利の尊重を基本とした立法までの暫定的なものとして位置づけられるべきであり、かような位置づけにおいて、その内容を評価できる点は評価されるべきと考える。

(2) 個人情報保護法等による診療情報開示は不適切

 既に4月25日付意見書で指摘したように、診療情報開示は「個人情報の保護に関する法律」等(以下「個人情報保護法等」という)により規制され、ガイドライン(案)によって補完されるべきものではない。
 患者の権利の尊重を基本とした立法によるべきである。

 ① 個人情報保護法等の法整備の趣旨
 既に4月25日付意見書で指摘したとおり、そもそも個人情報保護法等の立法趣旨は、高度通信社会の進展に伴う民間・行政の保有個人情報保護に対する法的空白状態の整備に主眼があるもので、検討会報告書やガイドライン目的にも唱われた、患者と医療従事者間の医療情報の共有による信頼関係の構築や医療の質向上、医療機関の説明責任といった診療情報開示の目的や意義とは、本来的に異なる。

 ② 小規模医療機関におけるカルテ開示
 今回の個人情報保護法では「その取り扱う個人情報の量及び利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ない」個人事業者は規制の対象外とされ、おって政令により概ね5000件(5000人)以上の個人情報を取り扱う業者のみが対象とされる見込みである。つまり、規模や開設時期により5000件(5000人)を下回る患者のカルテを保有する病院・診療所に対し、同法の規制は生じない。
  しかしながら、当弁護団が直面するところの、日々生起する具体的な診療情報開示現場における患者側代理人としての実務感覚からすると、むしろ医療現場の診療情報開示の実情は、小規模医療機関において消極的・萎縮的な対応をする傾向がある。
  かような小規模医療機関における診療所情報開示の消極傾向に鑑みると、一定規模の個人事業者のみを対象とする個人情報保護法等による規制は、実効性を欠くものである。

 ③ 遺族への開示が法の対象外である
  個人情報保護法等では、基本的に患者の遺族による診療情報開示を保護していない。
  当弁護団の所属各弁護士が日々相談を受ける事案は、患者本人が死亡しており遺族が診療情報入手を希望するケースが極めて多い。
  そして、医療機関が、医療事故・紛争時の遺族からの診療情報開示請求に対して、消極的・萎縮的な対応をする事例を、現実に多数の具体例により指摘できる。このような対応は、検討会委員所属の医療機関も例外ではないことも指摘できる。
  4月25日付意見書でも指摘し、また後記2、(1)で指摘するところの、医療事故・紛争時の患者側への診療記録開示の重要な意義と紛争の適正な解決への意味合いは、患者側が遺族である場合に、さらに重要性を帯びるものである。
  かような、遺族への診療記録開示が基本的に対象とされない個人情報保護法等による規制は、失当である。

2、ガイドライン(案)の内容

 ガイドライン(案)は、前記のとおり新たな立法までの暫定的なものとして位置づけられるものではあるが、その内容は、基本的に評価できる。
 ただし、下記の点においていまだ不十分であり、これらに鑑みても、やはり抜本的な医療における患者の権利を主体においた個別基本策定による診療情報開示の法制化が必要であると考える。

 (1) 患者側が訴訟等を前提として開示申立をする場合も開示に応じなければならないことの明記が必要である

  既に4月25日付意見書でも指摘したとおり、とりわけ医療事故・紛争時の患者側への診療記録開示は、診療経過の客観的検証や事故再発防止のみならず、被害回復の本質的要素として重要な意義を有する。
  医療機関・医療従事者は、患者側との診療情報の共有化がむしろ医療事故・紛争の解決の適正化に資することを、依然として正しく認識していないと思われ、4月25日付意見書でも指摘したように、日本医師会の現「診療情報の提供に関する指針」が「裁判問題を前提とする場合はこの指針の範囲外である」としている姿勢に象徴されるごとく、とりわけ日本医師会傘下の医療機関・医療従事者が医療事故発生時における診療記録開示にきわめて消極的・萎縮的である具体例は例示にいとまがない。当弁護団は、現実に多数の具体例を指摘できる。
  このような、医療事故・紛争時における診療情報開示の消極姿勢は、徒に医療機関と患者との信頼関係を損ね、当該事例における紛争化を加速しているのが現状である。なぜなら、当該事案が「裁判問題」になるかどうか、すなわち「医療過誤訴訟を提起すべき事案かどうか」については、当該事案の診療記録を精査検討しない限りは判断できない。むしろ診療記録を患者側が入念に検討できない事案では、やむなく訴訟提起をして裁判所から診療記録を取り寄せるしかすべがないのである。
  結局のところ、診療記録開示が法律で保障され、医療機関の恣意的な判断に委ねられることなく患者側自身が診療過程を検証できるシステムをつくらない限り、医療事故紛争は減少も解決もしないことを強く指摘する。
  上記のような医療事故・紛争時における開示の萎縮傾向を改善し、ガイドライン(案)が唱う「原則開示義務」を実効性あらしめるために、ガイドライン(案)「7(3)」において、開示に際する申立理由記載の要求が不適切であると明記した点は評価し得る。ただし、たとえ患者側が訴訟等を前提とした場合でも開示に応じなければならず、ガイドライン(案)の適用があることを、より明確に示すべきである。

 (2) 不開示事由の悪用禁止を明記すべきである

  検討会においても、開示制限事由中、「8(2)診療情報の提供が患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるとき」の記載については意見が分かれ、第9回検討会の席上では、座長からも本事由の悪用による不開示に対する制裁を明記することの必要性が指摘された。
  患者側代理人としての実務感覚に照らし、この不開示事由悪用に対する制裁が設けられなければ開示制限を限定した趣旨が没却され、やはり指針では実効性が不十分であると考える。 
  ガイドライン(案)「8(2)」における「*個々の事例への適用については個別具体的に慎重に判断することが必要である。」との文言は、かような悪用禁止の趣旨であると思われるが、より明確な記載が必要である。

(3) 患者等の任意代理人が請求権者であることを明記すべきである

  本ガイドライン「7(2)」及び「9」では、患者もしくは遺族から委託を受けた任意代理人が請求権者に含まれることが明記されていないが、利用しやすい開示制度であるためにも、この明記は必要である。

 以上

公務員専門家の司法関与に関する意見書

【要 約】
公務員専門家が積極的に司法関与できるよう、行政当局による職務 専念義務の緩和、最高裁判所による司法関与容易の働きかけ、関与の報酬基準明確化、事前届出・事後報告制度の整備、等を内容とする、要綱の策定を求めた。


2003年(平成15年)6月20日

~ 医療過誤訴訟を中心に ~

(弁護団事務局連絡先)
東京都葛飾区西小岩1-7-9 西新小岩ハイツ506

意 見 の 趣 旨

1 公務員専門家が積極的に司法関与できるよう、ルール(要綱)を策定すべきです。
2 要綱では、①行政当局において、公務員専門家が司法関与できるよう職務専念義務を緩和し、また、②最高裁判所において、行政当局に、公務員専門家の司法関与を容易にするよう働きかけるとともに、司法関与に関する報酬基準を明確化すべきです。さらには、③事前届出・事後報告制度を定めることで、司法関与を促進すべきです。

意 見 の 理 由
(目次)
序 はじめに
第1 問題の所在
1 民事訴訟における公務員専門家の司法関与
2 司法関与と公務員の職務専念義務の関係
3 医療過誤訴訟における公務員専門家関与の意義
(1)医師の司法関与が不可欠であること
(2)協力医の存在が不可欠であること
(3)東京地方裁判所医療集中部の訴訟運営
(4)公務員たる医師の必要性
第2 司法関与と公務員法上の取扱いの現状
1 問題点① ― 勤務時間中の司法関与の可否
2 問題点② ― 報酬受領の可否
3 問題点③ ― 所属機関に対する届出の要否
4 法律解釈が不明確であることによる萎縮効果
(1)訴訟当事者の訴訟追行の困難性
(2)医療集中部の想定する審理実現の困難性
(3)鑑定人の確保の困難性
第3 当弁護団の意見
1 ルール(要綱)策定の必要性
2 公務員専門家の司法関与に関する要綱骨子
(1)積極的司法関与の必要性 - 職務専念義務の緩和
(2)報酬基準の明確化と取扱い
(3)事前届出・事後報告制度
【関連・参照条文等】

序 はじめに
医療問題弁護団は、東京を中心として活動する、患者側で医療事故相談・医事紛争を扱う弁護士グループです。現在、約200名の弁護士が当弁護団のメンバーとなっています。当弁護団は、昨年1年間だけでも約300件の医療法律相談を受けており、東京を中心とする地域の医療事故紛争・医療過誤訴訟への対応、医療被害の救済に深く関わっています。
医療過誤訴訟は、医学の専門的知見を必要とする訴訟であり、訴訟運営・追行には、医学の専門家たる医師の関与・協力が不可欠です。そして、国立大学附属病院、国立病院・療養所(以下「国立大学等」といいます。)には多くの医師が勤務しており、国立大学等の医師は、医学の研究・臨床において高い知識と見識を有し、医療界において指導的な役割を果たしています。したがって、医療過誤訴訟においても、鑑定人または専門家証人として、一定の役割を果たすことが期待されていると考えられます。
しかしながら、現状では、国立大学等の医師をはじめとする、公務員たる地位を有する専門家(特定の分野について専門的知見を有する者。以下「公務員専門家」といいます。)の司法関与について、必ずしも積極的ではありません。その背景には、現行法上明確な定めがないことが影響しているものと考えられます。
本意見書では、公務員専門家の司法関与について、専門的知見を必要とする民事訴訟、主に医療過誤訴訟を中心として、意見を述べるものです。

第1 問題の所在
1 民事訴訟における公務員専門家の司法関与
専門的な知見を必要とする民事訴訟において、専門家が司法に関与する場面としては、以下のとおりの制度があります。
① 鑑定人(民訴法213条)
鑑定は、裁判官の判断能力を補充するために、学識のある第三者にその専門的知見や意見を報告させる証拠調べのことです。鑑定に必要な学識経験を有するものは、鑑定義務を負い(民訴212条1項)、公法上の出頭義務、宣誓義務および鑑定意見報告義務が認められます(上田徹一郎「民事訴訟法」388頁)。
鑑定意見の報告は、書面(鑑定書)による場合と、口頭(鑑定人尋問)による場合があります(民訴法215条)。
② 証人・鑑定証人(民訴法217条)
証人は、過去に知った事実を法廷で報告することを命じられた第三者のことをいいます。専門の学識経験により知りえた過去の事実を供述する「鑑定証人」も証人に属します。わが国の裁判権に服する者はすべて、公法上の証人義務、すなわち出頭義務、宣誓義務および供述義務を負うものとされています(民訴法190条、上田徹一郎「民事訴訟法」383頁)。
③ 書証(意見書・私的鑑定書、民訴法231条)
書証は、文書に記載された特定人の意思や認識などの意見内容を証拠資料とする証拠調べです。
実務においては、専門家がその専門的知識や意見を記載した「意見書」「私的鑑定書」を作成し、これを訴訟当事者が書証として提出することも期待されています。
以上のうち、鑑定人および証人(鑑定証人を含む)には、公法上の義務として鑑定義務、証人義務がありますが、公務員であっても、これらの義務を免れないことは、いうまでもありません。ただし、例外として、公務員等が職務上の秘密について尋問される場合には、監督官庁等の所定機関の承認を必要とされています(民訴384条、国家公務員法100条2項および3項)。

2 司法関与と公務員の職務専念義務の関係
国家公務員法には、国家公務員が司法関与する場合の規定として、前記国家公務員法100条(秘密を守る義務)が定められているだけです。
国家公務員は、その勤務時間中、職務専念義務があり(国家公務員法101条)、同条では「法律又は命令の定める場合」には職務専念義務が免除されるものとされています。しかし、国家公務員が司法関与する場合、職務専念義務が免除されるか否かについて定めた明文の規定は、存在しません。
したがって、公務員専門家が司法に関与する場合、鑑定義務および証人義務と公務員の職務専念義務とがどのような関係にあるのか、法律上必ずしも明らかではありません。

3 医療過誤訴訟における公務員専門家関与の意義
(1)医師の司法関与が不可欠であること
医療過誤訴訟は、医学の専門的知見を前提に、医師・医療機関の法的責任について判断します。したがって、医療過誤訴訟の審理には、医学の専門的知見が不可欠であり、専門的知見を確保するためには、医学の専門家である医師の何らかの関与が必要とされることはいうまでもありません。
医療過誤訴訟は、近時増加する傾向にあり、合理的な期間で適正な解決を図ることが、訴訟当事者からだけでなく、社会的にも求められています。平成11年7月に内閣に設置された司法制度改革審議会における平成12年11月20日の中間報告および平成13年6月12日の最終意見書においても、医療過誤訴訟等の専門的知見を要する事件への対応強化が掲げられています。合理的な期間内に充実した医療過誤訴訟の審理を行なうことは、医師の助言や協力を得なければ、実現できません。今後、医療過誤訴訟における医師の必要性は、益々高まっていくものと思われます。
平成13年4月、東京および大阪に医療集中部が発足したことを契機に、名古屋、千葉、福岡の各地方裁判所に集中部が設置されました。また、その他の各地方裁判所においても、医療過誤訴訟の審理・運営について、医事訴訟連絡協議会や医療機関向けのガイダンス等が進められています(平成15年1月末日現在、ガイダンスは21地裁、連絡協議会は22地裁において、開催済みまたは開始予定です。)。連絡協議会やガイダンスにおいて、鑑定人の確保は、大きなテーマの1つとなっています。

(2)協力医の存在が不可欠であること
医学の専門家たる医師を必要としているのは、裁判所だけではありません。医療過誤訴訟を追行するためには、訴訟代理人となる弁護士も、医師の助言・協力を得ることが不可欠です。
現行の民事訴訟法下においては、当事者主義が採られており、訴訟の審理過程では、資料の収集に関して当事者が支配権を持っています。つまり、「事案解明責任は当事者にあり、争点の確定、証拠の提出も当事者の責務」です。そして、「専門訴訟における訴訟運営上の改善に当たっては、まず第一に、訴訟代理人となる弁護士の役割の重要性が強調されなければならず、訴訟代理人たる弁護士が、率先して専門的知識を身につけ、それを基に効率的な争点整理と証拠調べを行うことが重要である。このような当事者主義の尊重及び徹底によって、弁護士が迅速かつ適正な裁判の実現に主体的に貢献すべきであると考える」とされています(司法研修所編「専門的な知見を必要とする民事訴訟の運営」51~52頁)。
当然のことですが、弁護士は、医学教育を受けている訳ではなく、医学の専門的知識を有していません。迅速かつ適正な裁判の実現に向けて、弁護士が訴訟追行に必要となる医学知識を身につけるためには、医師の助言・協力が必要です。このように当事者に助言・協力する医師は「協力医」と呼ばれています。

*協力医の助言・協力の形態
具体的には、協力医は、診療記録を検討し、当該医療行為の医学的な問題点について、専門家としての意見を述べます。また、裁判所に書証として提出する意見書・私的鑑定書を作成したり、証人として裁判に出頭し、法廷において医学の専門的知見を証言します。
なお、医師の助言・協力を得たときには、医師に、謝礼(いわゆる車代ではなく、意見書・私的鑑定書作成料といった報酬の性質を持つ金員)を支払うことが一般的です。診療記録の検討のために一定の時間・労力を割いてもらい、高度な専門的知見の提供を受ける以上、その対価として謝礼を支払うのは当然のことであると思料します。

(3)東京地方裁判所医療集中部の訴訟運営
東京地方裁判所医療集中部の裁判官は、「当事者が的確に、かつ早期に自らの主張を準備するためには、やはり専門家の援助を受けることが不可欠と考えます」(判タ1053号「医療訴訟の運営をめぐる懇談会」11頁中段・前田順司判事の発言)と述べ、訴訟代理人である弁護士が協力医に相談することを、当然の前提としています。
また、東京三会の医療問題研修会では、「相談医の私的鑑定書・意見書」の提出や「私的鑑定書や意見書を書いた医師」の尋問を前提とした訴訟運営について言及されています(2001年11月3日東京三会法律相談センター主催医療問題研修会における福田剛久判事講演)。
さらに、「従前の医療訴訟が鑑定人に全面的に依存していた現状を改め、鑑定の必要性を吟味し、たとえば、当事者双方から医師の意見書が提出され、原告側、被告側それぞれの意見を証言する医師の各証人の尋問がなされた場合など、鑑定を必要としないと判断される場合は鑑定をしないことがある」との裁判官の発言もあります(東京弁護士会LIBLA2002年11月号4頁、東京地方裁判所民事14部山名学判事(当時)発言)。
現に、当弁護団が扱っている医療過誤訴訟のうち、医療集中部に係属している事件については、通常の医学文献が一般論を扱っているのに対し、患者側から提出される私的鑑定書は、その事件特有の意見が書かれているものであるため、重要視されているものと見受けられます。私的鑑定書によって患者側当事者の主張を裏付けることができることはもとより、仮に、私的鑑定書に対し医師側当事者から反論が出た場合でも、争点が明確になるという点で大きな意味を持つと考えられます。
さらに、私的鑑定書の作成者である医師と被告担当医の双方を証人尋問するケースもあります。この場合、東京地方裁判所医療集中部においては、各医師に通常の形式による尋問(主尋問・反対尋問・補充尋問)を行なうだけでなく、対質尋問(複数の人証を法廷に同席させて行なう尋問)によって、両医師双方を同時に裁判官が質問することで、争点についての見解の相違が明らかになるという手法がとられるケースも珍しくありません。この手法は、専門家同士が同時に尋問に立ち会うことによって初めて実現するものであり、協力医の存在が不可欠となります。

(4)公務員たる医師の必要性
以上のとおり、医療過誤訴訟では、医学の専門家たる医師が司法関与することが重要です。もっとも、医師であれば誰でもよいという訳ではありません。医師・医療機関の法的責任について適正な審理をするためには、十分な臨床経験に基づく相当の知識と見識を有する医師から、専門的知識・意見の提供を受ける必要があります。
その意味では、医学について研究と臨床を兼ね、医療界で指導的役割をも果たしている国立大学等に所属する医師から、専門的知識の提供を受け、専門的意見を聞くことは、裁判所にとっても当事者にとっても、最も有効かつ確実な資料収集方法の1つであると考えられます。

第2 司法関与と公務員法上の取扱いの現状
国立大学等の医師は、国家公務員です。国家公務員の服務に関する規制に違反するような方法で、司法関与することは許されません。
しかし、第1、2に前述したとおり、国家公務員が司法関与する場合のルール、とりわけ、公務員専門家が、その専門的知識および意見を提供するために司法に関与する場合(訴訟当事者に助言・協力する場合を含む。)のルールは、明確になっていません。
特に問題になるのは、①勤務時間中の司法関与の可否、②司法関与の対価(報酬)受領の可否、③監督官庁等の所属機関への届出の要否です。

1 問題点① ― 勤務時間中の司法関与の可否
公務員専門家が、勤務時間中に司法関与することは、国家公務員の職務専念義務(国家公務員法101条)に抵触するのか。
第1、2に前述したとおり、国家公務員には、その勤務時間中は職務専念義務があり(国家公務員法101条)、同条では「法律又は命令の定める場合」には職務専念義務が免除されるものとされています。しかし、国家公務員が司法関与する場合に、職務専念義務が免除されるか否かについて定めた明文の規定は、存在しません。
民事訴訟の開廷時間は、原則として、平日の午前10時から午後5時までの時間帯です。したがって、国立大学等の医師が鑑定人または証人として裁判所に出頭する場合、勤務時間中になることは明らかです。この場合、国立大学等の医師は、必ず特別休暇(一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律19条、人事院規則15-14第22条2号)を取得する必要があるのでしょうか。
また、国立大学等の医師が鑑定書や意見書・私的鑑定書の作成を依頼された場合、勤務時間中に医学文献を調査したり、書面を作成したりすることは、職務専念義務に抵触するのでしょうか。当該医師が研究職にあり、医療事故や医療訴訟について研究している場合や、鑑定書等の作成を通じて医療訴訟に関与することが研究・医学教育や臨床に役立つ場合であっても、職務専念義務に抵触することになるのでしょうか。
民事訴訟法上は、公法上の義務として鑑定義務、証人義務が定められていますが、これらの義務と国家公務員の職務専念義務とはどのような関係にあるのか、明文の定めがなく、不明といわざるを得ません。
なお、鑑定書作成行為については、平成14年12月27日付厚生労働省通知「裁判所の鑑定人について」(以下「厚労省通知」といいます。)によれば、鑑定依頼を受ける場合には、勤務時間外に行うべきであることが明確化されています。厚労省通知においても、職務専念義務との関係は明らかではありませんが、これに従う限り、裁判所選任の鑑定人であっても、勤務時間中に医学文献を調査したり、書面を作成したりすることはできないことになります。裁判所選任の鑑定人ですら、勤務時間中に鑑定書作成行為が行えないとなれば、意見書・私的鑑定書について、勤務時間中に作成することは、当然、さらに否定的になるものと考えられます。
以上からすると、公務員専門家の勤務時間中の司法関与は、ほとんど認められないことになります。

2 問題点② ― 報酬受領の可否
公務員専門家が司法関与し、その対価(報酬)を受けることは、兼業の禁止(国家公務員法104条)に抵触するのか。
国家公務員法104条は、「職員が報酬を得て(中略)その他いかなる事業に従事し、若しくは事務を行うにも(中略)その職員の所属庁の長の許可を要する」と定めています。本条の「事業に従事し、若しくは事務を行う」とは、「職員が職務以外の事業又は事務に継続的又は定期的に従事する場合をいうもの」とされています。また「報酬」とは、「労務、仕事の完成、事務処理の対価として支払われる金銭その他の有価物をいい、対価でない謝礼や実費弁償は含まれない」とされています(注解法律学全集5「国家公務員法・地方公務員法」272頁・青林書院・1997年)。
訴訟当事者が協力医に対して支払う謝礼は、意見書・私的鑑定書の作成を依頼して、証人として法廷に出頭してもらった場合、30万円から50万円程度であることが多いようです。ちなみに、裁判所鑑定の費用は、通常50万円程度ですが、医師によっては100万円程度の費用を請求する例もあるといいます。
この程度の金額になると、労務、仕事の完成、事務処理の対価として支払われる金銭と評価できるので、「報酬」に該当するといえるでしょう。しかし、医師が鑑定したり、訴訟当事者に対し助言・協力することは、通常、継続的又は定期的ではなく単発的であることから、「事業に従事し、若しくは事務を行う」ことには該当しないと考えられます。したがって、国立大学等の医師に謝礼を支払うことは、国家公務員法104条に抵触しないと考えられます。
しかし、公務員関係判例研究会(代表世話人秋山昭八)編「新公務員労働の理論と実務Ⅲ―官庁綱紀を巡る諸問題―」(三協法規出版・1998年)には、以下のような記述があります。
C その点は、104条の許可についても同様で、一応、「職員の兼業の許可に関する総理府令」(347頁)がありますが、やはり抽象的ですね。
K 話を戻すようですが、公務員の講演料ないし謝金については、報酬ではあるけれども、継続性とか反復性がないので、事業又は事務に該当しないとするのか、それとも、労務との対価性がないので、報酬自体に当たらないと考えたらよいのか、両方なのか、いかがでしょうか。
F 事例9にいう講演料とか謝金については、その金額が多いと、むしろ報酬と認定されるのかなという気がするのですね。ですから、2時間も3時間もしゃべって、その謝金が1万円とか2万円とかいう程度の金額であれば、やはりこれはお礼という意味のお金で、対価性がないだろうと思うのです。ただ、それならどれくらいの金額になったら報酬になるのだと聞かれると、答えに困るのですけれども。(247頁)

B いずれにしても、講演料や謝金については、一部の例を除いて、一般職の公務員の場合に問題になることは少なく、やはり大学の教授や国立病院の医師あたりが一番問題で、どちらが本業か分からず、副業の収入のほうが多いという人もいるくらいですからね。大学の先生で、大学にいるよりテレビに出ている時間のほうが長いとなると、問題でしょう。(248頁)
上記記述によると、継続性・反復性がないことから「事業又は事務」に該当しないときでも、謝礼が「報酬」に該当するときには、国家公務員の行為として問題があると評価される場合もあるとも考えられ、国家公務員法104条の解釈は、必ずしも明確ではありません。
また、医師の訴訟当事者に対する助言・協力は、通常、単発的ですが、複数の弁護士からそれぞれ医療過誤訴訟に対する助言・協力を求められ、複数回に亘り意見書・私的鑑定書を作成する等の協力を行なう場合もあると考えられます。この場合、何回程度協力すると、継続性・反復性があると評価され、「事業又は事務」に該当すると判断されるのか、その基準も曖昧です。
このように、国家公務員法104条の解釈が必ずしも明確になっていないため、国立大学等の医師が謝礼を受領することに、現行法上全く問題がないとは言い切れません。

3 問題点③ ― 所属機関に対する届出の要否
公務員専門家が司法関与した対価(費用、手数料、報酬)を受けたときに、国家公務員倫理法・国家公務員規程による届け出が必要か。
国家公務員倫理法(以下「倫理法」という。)6条1項は、「本省課長補佐級以上の職員は、事業者等から、金銭、物品その他の財産上の利益の供与若しくは供応接待(以下「贈与等」という。)を受けたとき(中略)は、(中略)次に掲げる事項を記載した贈与等報告書を、(中略)各省各庁の長等(中略)に提出しなければならない。」と定めています。
弁護士は、「事業を行う個人」ですから「事業者等」に該当し(倫理法2条5項)、国立大学等の医師が弁護士から謝礼金を受領したときには、(当該医師の地位如何によっては)上記倫理法の規制を受けるものと思われます。
国家公務員倫理規程(以下「倫理規程」という。)8条1項は、「法第6条第1項での国家公務員倫理規程で定める報酬は、次の各号のいずれかに該当する報酬とする。」として、2号に「利害関係者に該当しない事業者等から支払を受けた講演等の報酬のうち、職員の現在又は過去の職務に関係する事項に関する講演等であって職員が行うものであることを明らかにして行うものの報酬」と定めています。同号の「講演等」とは、倫理規程6条1項において、「講演、討論、講習若しくは研修における指導若しくは知識の教授、著述(以下略)」と定義されています。
また、国家公務員倫理審査会のホームページにある倫理規程事例集(平成14年改訂版)問182では、「裁判の際に、医学上の鑑定書や法制上の意見書の作成を依頼され、それに対し報酬を受領した場合」は、「講演等に該当しないので、報告の必要はない」とされています。
しかし、国立大学等の医師が、意見書・私的鑑定書を作成したり、訴訟当事者に対し口頭で専門的意見を述べたりすることが「講演等」に該当するのか、倫理規程事例集問182にいう「医学上の鑑定書」「法制上の意見書」に訴訟当事者から依頼された意見書・私的鑑定書も含まれるのかについては、法文にも倫理規程事例集にも定めがありません。
もっとも、意見書・私的鑑定書の作成等は、「研修における指導若しくは知識の教授」「著述」(倫理規程6条1項)に準ずるとも思われ、このように解釈すれば、対価として謝礼の支払いを受けたときには、贈与等報告書の提出義務があることになります。
しかし、倫理規程6条1項の趣旨は、「人的役務の提供に藉口し、社会通念を超えるような報酬を支払われる等のおそれ」を防ぐことにあります(国家公務員倫理審査会事務局編「国家公務員倫理規程解説と質疑応答集」54頁)。弁護士に助言・協力して謝礼の支払いを受ける場合、社会通念を超えるような報酬を支払われる等のおそれがあるとは考えられず、倫理規程事例集の問182「裁判の際に、医学上の鑑定書や法制上の意見書の作成」に準じて扱い、「講演等」には該当せず贈与等報告の必要はないとも考えられます。
このように倫理法・倫理規程の解釈が曖昧であるため、公務員専門家が訴訟当事者から謝礼金の支払いを受けたときに、贈与等報告書の提出義務があるかどうかも不明確です。
この点、前記厚労省通知においては、裁判所依頼の鑑定人の場合、国家公務員倫理法に基づく報告は必要ないことが明確化されています。そして、上記のように、弁護士に助言・協力して謝礼の支払いを受ける場合であっても、社会通念を超えるような報酬を支払われるおそれがあるとは考えがたいこと、意見書・私的鑑定も司法関与の一環であることからすれば、裁判所依頼の鑑定人のみならず、弁護士が依頼して意見書・私的鑑定書の作成を行う場合であっても、特に区別する理由はなく、同様に扱うべきであり、更なる明確化が望まれます。

4 法律解釈が不明確であることによる萎縮効果
以上のとおり、公務員専門家が司法関与する場合(訴訟当事者に助言・協力をする場合を含む。)のルールについては、法律上きわめて曖昧です。
そのため、訴訟当事者に専門的知識・意見を提供して謝礼金を受領することは、国家公務員として「何となく後ろめたいこと」「何となくやましいこと」と受け止められかねません。これが心理的圧力として影響を与え、結果的に、訴訟当事者から医療事故紛争・医療過誤訴訟への助言・協力を求められたときに、国立大学等の医師は、助言・協力を躊躇し、拒否する傾向にあることは否定できません。
しかし、国立大学等の医師が医療過誤訴訟に助言・協力しないことには、以下の問題があると考えられます。

(1)訴訟当事者の訴訟追行の困難性
第1、3(2)で前述したとおり、 民事訴訟では当事者主義が採られており、訴訟の審理過程において、資料の収集に関しては当事者が支配権を持っています。国立大学等の医師の医療過誤訴訟に対する協力が消極的になれば、資料の収集は一層困難になり、その結果、訴訟当事者は、訴訟の追行が困難になることは明らかであり、このことは民事訴訟の当事者主義の根幹をも揺るがしかねません。

(2)医療集中部の想定する審理実現の困難性
第1、3(1)および(3)に前述したように、東京、大阪をはじめとする各地方裁判所においては医療集中部が設けられ、専門的分野である医療事件の適正な判断を確保しようと努力が重ねられています。医療集中部においては、患者側にも協力医が存在することを前提とした手続を積極的に採用しています。仮に、国立大学等の医師の協力が得られなければ、医療集中部の想定する医療訴訟審理改革の推進が困難となることは、明らかです。
これは、専門的知見を要する事件への対応を強化し、民事裁判の充実・迅速化を目指す司法改革の理念(平成13年6月12日「司法改革制度審議会意見書」17頁以下参照)にも反するものです。

(3)鑑定人の確保の困難性
当事者主義のもと、医療過誤訴訟において医師の存在が不可欠なことは、第1、3で述べたとおりです。裁判所選任の鑑定人が必要となる事案も、現に少なからず存在しています。
職務専念義務のために、国立大学等の医師が裁判所からの鑑定依頼を受諾し難い事態も、現に存します。また、前記厚労省通知に従って、公務員専門家が裁判所の鑑定人になった場合であっても、鑑定人としての活動が行なえる時間も限られています。このような背景の中で、民事訴訟において、医学界で指導的役割を果たしているはずの国立大学等の医師の専門的意見が得難い事態が進行しているのです。

第3 当弁護団の意見
1 ルール(要綱)策定の必要性
以上述べてきたように、ルールが不明確なために、公務員専門家の司法関与が得られ難くなっているのが現状です。したがって、行政当局や最高裁判所には、公務員専門家の司法関与についてのルール(要綱)を策定するための努力が求められています。

2 公務員専門家の司法関与に関する要綱骨子
上記要綱においては、少なくとも以下のことを定めるべきです。
(1)積極的司法関与の必要性 - 職務専念義務の緩和
公務員専門家が司法関与する際には、職務専念義務を例外的に免除し、勤務時間中であっても、鑑定人・証人として裁判所に出頭し、鑑定書・意見書・私的鑑定書の作成できることを明確にすべきです。
たとえば、研究公務員の学会・研究会参加については、研究交流促進法5条において、勤務時間中であっても一定の要件のもとに科学技術に関する研究集会への参加を認め、職務専念義務を免除しています。公務員専門家の司法関与についても、このような規定を明文で設けるべきです。
「全体の奉仕者」(憲法15条)たる国家公務員が率先して司法に積極的に関与・協力できる枠組みを作ることが肝要です。

(2)報酬基準の明確化と取扱い
国家公務員法104条の解釈が明確でないため、特に、私的鑑定の場合、国立大学等の医師が謝礼を受領することに全く問題がないとは言い切れない状況にあります。したがって、公務員専門家が司法関与した対価を受領することが適法であることを明確にする必要があります。
現状では、裁判所の鑑定費用(鑑定人の報酬)の基準も存在せず、訴訟当事者は、鑑定人の申出に基づく、裁判所の指示のままに支払っています。公務員専門家に対する報酬金額の透明化を図るためにも、報酬基準を定めるべきです。

(3)事前届出・事後報告制度
裁判所選任の鑑定人であっても、訴訟当事者が依頼する私的鑑定人であっても、司法に積極的に関与するという意味では同様ですから、裁判所の鑑定と同じく、贈与等報告書の対象にならないことを明らかにすべきです。
もっとも、勤務時間中に公務員専門家が司法関与することを認める以上、職務専念義務を免除することを明確にするため、所属機関に対する何らかの届出・報告制度は必要と考えられます。したがって、倫理法および倫理規程に定められた贈与等報告書の制度とは別途、司法関与に関する事前届出・事後報告制度を設けるべきです。
届出・報告により、公務員専門家の司法関与が透明性を持ち、公務員専門家がより積極的に司法関与できる環境が整うものと考えます。
以上

【関連・参照条文等】

国家公務員法
(秘密を守る義務)
第100条 職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。
2  法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表するには、所轄庁の長(退職者については、その退職した官職又はこれに相当する官職の所轄庁の庁)の許可を要する。
3  前項の許可は、法律又は政令の定める条件および手続きに係る場合を除いては、これを拒むことができない。
4 (略)

(職務に専念する義務)
第101条 職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、その勤務時間および職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、官職を兼ねてはならない。職員は、官職を兼ねる場合においても、それに対した給与を受けてはならない。
2 前項の規定は、地震、火災、水害その他重大な災害に際し、当該官庁が職員を本職以外の業務に従事させることを妨げない。

(他の事業又は事務の関与制限)
第104条 職員が報酬を得て、営利企業以外の事業の団体の役員、顧問若くは評議員の職を兼ね、その他いかなる事業に従事し、若くは事務を行うにも、内閣総理大臣およびその職員の所轄庁の長の許可を要する。

国家公務員倫理法
(贈与等の報告)
第6条 本省課長補佐級以上の職員は、事業者等から、金銭、物品その他の財産上の利益の供与若しくは供応接待(以下「贈与等」という。)を受けたとき又は事業者等と職員の職務との関係に基づいて提供する人的役務に対する報酬として国家公務員倫理規程で定める報酬の支払を受けたとき(当該贈与等を受けた時又は当該報酬の支払を受けた時において本省課長補佐級以上の職員であった場合に限り、かつ、当該贈与等により受けた利益又は当該支払を受けた報酬の価額が一件につき五千円を超える場合に限る。)は、一月から三月まで、四月から六月まで、七月から九月までおよび十月から十二月までの各区分による期間(以下「四半期」という。)ごとに、次に掲げる事項を記載した贈与等報告書を、当該四半期の翌四半期の初日から十四日以内に、各省各庁の長等(各省各庁の長および特定独立行政法人の長をいう。以下同じ。)又はその委任を受けた者に提出しなければならない。
①  当該贈与等により受けた利益又は当該支払を受けた報酬の価額
②  当該贈与等により利益を受け又は当該報酬の支払を受けた年月日およびその基因となった事実
③  当該贈与等をした事業者等又は当該報酬を支払った事業者等の名称および住所
④  前三号に掲げるもののほか国家公務員倫理規程で定める事項
2 各省各庁の長等又はその委任を受けた者は、前項の規定により贈与等報告書の提出を受けたときは、当該贈与等報告書(指定職以上の職員に係るものに限り、かつ、第九条第二項ただし書に規定する事項に係る部分を除く。)の写しを国家公務員倫理審査会に送付しなければならない。

国家公務員倫理規程
(講演等に関する規制)
第6条 職員は、利害関係者からの依頼に応じて報酬を受けて、講演、討論、講習若しくは研修における指導若しくは知識の教授、著述、監修、編さん又はラジオ放送若しくはテレビジョン放送の放送番組への出演(国家公務員法第百四条の許可を得てするものを除く。以下「講演等」という。)をしようとする場合は、あらかじめ倫理監督官の承認を得なければならない。
2  倫理監督官は、利害関係者から受ける前項の報酬に関し、職員の職務の種類又は内容に応じて、職員に参考となるべき基準を定めるものとする。

(贈与等の報告)
第8条 法第六条第一項の国家公務員倫理規程で定める報酬は、次の各号のいずれかに該当する報酬とする。
①  利害関係者に該当する事業者等から支払を受けた講演等の報酬
②  利害関係者に該当しない事業者等から支払を受けた講演等の報酬のうち、職員の現在又は過去の職務に関係する事項に関する講演等であって職員が行うものであることを明らかにして行うものの報酬
2  法第六条第一項第四号の国家公務員倫理規程で定める事項は、次に掲げる事項とする。
①  贈与等(法第六条第一項に規定する贈与等をいう。以下同じ。)の内容又は報酬(同項に規定する報酬をいう。以下同じ。)の内容
②  贈与等をし、又は報酬の支払をした事業者等と当該贈与等又は当該報酬の支払を受けた職員の職務との関係および当該事業者等と当該職員が属する行政機関等との関係
③  法第六条第一項第一号の価額として推計した額を記載している場合にあっては、その推計の根拠
④  供応接待を受けた場合にあっては、当該供応接待を受けた場所の名称および住所並びに当該供応接待の場に居合わせた者の人数および職業(多数の者が居合わせた立食パーティー等の場において受けた供応接待にあっては、当該供応接待の場に居合わせた者の概数)
⑤  法第二条第六項の規定の適用を受ける同項の役員、従業員、代理人その他の者(以下「役員等」という。)が贈与等をした場合にあっては、当該役員等の役職又は地位および氏名(当該役員等が複数であるときは、当該役員等を代表する者の役職又は地位および氏名)

倫理規程事例集(平成14年改訂版)
(鑑定書作成、論文審査等の報酬)
問182  次のような場合、報告の必要はあるのか。
・裁判の際に、医学上の鑑定書や法制上の意見書の作成を依頼され、それに対し報酬を受領した場合
・芸術作品や論文の審査、論文の査読(投稿された論文の内容が雑誌に掲載するにふさわしいか意見を述べること)を行って報酬を受領した場合
・試験問題の作成・監修を行って報酬を受領した場合
・雑誌社のインタビューを受けて報酬を受領した場合
答  いずれも講演等に該当しないので、報告の必要はない。

研究交流促進法
(研究集会への参加)
第5条 研究公務員が、科学技術に関する研究集会への参加を申し出たときは、任命権者は、その参加が、研究に関する国と国以外の者との間の交流および特定独立行政法人と特定独立行政法人以外の者との間の交流の促進に特に資するものであり、かつ、当該研究公務員の職務に密接な関連があると認められる場合には、当該研究公務員の所属する試験研究機関等の研究業務の運営に支障がない限り、その参加を承認することができる。

民訴法改正に関する意見書

【要 約】
医療過誤事件に専門委員を関与させるに際しては、その中立性に関する問題点等から慎重な運用がなされるべきである。また、鑑定人に対する尋問方法の変更について、当事者の尋問権が不当に制約されないよう運用上の配慮が必要である。


2003年5月2日

日本弁護士連合会
 会 長  本 林  徹  殿

医療問題弁護団
代 表  鈴 木 利 廣

「民事訴訟法等の一部を改正する法律案」について(要請)
―「専門委員制度」と「鑑定人に対する尋問方法の変更」―

 私たち医療問題弁護団は、患者側の立場で年間約300件の医療事故・医療被害に関する相談を受ける、東京を中心とする200名余の弁護士グループです。
 現在、国会で「民事訴訟法等の一部を改正する法律案」の審議が進められていますが、現場で医療過誤訴訟を担う立場から、以下の2点は、改正法成立後の運用が極めて重要な事項と考えています。従って、この2点について、国会審議が適切に行われるよう、貴連合会において、参考人意見陳述の内容や附帯決議に関する申し入れにおける特段の配慮を始め、必要な取り組みを可能な限り行われますよう、要請致します。

1 専門委員制度について
 医療過誤事件に対する専門委員制度の導入については、医療界の現状に鑑みて、果たして委員の中立・公平性が確保できるのか等の観点からの反対論が少なくなく、当弁護団も従前より導入に反対する意見を表明してきました。
 今般、医療過誤事件を含め、専門委員制度が導入されることになるわけですが、上記のような反対論が存在した経緯に鑑みるならば、医療過誤事件に専門委員を関与させる場合には、①専門委員の中立・公平性の確保、②専門委員が関与する際の手続の透明化の確保、③専門委員の関与についての当事者の意見の尊重の各観点から、特に慎重な運用がなされることが必要です。

2 鑑定人に対する尋問方法の変更について
 現在、医療過誤訴訟の現場では、鑑定人のなり手を確保するという配慮に傾く余り、裁判所が鑑定人の尋問を認めないという運用が広まりつつあり、訴訟活動に少なからぬ悪影響を及ぼしつつあります。
 このような現状の下では、鑑定人に対する尋問方法の変更について定めた改正法の規定が、鑑定人に対する尋問自体を制限する方向で運用されることにならないかが懸念されるところです。
 したがって、鑑定人に対する尋問方法の変更については、当事者の尋問権が不当に制約されることのないよう、運用上十分な配慮が行われることが必要と考えます。
                                 以   上

カルテ開示法制化などに関する意見書

【要 約】
個人情報保護法とは別に、患者の権利の尊重を基本としたカルテ開示に関する法律を定めるべきこと、カルテの正確性・充実性を確保する諸施策を講じることを求めた。


2003年4月24日
診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会 御 中
厚生労働省医政局  御 中

医療問題弁護団
代表 弁護士 鈴木 利廣
(連絡先)
〒124-0025 東京都葛飾区西小岩1-7-9
西小岩ハイツ506
電 話 03-5698-8544
FAX 03-5698-7512

意見書

当弁護団は、医療事故被害者の救済、医療事故の再発防止のための諸活動を行い、これらの活動を通じて患者の権利を確立し、安全で良質な医療を実現することを目的とする弁護士の団体である。
診療に関する情報提供の在り方について、以下のとおり、意見を述べる。

〔用語の定義〕
診療情報とは、
「診療の過程で、患者の身体状況、病状、治療等について、医療従事者が知りえた主観的・客観的情報のすべて」

診療記録等とは、
「診療録、手術記録、麻酔記録、各種検査記録、検査成績表、エックス線写真、助産録、看護記録、その他、診療情報に関して作成、記録された書面、画像等の一切(要約書、処方録及び処置録を含む)」

診療記録等の開示とは、
「患者やその遺族など特定の者に対して、診療記録等の閲覧、謄写の求めに応ずること」

意見の趣旨

1 診療記録等の開示を法制化すべきである。
法制化にあたっては、個人情報保護法とは別に、患者の権利の尊重を基本とした立法(既存の法律の改正を含む)によるべきである。

2 診療記録等が正確で充実した内容を伴ったものとなるよう諸策を講じるべきである。

意見の理由

1 診療記録等の開示の法制化

(1) 開示の必要性

ア 開示の意義

 診療記録等の開示は、しばしば、医療従事者と患者との信頼関係を構築するための、あるいは医療の質と安全性を高めるための、重要な方法論として論じられる。もとより、このような指摘それ自体の正当性については、既に大方の異論がない。
 しかし、診療記録等の開示の意義ないし重要性は、このような実際上の観点にのみとどまるものではない。
 すなわち、医療は、その本質において、患者が、専門家たる医療従事者から、診断に基づく必要な情報の提供を受け、医学的根拠に基づく治療の選択肢を適切な説明とともに提示されたうえで、これを主体的に選び取っていくことにより成立し、正当化され、適法化されるものである。それゆえ、このような営みを成立させる前提として、患者が診断ないしは治療方法選択に関連する事実や、医学的判断の根拠の詳細を知りたいと求める場合、それを保障するルールがなければならない。正にそれが診療記録等の開示の保障である。
 したがって、診療記録等の開示は、本来、医療の適法化要件と密接不可分な重要性を有するものである。
この点、貴検討会の論点整理において、開示の必要性は「信頼関係の構築」にあるとされているが、医の説明責任や患者の権利の視点を欠いている。

イ 特に医療事故発生時の開示の意義について

 また、診療記録等の開示は、医療事故発生時において一層重要である。
 医療事故が発生した場合、事故の被害者は、診療経過に関し、正確な事実関係に基づく詳細な説明を受け、事故の真相を把握することなくして、自らの、あるいは自己の最愛の肉親の受けた被害を、受け止め、受容し、これを克服していく途を見いだすことができない。
 このような意味で、事故発生時の診療記録等の開示は、事故被害者・家族にとって、被害回復のための本質的要素を構成するものである。

(2) 開示の現状

 ところで、このような重要性を有する診療記録等の開示であるにもか かわらず、現状は、全面開示には程遠いものといわざるを得ない。
 医療審議会の「医療提供体制の改革について(中間報告)」(1999年7月1日)が発表されて以来、主として医療従事者側の努力により、「国立大学附属病院における診療情報の提供に関する指針」、日本医師会「診療情報提供指針」等、各種のガイドラインの作成等の取り組みがなされてきた。
 しかし、例えば前記日本医師会指針(2002年10月22日改訂)においても、「裁判問題を前提とする場合はこの指針の範囲外」とされているなど、ガイドラインの内容そのものが全面開示とは言い難い状況が残存している。「裁判問題」とは医療事故事例を念頭においたものと思料されるが、前述のとおり、事故被害者にとっては、被害回復のためにもとりわけ開示の重要性は高いものと考えられ、このようなガイドラインは殊更に被害者に背を向けようとするものであるといわざるを得ない。
 医療現場の現実に目を転ずれば、状況は一層深刻である。
社団法人日本看護協会「診療情報の提供の在り方に関する意見」(2003年2月6日)によれば、診療情報の開示状況について、「患者の請求に基づく診療記録の開示」に関する規定(指針・手順)がある病院は、2000年の36.4%から2002年には49.2%に増えたが「まだ半数に満たない」とされている。
   開示ルールをもつ医療機関においても、ルール自体に不開示事由が多いうえ、その解釈が医療機関側の恣意的な裁量に委ねられている。そのため、例えば日本赤十字社では、診療記録等に基づいて診療内容の説明をするとしながら、診療記録等のコピーについては拒絶する対応をとっている。また、開示ルールが定められている大学病院の附属病院において、「カルテ開示は権利ではないから。」との理由で開示を拒絶された事例も、つい最近発生している。
 他方、日本医師会所属の開業医において、ガイドラインに従わない不開示事例も枚挙に暇がない。
 このような現状は、ガイドライン制定による開示への誘導という対応手法そのものの限界を示している。

(3) 法制化の必要性

 以上のような現状に照らす限り、診療記録等の開示は、法制化によって推進することがどうしても必要である。
 法制化すなわち法律による義務付けは、開示に背を向け続ける一部医療機関に対する唯一の対応策である。このような医療機関が現に存在する以上、法制化が必要であることは明らかである。
 他方、良心的な医療機関によるこの間の積極的な取り組みについては評価するが、そのような良心的医療機関が法制化により不利益を蒙ることは全くないことにも留意されるべきである。
 当弁護団は、診療記録等の開示請求権については、準委任契約に基づく報告義務(民法645条)により基礎づけられる権利であり、現行民法の解釈論としても権利性が認められると解するものであるが、これを争う医療現場が現に存する限り、端的な立法による解決が必要であると考える。(なお、診療録開示請求権が否定された裁判例としてしばしば東京高裁昭和61年8月28日判決(判例時報1208号85頁)が引用されるが、同判決は、いわゆる本人訴訟であることもあってか問題点が掘り下げられていないと評価されている事案であるうえ(前掲判例時報解説)、判決文中においても、医療事故の発生が前提とされた場合等においては異なる立論が可能である旨の留保が付されているのであって、判例が診療録開示の法的権利性を一律に否定しているとみることは適切ではない。)

(4) 「個人情報保護法」に基づく開示の問題点

 ところで、診療記録等の開示については、いわゆる個人情報保護法の法制化により、患者が要請すれば診療情報を入手できる法的環境は整うのであるから、それとは別異の立法は重ねて必要がない、とする議論も散見される。
 しかし、このような見解は失当である。
 本来、個人情報保護法は、高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大している現状に鑑み、個人情報の有用性に配慮しつつ、プライバシー権ないしは情報に関する自己決定権の観点から、個人情報の保護を図る趣旨に出た立法である。
 もとより、診療記録等にも個人情報保護法による法規整が妥当する側面があり、その限りにおいて同法が適用されるのは当然である。
 しかし、診療記録等の意義はそれにとどまるものではなく、前述のとおり、診断・治療の根拠を患者と医療機関が共有しあい意思決定を成立させるための本質的要素という一面がある。したがって、開示の要請は、必然的に診療記録等そのものの在り方を問う側面を孕むものでもあるが(後述)、それは、単に診療記録等に記載された個人情報を保護するという個人情報保護法の趣旨を明らかに超えるものである。
 また、個人情報保護法の内容自体、実施のための細目的な事項も含めて不確定的であり、たとえば権利主体、行使できる権利の内容、権利行使手続その他の事項について、診療記録等の開示に真に適した法制であるかどうかの判断も、現時点では不可能である。
 この意味においても、診療記録等の開示を個人情報保護法の規整に全面的に委ねることは適切ではない。

2 診療記録等の充実

(1) 診療記録等の役割

ア 適正な医療の実現

 今日の医療環境のもとで適正な医療を実現するためには、診療記録等の役割は極めて重大である。
 まず、今日では、医療従事者は1人で多くの患者を担当せざるをえず、正確で充実した診療記録等の助けなしには適正な医療を行えない。
 また、医療が高度に専門化・分化する一方で、複数の疾病に罹患した患者が増え、複数の医療従事者が1人の患者を担当する場面も増えている(いわゆる「チーム医療」)。ここにおいては正確で充実した診療情報の共有が必要不可欠である。
 さらに、患者の権利意識が高まり、医療知識へのアクセスが容易になったことから、患者が自らの選択で複数の医師・医療機関の診察を受けることも想定されるようになってきた(「セカンド・オピニオン」の権利)。正確で充実した診療記録等があって始めて意義あるセカンド・オピニオンを受けることができる。
最後に、医療従事者が正確で充実した診療記録等の作成に努めれば、自らの判断プロセスを再検証することになり、医療事故の防止につながる。

イ 説明責任と診療情報の共有

 患者のインフォームド・コンセントの権利を保障するためには、診療記録等の開示が有効な手段である。その診療記録等は正確で充実したものであると同時に「わかりやすい」ものでなければならない。このような内容を備えた診療記録等を開示することによって、医療側は説明責任を果たすことができる。
 また、このように医師と患者が診療情報を共有して患者が主体的に医療に参加することは医療の安全性の向上につながる(医療安全対策検討会議平成14年4月17日「医療安全推進総合対策」)。

ウ 透明性の確保
 正確で充実した診療記録等が適切に管理・保存されていることは、医療の透明性確保にも役立つ。「どのような医療行為がどのような根拠に基づいて行われたかが資料として残されており、それに患者がいつでもアクセスできる」という環境こそが、医療に透明性をもたらす。そして、医療の透明性が確保されて始めて医者と患者の信頼関係が構築されうる。

エ 医療事故時

 特に医療事故時には、診療記録等の開示が不可欠である。 
 なぜなら、医療事故時には、医療側が積極的に診療記録等を開示して患者との間の信頼関係を再構築すべく努力すべきであり、医療側の説明責任と医療の透明性が強く求められるからである。
また、第三者による検証を経ることによって将来の事故防止にもつながる。

(2) 診療記録等の現状

 しかしながら、診療記録等の現状は未だ不十分である。
 例えば、現実の診療録は、医師ごとに病名、手術術式名、診療行為の表現などがまちまちで、意味不明な略語が使われていることもある。敢えて英語やドイツ語で記載されていたり、判読できない文字で記載されていたりする例もある。
診療記録等の記載方法としては、問題指向型診療記録(problem oriented medical record、「POMR」)が提唱されて久しいが、必ずしもすべての医療従事者に採用されているわけではない。しかしながら、「問題指向型」で記載されていない診療記録等から「医療従事者がどのような判断プロセスで当該医療行為に至ったのか」を読み取ることはかなり困難である。
 私たち弁護士が日々受ける相談事例においても、極めて簡略な記載しかされていない診療記録等に出会うことがしばしばある。また、「診療録記載が客観的事実と合致しない」、「麻酔記録が残されていない(作成されていない)」、「分娩監視記録が保存されていない」、「エックス線写真が足りない」などの例も報告されている。
さらに、医療過誤訴訟判決の中で「改ざん」「改ざんの疑い」が認定・指摘されている(判例タイムズ第987号「カルテ等記載と事実認定についての判例研究」森豊)。

(3) 望まれる診療記録等の在り方

 では、どのような診療記録等の在り方が望まれているのであろうか。
 そもそも第三者に認識できない記載では、適正な医療の実現にもインフォームド・コンセントにも医療の透明性確保にも役立たない。また、その内容がその時々の患者の病状を正確に記録したものでなければ、資料としての価値に乏しい。同時に、医療行為が行われた判断プロセスを事後的に検証できるものでなければならない。
したがって、診療記録等には、少なくとも以下の点が備わっていなければならないと考える。

① 第三者が認識できること
(例 わかりやすい日本語を用いて読み易い文字で書かれている)
② その時々の患者の病状を正確に伝えるものであること
(例 記載漏れや誤記がない)
③ 医療行為の判断プロセスが読み取れること
(例 どのような疾患の可能性を疑って検査を進めたのかが明示されている)
 念のため付言すれば、そもそも診療記録等がいつでも認識できる状態になければ活用できないのであるから、前提として、すべての診療記録等が適切に管理・保管されていなければならない。

(4) 考えられる諸策

望ましい診療記録等を達成するために、以下の諸策が考えられる。

① 記載項目、使用用語、疾病病名など、記載内容や記載方法の標準化(指針の作成など)
② 診療録、手術記録、退院時要約、看護記録などを医療行為後速やかに作成することの義務化
③ 診療記録等に関する院内監査システムの導入
④ 診療記録等の管理・保管体制の整備(診療情報管理士などの人的要因の確保など)
⑤ 医療従事者が故意に診療録等に虚偽記載をした場合の対応策(制裁を含む)

3 貴検討会に求められること

(1) カルテ等の診療情報の活用に関する検討会報告書(平成10年6月18日)

 同報告書は、「Ⅸ法制化の提言」において「検討会としては、医療の場における診療情報の提供を積極的に推進するべきであること、また、今日、個人情報の自己コントロールの要請がますます強くなり、行政機関に限らずあらゆる分野においてその保護政策の充実が図られていること等にかんがみると、法律上開示請求権及び開示義務を定めることには大きな意義があり、今後これを実現する方向で進むべきであると考える」と明確に「診療情報開示法制化」の方向性を示した。
 そして、小林政資厚生省健康政策局長(当時)は、入澤肇議員からカルテ開示法制化への対応を問われ、「最終的には審議会のご報告をいただいて、そして法制化に向けて努力をしていきたい、このように思っております」と答弁している(平成11年4月15日参議院国民福祉委員会)。
患者の人権の尊重を基本とした同報告書は広く国民に受け入れられ、マスコミも「開示法制化」の方向性を支持した。
 しかしながら、日本医師会の強い反対にあい、平成11年7月、医療審議会は開示法制化を今後の検討課題として、その実施を見送った。
 それから「3年を目途」とされた環境整備期間が経過し、貴検討会が組織された。その貴検討会において、再び開示法制化の是非が俎上にのぼり、同報告書の意義を失わしめるかのような議論が繰り返されていることは極めて残念である。

(2) 患者の権利の尊重を基本とした議論を
 同報告書が発表されてから約5年が経過し、患者の権利意識はより高まってきている。また、この間の医療界の努力により開示法制化の環境も整いつつある。例えば、日本医学会が「医療提供者は、医療の透明性を確保するとともに、その説明責任(アカウンタビリティ)を果たさなければならない。そのためには、情報開示やEBM(evidence-based medicine)、診療ガイドラインによる医療の標準化などを積極的に進める必要がある」と宣言(平成15年4月6日福岡)したように、医療界でも「情報開示は義務である」との認識が浸透してきた。
 したがって、貴検討会が、患者の権利の尊重を基本に考え、開示法制化を提言すべきことはむしろ当然のことと言える。
貴検討会には、開示法制化を前提に、どのような診療録が望ましいのか、それを達成するためにどのような諸策が考えられるのかにつき、十分に議論を尽くすことを今後期待する。

以上

木村副大臣解任の要望書

【要 約】
司法改革で弁護士の増員が図られていることに対し,「医療をネタに稼いでやろうという非常におかしな人たちがどんどん増えてくる」と発言した木村義雄厚生労働副大臣の解任を求めた。


木村副大臣解任の要望書
内閣総理大臣 小泉純一郎 殿
厚生労働大臣 坂口  力 殿
文部科学大臣 遠山 敦子 殿
法務大臣   森山 真弓 殿

2003年(平成15年)4月24日
医 療 問 題 弁 護 団
代表 弁護士  鈴木利廣
(連絡先)
〒124-0025 東京都葛飾区西新小岩1-7-9
西新小岩ハイツ506
電 話 03-5698-8544
FAX 03-5698-7512

要望書

第1.要望の趣旨

木村義雄厚生労働副大臣の解任を求める。

第2.要望の理由

はじめに

 当弁護団は、医療事故被害者の救済、医療事故の再発防止のための諸活動を行い、これらの活動を通じて患者の権利を確立し、安全で良質な医療を実現することを目的とする弁護士の団体で、東京を中心に約200名の団員弁護士が年間約300件の医療事故相談を受けている。

 1.木村副大臣の発言

 報道によれば、木村副大臣は、本年4月18日開催の厚生労働省・医師臨床研修制度と地域医療に関する懇談会の終わりの挨拶において、大概次のような発言を行ったという。
 「臨床研修をなぜやるかと言えば、司法改革が行われ弁護士がどんどん養成されようとし、アメリカのような医療をネタに稼いでやろうという非常におかしな人たちがどんどん増えてくることが予想され、こういう問題点に対応するには、臨床研修が大変大事で、何かあったらすぐに弁護士に訴えられるような日本の医療にしてはならない。」
 この発言の趣旨は、
  (1)臨床研修には、医療をネタに稼いでやろうという非常におかしな人たち(弁護士)に対応する目的がある
  (2)司法改革で医療をネタに稼いでやろうという非常におかしな人たち(弁護士)がどんどん増えてくることが予想されるというものである。

 2.発言の問題性

(1)医療事故被害の無理解に基づく被害者への攻撃
  1999年1月以来多くの医療過誤事案が報道され、日本の医療現場での医療過誤被害が質・量ともに深刻な事態であることが明らかにされた。
  このような事態をうけて、文部科学省・国立大学医学部病院長会議は、2001年3月「医療事故防止のための安全管理体制の確立に向けて(提言)」(以下「提言」という)を、厚生労働省は、2002年4月17日「医療安全推進総合対策」(以下「対策」という)をとりまとめた。そして、「提言」及び「対策」において、一方で、医療安全向上策として「研修医指導体制の充実」(「提言」)「医療安全に関する教育研修の充実」(「対策」)を、他方で、医療過誤被害への対応として「基本的な考え方としての患者の尊重と医療の責任の全う」(「提言」)「患者の苦情や相談等に対応するための体制の整備」(「対策」)をあげている。
  木村副大臣の今般の発言は、臨床研修体制の不備が医療過誤の一因となっているとの認識を欠落し、医療被害者の立場で被害救済活動に従事する弁護士を敵視し、ひいては、かかる弁護士の援助を求めている医療過誤被害者の行動に対する悪質な攻撃といえる。
  また臨床研修の本来の目的をゆがめ、徒に医療被害者や弁護士に対する偏見をあおることにつながるものである。
  かかる発言は政府内において文部科学省とも協同して医療事故・過誤防止対策を推進している厚生労働省の副大臣としての資質に著しく欠けるものである。

 (2)司法改革への無理解
  現在進行中の司法改革は、「司法制度改革審議会意見~21世紀の日本を支える司法制度」(2001年6月12日)、「司法制度改革推進法」(2001.11.16制定)に基づいて行われている。
  同法2条(基本理念)には、「司法制度改革は、国民がより容易に利用できるとともに、公正かつ適正な手続きの下、より迅速・適切かつ実効的にその使命を果たすことができる司法制度を構築し、高度の専門的法律知識、幅広い教養、豊かな人間性及び職業倫理を備えた多数の法曹の養成及び確保その他司法制度を支える体制の充実強化を図り、……もってより自由かつ公正な社会の形成に資することを基本として行われるものである。」と規程されている。そして、この理念に基づき司法制度を支える法曹の人的基盤の拡充を図りつつある。
  小泉首相も昨年12月9日開催の司法制度改革推進本部顧問会議において、法曹養成制度改革関連法が同月6日に成立したことをうけて、法曹の質と量の拡充への期待と関係者の努力への敬意を表明した。
  木村副大臣の今般の発言は、法曹の拡充が非常におかしな弁護士を増大させるとの認識を示したもので、弁護士の使命をないがしろにするばかりか、司法改革推進に対する悪質な揶揄である。かかる発言は、政治家、副大臣としての資質に欠けるものであり、司法改革を推進する政府内において到底看過してはならない発言である。

 3.まとめ

 よって、木村副大臣の任免について申出権者である坂口大臣及び任免権者である内閣の代表たる小泉総理に対し、木村義雄厚生労働副大臣の解任を求めるものである。
 なお、臨床研修の担い手である国立大学病院を主管する文部科学大臣及び司法改革を主管する法務大臣に対しても、内閣の一員として木村副大臣の解任を求めるよう要望する。

最高裁医事関係訴訟委員会への意見書

【要 約】
最高裁医事関係訴訟委員会に対して,医療訴訟における鑑定書の内容が適正・公平であることを確保するための制度的担保として,(1)鑑定書の内容等の公表制度,(2)鑑定人の推薦手続の透明化と,鑑定内容に対する事後評価制度の確立,(3)鑑定書の内容は,誠実性・論理性・科学性の3点の基準から評価すべきこと等を提言した。


2003年(平成15年)4月15日

最高裁判所医事関係訴訟委員会御中
東京都葛飾区西新小岩1-7-9 西新小岩ハイツ号506
03-5698-8544 03-5698-7512 電話FAX
医療問題弁護団
代表弁護士鈴木利廣

名古屋市東区泉1-1-35 ハイエスト久屋6階
052-951-1731 052-951-1732 電話FAX
医療事故情報センター
理事長弁護士柴田義朗

名古屋市中区丸の内3-2-22 名城ビル6階
052-061-3325 052-961-3326 電話FAX
医療過誤問題研究会
代表弁護士増田聖子

意見書

前略

貴委員会では、平成13年7月の発足以後、正式に取扱った案件だけでもすでに45件の鑑定人候補者推薦依頼が取り扱われています。しかも相当数の案件ではすでに鑑定人が実際に選任されて鑑定書が作成されており、一部には事件が終局的な解決に至ったものも出ています。
そこで私たちは、貴委員会に対し、下記の3点を要望致します。

(要望事項)

1 鑑定書の公表について

 貴委員会を介して選任された鑑定人が作成した鑑定書については、その内容を公表すること。
 なお、公表にあたっては、鑑定人の氏名とその事案の概要(診療経過一覧表等。ただしプライバシーに配慮するために事件関係者の氏名等は匿名化したもので足りる)を併せて公表すること。

2 学会内推薦手続の透明化及び学会内鑑定結果事後評価制度の確立促進について

 貴委員会から、鑑定人候補者の推薦を依頼した各学会に対して、学会内での候補者推薦の手続や推薦基準等について明らかにするよう促すこと。
また、各学会が推薦した候補者が鑑定人に選任された場合には、その鑑定人が作成した鑑定書の内容について学会内において事後評価を行って、その評価結果を明らかにするよう促すこと。

3 貴委員会による鑑定書の内容の評価について

 貴委員会が鑑定書が具備すべき要件である1)誠実性、2)論理性、3)科学性の3点の基準に照らすことによって、司法的見地から鑑定書の内容の評価を行うこと。

(要望の理由)

1 鑑定を巡る2つの問題点~「量」そして「質」

 従来の医事関係訴訟の鑑定については、大きく分けて2つの問題点が指摘されてきました。1つは、鑑定人の選任から鑑定書が提出されるまでに長い時間がかかるため、裁判が遅延するという点です(鑑定の「量」の問題。)
 この点については主として鑑定の引き受け手となる医師が少ないことや、鑑定人が鑑定書を作成するまでの手続自体が長期化することが原因となっていましたが、貴委員会の積極的な取り組みにより、鑑定人となる医師の層が広がりつつあり、鑑定人選任から鑑定書が提出されるまでの期間についても短縮傾向が見られるなど、大きく改善されつつあると思われます。

 しかし鑑定に関する問題点は「量」の点だけではありません鑑定の「質」についても改善の必要性があります。

 例えば、脳神経減圧術事件(最高裁判所第三小法廷平成11年3月23日判決)では、裁判所は、原審の依拠した鑑定書が「わずか1頁に結論のみを記載したもので、その内容は極めて内容の乏しいもの」であって、手術記録やCT写真等の「客観的資料を評価検討した過程が何も記されておらず、その体裁からは、これら客観的資料を精査した上での鑑定かどうか疑いがもたれないではない」と指摘し、原判決を破棄して審理を差し戻しています。この他にも、ここ数年の最高裁の判断には、原審が立脚した鑑定の内容に疑問を呈しつつ原判決を破棄したものがいくつも見られます(最高裁判所第三小法廷平成9年2月25日判決、最高裁判所第三小法廷平成8年1月23日判決など。)

私たちは、本来、鑑定書には、次のような要件が具備されているべきであると考えます。

1)誠実性:与えられた資料を十分に検討したことが鑑定書の記載からうかがわれる等、鑑定書の内容が充実したものとなっていること

2)論理性:回答が与えられた鑑定事項に対応しており、結論と理由に論理的な整合性があること

3)科学性:自己の経験のみに立脚することなく、文献を引用する等、合理的な科学的根拠を示していること

 しかし、上記の最高裁判決のケースに代表されるように、本来鑑定が備えているべき誠実性、論理性あるいは科学性を欠く鑑定書が、残念ながら少なからず見受けられます。
 このため、私たちは、鑑定人の供給や鑑定手続の迅速性といった「量」の問題だけではなく、鑑定が備えるべき「質」の問題についても、改善に向けた努力が必要であると認識しています。

2 鑑定の「質」を阻害する構造、環境、そして封建性

 鑑定の「質」の維持・向上を阻害している要因はいくつか挙げられます。

 例えば、司法の側から医師である鑑定人に対し、鑑定の趣旨や鑑定人が果たすべき役割を十分にアナウンスしてこなかったこともその一因であったと考えられます
(この点については、貴委員会でも、鑑定人向けのパンフレットを作成する等、改善に向けた努力を尽くして来られたことと思います。)

しかし、この点以外にも、次に挙げるような鑑定の「質」の維持・向上を阻害する要因が存在します。

1) 医師が他の医師の診療内容を検討するという「構造」的要因

 医師は、専門家として鑑定人となるだけではなく、ひとたび自分も事故を起こせば被告ともなりうる立場にあります。このように、医事関係訴訟
の鑑定においては、いわば「潜在的な被告」でもある医師が、他の医事関係訴訟の内容について意見を述べることとなり、鑑定の中立性や公正性を
阻害しやすい「構造」が内在しているといえます。

2) 鑑定結果が他人の目には触れにくい「環境」的要因

 作成した鑑定書は公開の法廷に提出されますが、実際には、同僚たる医師らの目に触れることはほとんどありません。つまり、同じ専門家の前で
は恥ずかしくて言えないような不公正な意見であっても、法廷において提出しうる「環境」が存在しているといえます。

3) 医療界に相互批判を尊重する文化が根付いていない「封建性」の要因

 残念ながら、医療界には、手術時のミスを隠蔽するために組織ぐるみでカルテの改ざんを行った東京女子医大事件に代表されるように、同僚同士
が忌憚のない議論を行って事故の原因を探求し、誤りがあれば謝罪し、再発防止策を自発的に検討するというような、相互批判を尊重する安全文化
が十分に根付いてきたとは言い難く、医事関係訴訟において鑑定人が率直な意見を述べ難い「封建性」が今なお色濃く残存しています。
以上のような鑑定の質を阻害する要因については、これまで鑑定を担当してきた医師の側からも指摘されています。
 例えば長年にわたって多数の鑑定を担当してきた我妻堯医師(産婦人科、
国際厚生事業団参与)は、その著書において、次のように指摘しています。
 「多くの医師は、裁判の当事者である被告あるいはその先輩・後輩などとどこかでなんらかの人的繋がりがあるために『明日はわが身』という思いが、鑑定を引き受けることを躊躇させているのではないだろうか。現在の医局制度では、大学の教授が当該大学周辺地域のいわゆる関連病院の医長や医員の人事権を握っている。したがって、被告医師が直接の弟子でなくとも、その医療機関の各科が自分の大学と人事の交流があるという繋がりを持つことが少なくない。内科や外科は医師の数が多いから、そのあたりは人間関係が薄まってしまうのかもしれないが、産婦人科は中等度の規模であるために鑑定を依頼されるような権威のある医師の大部分は教授・助教授、国・公立病院の長であるから、当然、全国規模でなんらかの繋がりを持つことになる」。
(中略)
 「鑑定の中立性についてさらに述べると大学教授でも決して中立の立場で、教科書に書かれているような医療の原理・原則を鑑定書に書くとは限らない。むしろ反対に『大学教授は医師の味方をするのが当然だ』と某国立大学教授が広言したとの噂を聞いたことがあるし、著者の後輩の某大学教授の書いた鑑定書を読む機会があり『あの誠実な人がこんなことを書くのか?』と驚いたこともある。具体的には、ある事例の分娩監視装置記録に明らかな遅発一過性徐脈が反復しているのに鑑定書には『一過性徐脈が認められる』とのみ記載され、その一過性徐脈がいかなる性質のもので、胎児の状態がどうなっているのかに関しては一切記述を避けていた。
 また、某私大教授の書いた鑑定書は、日本語の文章は用紙数枚程度でその後に英文教科書のコピーを綴じあわせてあるだけで、鑑定書の意義をどう考えているのか判断に苦しむものも見受けられる」。
(我妻堯『鑑定からみた産科医療訴訟』日本評論社年~ 2002 p22 23)

 鑑定の「質」の維持・向上を考えるにあたっては、以上に挙げたような阻害要因の存在を認識した上で、適切な改善策をとることが不可欠です。

3 透明性の高い鑑定環境の確保と封建性の排除

 無論、私たちも、全ての鑑定人が不公正で中立性を欠いた意見を述べると考えているわけではありません。このような阻害要因が存在してもなお誠実に質の高い鑑定を行う医師がいることも十分に認識しています。
 しかし、こういった質の高い鑑定は、鑑定人個人の誠意や人格的資質に大きく依存してようやく実現しているに過ぎず、鑑定の質の高さを維持・向上させるための客観的制度は極めて脆弱であるといわざるをえません。
 鑑定人個人の資質に頼る鑑定制度では、鑑定人の属人性によって鑑定の質が左右される可能性が高いため、制度の利用者である国民から幅広い信頼を勝ち得ることは困難であり、上記に述べたような鑑定の質を阻害する要因を除去するための制度的な改善策を検討すべきです(ただし医師が医師の行為を評価検討するという「構造」的要因は、鑑定制度においては不可避といえますので、主として「環境」と「封建性」をいかに改善するかを検討することとなります。)

 そこで、私たちは、透明度の高い鑑定環境を実現し、かつ、医療界に相互の批判を尊重する非封建的文化を浸透させるために、貴委員会に対し、頭記の3点の実現を要望します。各要望事項の詳細は次項以下に述べるとおりです。

4 要望1:鑑定書の公表

1)貴委員会を介して選任された鑑定人が提出した鑑定書については、ホームページその他を通じて公表し、鑑定そのものについての基本的な透明性を確保するべきです。

2) 鑑定書の内容についてはもともと公開の法廷に提出されていますので、公表することに特段の支障はないはずです。また、透明性の観点からすれば、鑑定人の氏名については、当然公表されるべきです。鑑定人は公的機関である裁判所が選任して専門的意見を求められているのですから、鑑定人の氏名の公表について鑑定人の同意を得ることは不要です。

3) 鑑定書の公表の方法としては逐次最高裁判所のホームページに掲載し、一定数がまとまった段階で書籍として刊行するという方式が合理的と考えます。

4)鑑定書の公表にあたっては、事件関係者については匿名とする等、事件関係者のプライバシーに配慮するべきです。

5)なお、各事件の概要が分からないと、鑑定書の内容を評価することは困難ですので、事案の概要(診療経過一覧表等を活用することが考えられます)等を併せて公表することが必要です。また、鑑定書記載の意見について、法廷での証言等で変更を加えることもあり得ますので、そういった場合には尋問調書やその要約等を付するというような工夫も必要と思われます。

6)公開時期については、鑑定の結果が公開の法廷に提出されるものである以上、その都度公開されることについて問題はないと考えますが、公表
制度が定着するまでの間は、まず、その事件が和解や判決の確定に至った後に公開するということにも一定の合理性があると考えます。

5 要望2:学会内推薦手続の透明化と学会内鑑定結果事後評価制度確立の促進

1)学会内推薦手続の透明化の促進

 貴委員会では、現在、鑑定人候補者の選任に適する学会の選定を行うにとどまり、具体的な候補者の選任過程については、各学会に一任していま
すが、学会内での候補者推薦の手続がブラックボックス化することは、推薦された鑑定人候補者に対する信頼性を減殺することにつながります。
そこで、貴委員会が、各学会に対し、1)どのような手続で候補者を選出したのか2)どのような基準で候補者を選出したのか、といった点の
説明を積極的に促すことで、学会内推薦手続の透明化を図るべきです。

2)学会内鑑定結果事後評価制度の確立の促進

 各学会は、医学的当否について相互に批判的検討を行うことを尊重し、非封建的な文化の排除に努めるべきです。そのためには、推薦された医師
が実施した鑑定結果の医学的当否について、学会内において事後評価(いわゆる「ピアレビュー)を行ってその結果を対外的に明らかにし、その」
後の鑑定人候補者推薦のためにフィードバックするという制度の確立が不可欠です。
 貴委員会としても、各学会に対し、以上のような事後評価制度を確立するよう積極的に呼びかけるべきです。

3)貴委員会から学会への働きかけの方法について

 なお、すでにいくつかの学会では、学会内に貴委員会からの推薦依頼に対応するための委員会等を設置して、組織的な対応体制を構築しつつある
ようですので、貴委員会からも、そういった動きをサポートする働きかけを行うべきです。
 具体的には、まず貴委員会が、各学会内の推薦手続や事後評価制度の実情について聴き取りを行って情報を集約し、集約された情報を各学会へフ
ィードバックするといった活動を行うことによって、先進的な学会の取り組みが他の学会へと波及することを側面からサポートするような活動が考
えられます。

6 要望3:貴委員会による鑑定書の内容の評価の実施

 昨年10月の貴委員会では、鑑定書の「評価」について議論が行われたようですが、その席で、貴委員会事務局からは次のような説明がなされたようです。

「※ 事務局から,ここで言う鑑定書の評価とは,鑑定を引受けてもらいやすい環境作りの一つとして,学問的観点とは別に,鑑定の経験を積むということを何らかの形で医学者としての評価につなげていくことを意図するものであり,鑑定の内容の医学的当否を論じるものとは異なる旨説明があった」。

 私たちは、貴委員会が、鑑定人の鑑定経験自体を評価することによって、法曹界から医学界に謝意を示し、その後の鑑定のさらなる迅速化や円滑化をはかることを否定するものではありません。
 ただ、貴委員会としては、単に鑑定経験だけについて評価を与えるだけではなく、質の高い鑑定書については、その質の高さにふさわしい評価を与えることによって、その鑑定人の尽力に報いるべきと考えます。貴委員会がこういった評価を行うことは、貴委員会が望む鑑定書のあり方を幅広く示すことにも繋がり、鑑定の「質」の維持・向上にも資するはずです。

 なお、貴委員会が医学的見地に基づいて鑑定書の内容の医学的当否を検討することは現実的ではないと思われますので、貴委員会では、司法的な見地から、その鑑定書が本来備えるべき要件を具備しているかどうかについて、

1)誠実性:与えられた資料を十分に検討したことが鑑定書の記載からうかがわれる等、鑑定書の内容が充実したものとなっているかどうか

2)論理性:回答が与えられた鑑定事項に対応しているかどうか、あるいは結論と理由に論理的な整合性があるかどうか

3)科学性:自己の経験のみに立脚することなく、文献を引用する等、合理的な科学的根拠を示しているかどうか

といった基準に照らして内容の評価を行うべきです。

 なお、司法的見地からは、当該裁判体においても事案に即して鑑定書の内容の具体的・個別的な評価を行うことになりますが、上記のような個別事案との距離を置いた一般的評価基準を用いることで、貴委員会が各裁判体の独立に配慮しつつ鑑定書の内容を評価することは可能であると考えます。

7 最後に

 鑑定の「質」の維持・向上については、当事者が訴訟手続内において鑑定人に対する尋問等を通じて実現すればよいという意見もありえます。しかし、専門的知識偏在型の典型である医事関係訴訟では患者側当事者が行いうる訴訟活動には自ずと限界があります。また、訴訟内における弾劾的評価という方法以外にも鑑定の「質」向上をはかりうる策があるならば、その実施が望ましいことは言うまでもありません。貴委員会が果たすべき役割は大きいはずです。

 法曹界と医療界の接点に位置する貴委員会が上記に要望した点について積極的な活動を行い、単なる個別訴訟の審理促進だけにとどまらない幅広い役割を果たすことによって、法曹界と医療界の双方が相互に貢献しあう健全な関係性がもたらされることを願ってやみません。

以上

医療事故報告制度に関する意見書

【要 約】
一定の重大な医療事故について,全ての医療機関に対し事故報告を義務づけるとともに,医療事故情報の収集機関は,再発防止のための有効な提言を行うことを目的に設置されることを求めた。


平成15年2月21日
医療に係る事故事例情報の取扱に関する検討部会 御中
厚生労働省医政局医療安全推進室 御中

医 療 問 題 弁 護 団 
代表 弁護士 鈴 木 利 廣
(連絡先)

TEL03(5698)8544 FAX03(5698)7512

医療事故報告制度に関する意見

 「医療に係る事故事例情報の取り扱いに関する検討部会」において現在検討されている、医療事故報告制度の制度設計に関し、当弁護団は下記のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨

1 少なくとも「一定の重大な医療事故」については、任意的・自発的報告にとどめることなく、全ての医療機関に対して報告を義務づけ、徹底的な収集を図るべきであり、そのために必要な関連諸制度の整備を早急に行うべきである。

2 医療事故情報の収集にあたっては、医療機関からの報告のみならず、被害者および第三者からの事故通報の受け入れ、ならびに、事故事例報告の収集機能を有する他の諸制度との十分な連携等をおこない、広く収集するべきである。

3 医療事故情報の収集機関は、収集した事故情報を分析し、分析結果に基づいて再発防止のための有効な提言を行うことを設置目的とし、右目的の実現に足る能力と権限を有する組織として構築されるべきである。

第2 意見の理由

1 医療事故情報収集の意義
 医療事故情報は、医療の質および安全性を高めるための最良の反面教師である。
 事故情報の収集・分析を行うことにより、事故が発生しやすい場面(ピットフォール)の類型的な把握や、事故発生のメカニズムの解析が、初めて現実的に可能となる。このような実証的研究によって得られた成果が、医療の現場に還元されることは、医療の質および安全性を向上させ、悲惨な医療事故をなくしていくための最も有効な方法論である。
 ここにこそ医療事故情報収集の最大の意義が存するものであり、この点についてはおそらく大方の異論のないところであろう。

2 事故情報収集において必要な観点
 ところで、このような医療事故情報収集の意義に照らせば、医療事故情報の収集にあたっては、(A):「多数の事例を広く収集すること」、(B):「重大事故を漏れなく収集すること」、の2点がともに極めて重要である。
 すなわち、事故が発生しやすい場面を類型的に把握するためには、軽微な事故ないしはヒヤリ・ハット事例等であっても、また同種事故であっても、多くの事例を収集し、統計的・類型的に把握する必要がある(A)。
 また同時に、悲惨な医療事故の再発防止こそが事故情報収集の目的である以上、少なくとも、二度と起こってはならないような重大な事故については、漏れのないよう遍く収集されなければならない(B)。
 重大事故については、再発防止の要請が一層高いものであるから、例え予想される発生頻度が低かろうとも、必ず全例を検討対象として収集し、その発生メカニズムを徹底的に解析し、具体的な再発防止策が提言されなければならない。
 これら(A及びB)は、事故事例情報の収集を図ろうとするそもそもの目的論から導かれる当然の帰結である。

3 事故情報収集機関の目的および機能
 医療事故情報の収集機関は、収集した事故情報を分析し、分析結果に基づいて再発防止のための有効な提言を行うことが設置目的とされなければならず、また、このような目的を実現させるに足る調査・分析・提言のための能力及び権限が与えられなければならない。
 そして、事故情報の収集にあたっては、「多数の事例を広く収集すること」との観点(前記A)からは、医療機関からの報告のみならず、被害者および第三者からの事故通報を受け入れて検討対象とすることも重要であり、また、事故事例報告の収集機能を有する他の諸制度との十分な連携等をおこない、広く収集することが必要不可欠である。
 わが国においては、既に事故事例情報の収集機能を有する官民の諸制度が運用されているが、これら諸制度との連携により、多数の事例収集の実を挙げるべきである。

4 重大事故についての報告義務の必要性
 ところで、医療機関からの事故報告については、一般的には任意的・自発的報告制度として制度設計をすることが考え得るとしても、少なくとも、一定の重大事故については、その全数全例が収集されるような制度として構築される必要があり(前記B参照)、そのためには、わが国の現状に照らす限り、全ての医療機関に対し、重大事故についての報告義務を課すことが必要不可欠であると考える。
 わが国において、医療事故の場合、当該医療機関により意図的に事故が隠蔽される事例(あるいは隠蔽が試みられる事例)がしばしば現実に存することは、当弁護団の経験上の実感である。
 そこには、事故発覚に伴って責任を追及されることに対する、医師及び医療機関側の誤った保身意識等の原因が存するものと推察されるところであるが、とりわけ重大事故の場合においては、そのような懸念はより一層強く妥当する。
 だからこそ、重大事故の隠蔽を防止するためには、報告の直截な義務付けが不可欠であると考える。
 医療機関側の自発的・任意的な取り組みに委ねる限り、医療に関する実効的な情報開示は遅々として進まない。このことは、いわゆるカルテ開示を巡る一連の経過を見ても明らかである。
 医療事故防止は緊急の課題であり、迅速に実効ある事例収集を遂げるべきはまさしく焦眉の急であることに思いを致すべきである。
 なお、医療機関は、その公共的な性格上、説明責任を負担する立場にあるというべきであり、少なくとも社会通念上看過し難いような重大事故が発生した場合、当該医療機関は、その事案解明と再発防止に関して、社会に対して道義的責任を負うべきものである。本意見書にいう重大事故についての報告義務は、いわばこのような責任の具体化であって、何らいわれのない義務を医療機関に新たに負担させようとするものでは全くないことにも、留意されるべきである。
 ところで、この点、事故報告制度をまずスタートさせることを重視して、当面は全くの任意的・自発的制度として構築し、報告の義務化については将来の検討課題と位置づけるべしとする見解が想定される。
 しかし、いま真実真剣に再発防止を図ろうとするのであれば、やはり義務化することは不可欠であると考える。
 すなわち、重大事故についても医療機関に報告義務を課さず、任意的・自発的報告にとどめるものとしたときには、仮に一旦上がってきた報告に不足の情報があった場合、さらにこれを求めたとしても、同じく任意的ないしは自発的報告としてしか提供され得ないことになるであろう。
 しかし、それでは事案解明のために真に必要な情報が得られないおそれが多分にあるのであって、その場合有効な解析も実効性ある再発防止提言も望み得ない。
 それゆえ、事故情報収集機関には一定の調査権限が必要不可欠であると解されるが、そのような調査権限は、反面において、医療機関側に報告義務を課すことと論理的に対をなすものと考えられる。
 したがって、このような観点からも、報告制度がその本来の目的ないし機能を果たすためには、報告義務が必要というべきである。

5 報告義務を課すべき医療事故の定義
 報告義務を課すにあたっては、報告義務の対象となる医療事故の範囲の明確化が必要であるが、それはたとえば次のような定義によるべきであると考える。
「医療の過程において、作為または不作為の医療行為により、患者に通常予期せぬ死亡または重大な障害の結果が発生したことが疑われる場合。ただし、当該医療行為が不作為によるものである場合は、医療従事者ないしは医療機関に過失が疑われる場合に限る。」
 すなわち、医療事故はいわゆる「医原病型」(作為型。作為の医療行為により悪しき結果が発生した場合。)と「病状悪化型」(不作為型。不作為により原疾患の悪化等により悪しき結果が発生した場合。)の2類型に大別されるところ、このうち「医原病型」(作為型)については、①作為の医療行為の存在、②患者に死亡または重大な障害が発生したこと(結果の重大性)、③当該医療行為と当該結果との間に因果関係が存する可能性があること、との要件を満たす限り、報告義務を負うものとすべきである。事故の再発防止という報告制度の目的に照らせば、繰り返される可能性のある作為によって重大な予期せぬ結果が発生したことが疑われる限り、解析の対象とすべきだからである。
 他方、「病状悪化型」(不作為型)については、以上の①②③に加えて、④医療行為(当該不作為)に過失が存する可能性があること、を要件として、報告義務を課すべきである。あらゆる不作為を対象とすることは無意味であり、当該不作為そのものに過失が疑われる場合のみを検討の対象とすれば、再発防止の目的との関係では十分だからである。
 なお、因果関係(③)や過失(④)の存否を、自然科学的証明のレベルで厳密に証明するとすればもとより一定の困難を伴うであろうが、報告義務の対象となるか否かの判断において要求されるものはそうではなく、「社会通念上その可能性が疑われる限りは報告する」との基準をもって足るものと考える。そのような基準であれば、当該医療機関においても報告義務の対象となるか否かの判断は十分可能であると思われるし、また事例収集の実も挙がるものと考えられるからである。
 さらに、実務的には、たとえば「重大な障害」(②)の意味内容については労災保険法施行規則にいわゆる「後遺障害別等級表」を利用して実施細則を定める等により、より具体性・客観性を高めることが十分可能である。
 また、2001年8月に英国保健省が発表した医療事故報告・分析・対応指針案「Doing Less Harm(被害を減らすために)」におけるAdverse patientincidents の例示等を参考に、適切な例示列挙を加えることも有用であると思われる。

6 報告義務と憲法上の自己負罪供述拒否特権との関係
 ところで、医療機関に医療事故の報告義務を課すことは、憲法38条1項にいわゆる「自己負罪(帰罪)供述強要の禁止」に抵触するのではないかとの見解がある。
 しかし、行政法分野において一定の行政目的を達成するために報告義務を課す例は、過去においても現在においても無数に存するが(たとえば厚生行政に関連のある分野においても、薬事法69条、食品衛生法17条・19条の16など、枚挙に暇がない)、このような法制に対し、最高裁判所が憲法38条1項(自己負罪供述強要の禁止)を理由として違憲判断を下した例は、1例も存在しない。
 たとえば、
・麻薬取締法における麻薬の不正使用と記帳義務との関係においては、麻薬取扱者として免許された者は当然に取締法規の命ずる「一切の制限または義務に服することを受諾しているもの」と考えるべきだとして黙秘権の放棄を擬制し(最判昭和29年7月16日刑集8-7-1151)、
・自動車運転者の交通事故の報告義務については、報告を要求される「事故の内容」には「刑事責任を問われる虞のある事故の原因その他の事項」は含まれておらず、行政上の目的に基づくものであることを根拠として(最大判昭和37年5月2日刑集16-5-495)、
・収税官吏の所得税に関する質問検査については「実質上、刑事責任追及のための資料の収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続」ではないことを理由として(最大判昭和47年11月22日刑集26-9-554、いわゆる川崎民商事件大法廷判決)、
それぞれ違憲ではないと判断している。
 このように、最高裁判所は、事実上は供述者に不利益な事実に関連する供述義務や説明義務であっても、当該制度の目的や制度の内容、義務者の立場等を分析するアプローチを執ることにより、少なくとも過去に問題提起された事例の全てにおいて、結論において合憲判断をしてきた。
 しかも、これらはいずれも刑事責任追及のための「捜査の端緒」とも事実上なりうるものであるにもかかわらず、「実質上、刑事責任追及のための資料の収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続」(前掲川崎民商事件判旨、傍線は当弁護団)でない限り、憲法38条1項の保障に抵触しないものと解釈しているのである。
 翻ってみるに、医療事故について当該医療機関に報告義務を課すことは、前述のとおり、医療事故の再発防止という極めて公益性の高い行政目的に資するものである。
 また、医師は、医療という高度に公的な業務を社会から付託された免許者であるから、重大事故について社会に対して説明責任を果たすことはむしろ責務でさえあるともいいうる(前掲麻薬取締法違反事件判旨参照)。
 他方、報告義務を、刑事責任追及に「直接結びつく作用を一般的に有する」ものではない形で制度設計することは、今後十分可能である(前掲川崎民商事件判旨参照)。
 このように、少なくとも前述のような最高裁判所の判断枠組みに拠って検討する限り、憲法38条1項に抵触しない報告義務制度を構築することは、十分に可能である。
 逆に、もし仮に、医師が医師であるとの一事をもって報告義務を一般的に免れるものとするならば、それは、上述の最高裁判例の事例における自動車運転者等との対比において、合理的説明が著しく困難な立論であるように思われる。
 以上の次第で、当弁護団は、医療機関に対し、少なくとも重大事故についての報告義務を課すことは、必要であり、合理的であり、かつ十分に憲法適合的であると考えるものである。

7 結語
  よって、「第1 意見の趣旨」記載のとおり意見を述べる。

  以 上

医療事故と異状死体届出義務について

【要 約】
医療事故によって患者が死亡した場合も,医師は,異状死体等の届出義務を課した医師法21条の規定により速やかに所轄警察署への届出を行う義務があるとの意見を具申した。


「医療事故と異状死体届出義務について」

2001年12月20日
医療問題弁護団
代表 鈴木利廣

序.問題の所在

医師法21条に死体等検案医の異状死体届出義務が規定されている。
本条の規定違反が罰則の対象とされていることから、近年医療事故死についての届出義務の有無をめぐって、本条の解釈に意見の対立を生んでいる。
論点は次の2つである。

(1) 届出義務の対象である異状死体の概念ないし定義との関係で医療事故死は含まれるのか否か、含まれるとしてどの範囲かである。

(2) 届出義務の主体である死体等検案医の定義についてである。この関係では「検案」と「診断」の区別が問題とされている。

本稿の目的は医師法21条の解釈を明確にすることにあるが、合わせて医療事故報告制度のあり方についても述べることとする。

第1.異状死の定義

1 医師法21条、33条の規定内容
  医師法21条は、「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」と規定して、医師に対し異状死体等の届出義務を課し、同法33条は、この義務に反した医師に対し、2万円以下(罰金等臨時措置法2条1項)の罰金刑を科している。
(※註 2004年10月現在上記医師法第33条は同法第33条の2に改正され、罰金額50万円と改められている。)

2 その歴史的経過と立法趣旨

(1) 歴史的経過
   明治39年施行の旧医師法施行規則第9条に「医師死体または四月以上の死産児を検案し異状有りと認むるときは二十四時間以内に所轄警察官署に届出づべし」として、現在と同内容の規定ができ、その後、昭和17年制定の国民医療法の施行規則第31条にこの規定が移され、さらに同規則第65条で、違反者に50円以下の罰金または過料が科せられることとなった。
   戦後、昭和23年の医師法制定の際、規則で定められていた上記規定が医師法の中に規定され、現在に至っている。

(2) 立法趣旨
   この規定の趣旨は、死体には、犯罪が関連していることが多いため、死体に接しやすく専門的知識を有する医師に届出の義務を課し、犯罪捜査の端緒としようとしたものである。
   すなわち、異状死体の届出がなされると、犯罪死の可能性がある場合には、検察官が犯罪との関連を調べるため死体を見分する「司法検視」が行われ(刑事訴訟法229条1項 これ自体は捜査ではない)、そこで犯罪性が認められれば、司法解剖等の捜査手続が開始される。
   また、死体が犯罪とは明らかに関係がないと認められる場合には、警察官による「行政検視」の手続が行われ、さらに死因解明等の必要がある場合には、監察医制度のある地域では、監察医による検案、行政解剖(死体解剖保存法8条)が、監察医制度のない地域では、遺族の承諾が得られれば、一般医による行政解剖(承諾解剖 同法7条)が、それぞれ行われる。
   また、このような当初の立法趣旨に加え、「社会生活の多様化・複雑化にともない、人権擁護、公衆衛生、衛生行政、社会保障、労災保険、生命保険、その他にかかわる問題が重要とされなければなら」ず、「異状死」の解釈もこれらの問題もふまえた上で広義に解釈すべきだとの日本法医学会「異状死」ガイドライン(平成6年5月)の指摘もある。

3 異状死とは

(1) 正常死と異状死
   医師法21条が届出を義務づけているのは、医師が死体等を検案して「異状があると認めたとき」である。したがって、ここにいう「異状」の意味を明らかにしておかなければならない。
   この点、純然たる病死、すなわち現に診療を受けているその病気により自然の経緯によって死亡したと確実に判断できる場合が「正常死」であり、この意味での純然たる病死以外の死はすべて「異状死」に含まれると解すべきである(「医学大辞典」南山堂 1998年、前掲日本法医学会「異常死」ガイドライン、高田利弘編「医科法律大辞典」医歯薬出版 1968年)。大審院大正7年9月21日判決は、旧医事法施行規則9条に関するものであるが、「異状」の意義について、「純然たる病死でない状況が死体に存する一切の場合を指称するのであって、医師が死因に犯罪の嫌疑がないと認める場合でも、その除外例をなすものでない。」と判示し、昭和9年に刊行された土井十二「医事法制学の理論と其実際」においても、「異常とは不自然な死を遂げ、その死因の不明な変死に限らず、明白なる病死の兆候が一切死体に存せない場合を云う」、「医師法規定の異常死体とは病死でない死を総称する」とされ、立法当初から、上記のような解釈がなされていたことが窺える。
   なお、現医師法施行後の判例(東京地裁八王子支部判昭和44年3月27日)は「異状死」の意義につき、「右医師法にいう死体の異状とは単に死因についての病理学的な異状をいうのではなく死体に関する法医学的な異状と解すべきであり、したがって死体自体から認識できる何らかの異状な症状乃至痕跡が存する場合だけでなく、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況、身許、性別等諸般の事情を考慮して死体に関し異常を認めた場合を含むものといわねばならない。」と判示している。

(2) 医療事故死と異状死
   (1)のような解釈にしたがえば、医療事故による死亡は、医療機関の過失の有無を問わず、純然たる病死といえないことが明らかであるから、医師法21条にいう「異状死」に該当し、当然に届出の対象となる。むろん、最終的に過失がないと判断されれば、医療従事者が刑事責任を問われることはない。ただ、過失の有無を判断し、訴追するか否かを決するのは検察官の職責なのであり、届出の際に医療従事者に過失など犯罪性の有無を判断させるのは妥当ではない。前掲大審院判決も、同様に考えるからこそ、医師が犯罪の嫌疑がないと認める場合でも届出義務の除外例とはならない旨判示しているのである。

(3) 日本法医学会ガイドライン
   そして、前述の日本法医学会ガイドラインも、(1)のような解釈にしたがって、届け出るべき異状死の具体的ガイドラインを提示している。具体的には、以下のとおりである。

[4]診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの
・注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中、または診療行為の比較的直後における予期しない死亡
・診療行為自体が関与している可能性のある死亡
・診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明の場合
・診療行為の過誤や過失の有無を問わない。

[5]死因が明らかでない場合
・初診患者が、受診後ごく短期間で死因となる傷病が診断できないままに死亡した場合
・医療機関への受診歴があっても、その疾病により死亡したとは診断できない場合(最終診療後24時間以内の死亡であっても、診断されている疾病により死亡したとは診断できない場合)

(4) 四病協報告等の反論とこれに対する再反論

  ア 四病協報告
    ところが、この日本法医学会のガイドラインに対して、四病院団体協議会(四病協)医療安全対策委員会は報告をまとめ、「これでは予期されないあるいは診断が明確でないすべての場合が含まれてしまい、医療の実態に対応していない。医師法21条のごとく罰則規定のある条項の「異状死」を拡大解釈して、外因死や重大な過失による死亡を越えて、「ふつうの死」以外のすべてに適応することは、臨床的には適さない」と反論している。
    しかし、国語的にも、「異状」とは「普通とはちがった状態」をいう(広辞苑第四版)のであるから、「ふつうの死」すなわち正常死について上記(1)のような解釈をとり、それ以外のすべての死を「異状死」とすることは何ら拡大解釈には当たらない。なお、「診断が明確でないすべての場合」というが、直接的な死因について明確な診断ができなくとも、現に診療を受けていた疾病による自然の経緯によって死亡したことが確実に診断できる場合には、「異状死」とはいえないのであるから、「異状死」の解釈が不当に広くなるということもない。
    また、「臨床的には適さない」とするが、たとえ、「異状死」の範囲を広くとらえたとしても、それにより医師は所轄警察署に届出の義務を負うだけであり、しかも届出には特段の方式を要さず、口頭や電話で足るとされているのであるから、臨床医に対し特段の不都合を課すことにはならない。まして、これにより診療が萎縮化するということは到底考えられない。届出がなされても、死体に明らかに犯罪性が認められない場合は捜査手続は開始されず、臨床医が取り調べの対象となるなどの面倒を被ることもない。したがって、医師法21条による届出義務自体が、臨床医に不利益を課すものとは到底いえない。むしろ、特段の不利益がないにもかかわらず、届出の範囲を狭く解釈しようとする四病協の報告からは、医療機関の閉鎖的体質が窺えるといえる。
    他方、捜査機関に犯罪捜査の端緒を与えるという医師法21条の立法趣旨からすれば、死体についての犯罪性の有無の判断は、捜査機関にゆだねるべきであり、そのためには、あらかじめ届出の対象は広くしておくことが必要である。事故に関わった当事者である医師に犯罪性ないしは事件性の有無を判断させることは、事故の隠蔽にもつながり、医師法21条の立法趣旨にもそぐわない。特に、医療事故が多発し、しかも、都立広尾病院事件をはじめとして医療機関による事故の隠蔽行為が少なからず行われている現在の医療の実態からすれば、このことには特に留意しておかねばならない。
    以上から、四病協の報告は適切ではない。

  イ 日本外科学会等の声明文
    また、日本外科学会等12学会(後に日本血管外科学会が加わり13学会)も、平成13年4月10日「診療に関連した「異状死」について」という声明文を発表している。この声明文は、「患者の取り違えや投薬ルートの誤り、異型輸血などの極めて初歩的な注意義務を怠った明らかな過失による医療過誤」については、医師法21条の届出義務があることを認めているものの、「(一定の割合で必ず危険を伴うという)外科手術の本質を考慮すれば、説明が十分になされた上で同意を得て行われた外科手術の結果として、予期された合併症に伴う患者死亡が発生した場合でも、これが刑事事件として違法性を疑われるような事件となるとは到底考えることは出来ない。」として、「臨床医の立場から、診療行為に関連した「異状死」とは、あくまで診療行為の合併症としては合理的な説明が出来ない「予期しない死亡、及びその疑いがあるもの」をいうのであり、診療行為の合併症として予期される死亡は「異状死」には含まれ」ず、医師法21条の届出の対象とはならない旨主張している。
    しかし、2(2)で述べたとおり、医師法21条に基づく届出により直ちに刑事被疑事件として捜査の対象とされるわけではなく(この点で告訴・告発とは異なる)、捜査機関が犯罪死の疑いがあると考えてはじめて捜査手続が開始されるのである。そして、十分な説明に基づく同意がなされた上で行われた外科手術の結果、予期された合併症によってやむを得ず患者が死亡したことが明らかである場合に、なお犯罪の疑いがあるとして捜査手続が開始されるとは考えられず、これによって医師と遺族の信頼関係が破壊されるとか外科医が萎縮して危険性の高い手術を避けるなどということは到底考えられない(届出自体が臨床医の不利益にならないことは前述のとおりである。)。
    また、上記声明文は、「過誤があったかどうかは、専門的な詳細な検討を行ってはじめて明らかになるものであり、まさに民事訴訟手続の過程において文献や鑑定の詳細な検討を経て判断されるのが相応しい事項である。」とする。しかし、同じことは、刑事上の過失の有無の判断についても妥当するはずである。そうであるならば、やはり、事故の当事者である医師に届出の要否を判断させるべきではなく、届出義務は広く課した上で、刑事責任の有無の判断は、捜査能力を有する捜査機関にゆだねることが必要となる。
    さらに、診療行為の合併症として当然予期される死亡であっても、当該合併症が医師の過失によってもたらされた場合には、当然刑事責任追及の対象となりうるのであるから、診療行為の合併症として予期される死亡が当然に「異状死」に該当しないという理屈は成り立たない。
    以上から、日本外科学会等の声明文も妥当ではない。

(5) 小括
   医療の質を向上させるためには、医療事故の分野においても、刑事責任を問いうるものについては、適正に刑事手続が行われるべきである。そして、そのためには医療の透明性を確保し、死亡を伴う医療事故については、医療機関によって広く届出がなされることが必要である。そこで、医師法21条の「異状死」については、上記(1)のような解釈をとり、具体的には日本法医学会のガイドラインにしたがって、医療事故によって患者が死亡した場合、医師法21条の規定により速やかに所轄警察署への届出を行うことが、医師によって実践されなければならない。

第2.検案医の定義

1.「診断」と「検案」の定義
 日本語の意味として、「診断」とは、生きている人を診察して、疾病の有無、疾病の内容を判断すること、「検案」とは、死んだ人を調べて、死因を医学的に判断すること、と考えるのが素直な読み方である。
 このことは、そもそも、「診断」「検案」という文言が用いられて法律が作られた当時の解説、判例で、下記のアないしウのとおりの解釈(3.参照)がされていたことからも明かである。

   ア 診断とは、生きている患者の病状を判断することであること
   イ 検案とは、死んだ人の死体の状況を調べて確認することであること
   ウ 人が死亡した場合には、その死体を検案して死因を確定するのが原則であること

2.定義をめぐる誤解
 しかし、従来、医療界に存在してきた「診断」と「検案」の定義には誤解がある。
 「診断」・「検案」と「死亡診断書」・「死体検案書」については、以下のような誤解がある。
 医師法20条には、診断しないで診断書を書いてはならない(但し、受診後24時間以内に死亡した場合を除く)、検案しないで死体検案書を書いてはならないとある。
 この規定を次のように誤解して、実務が行われている。
 すなわち、

① 死亡診断書とは、医師が生前に診断すなわち診療行為を行った患者が死亡した場合に作成するものであるとの誤解。

② 死体検案書とは、その死体について一度も生前の診療を行っていない場合に作成するものであるとの誤解。

③ したがって、死体検案とは、生前に一度も診療を行っていない人の死体に関するものをいうとの誤解。

 ここから、医師法21条にいう「死体を検案」とは、生前に一度も診療を行っていない死体を検案した時のことであるから、生前診療を行ったことのある患者が異状死した場合には届出義務はないと解釈するのである。この誤った解釈により、医療過誤で異状死した患者について、届出をしないことを正当化する口実にされている。

3.正しい定義の根拠

(1) 医師法20条の由来
 診断、検案という文言が規定されているのは、医師法19条2項、20条、21条である。
 これらのうち、19条は、旧医師法施行規則9条、20条は旧医師法5条、21条は旧医師法施行規則8条に由来している。

(2) 旧医師法時代の解釈
 旧医師法は、昭和8年に一部改正された(前記①の各規定内容は変わらず)が、その当時、刊行されていた解説書において、池松重行、衛生局事務官池田清士、医学博士・法学士土井十二は、
 診療とは、生きている患者について一定の行為を行うこと、
 診断とは、生きている患者について医学的に判断すること、
 検案とは、死んだ人を調べて死因について判断すること
との定義を前提として論述している。

① まず、池田清士(法学士・衛生局医務課事務官)の解説(「改正医師歯科医師法令釈義」昭和8年11月発行)によると、
 「検案とは死體又は死胎に対し一定の者(医師及び産婆)が其の主観に基づきて為す専門的判定である。」としている。

② 土井十二(法学士、医学博士)は、次のように解説している(前掲「医事法制学の理論と其実際」昭和9年3月刊)。
 「死亡診断書とは、従来診療する患者が死亡した際、その生前における診察に基づき、死亡の原因を医学的に証明するための文書である。本来死亡診断書の作成に当たって、死体を検案して、死因を確定するのが原則ではあるが、診療中の患者が、その疾病のために死亡せるものと推定する場合には、再度死体を「検案せずして」直ちに、死因を証明する死亡証書を交付することを、「診療中の患者死亡したる場合に交付する死亡診断書についてはこの限りにあらず」によって認めて居るのである。」

③ 池松重行「改正医事法制論」(昭和9年4月発行)は、次のとおり述べている。
「死亡診断書とは診療中の患者死亡した場合に、その死因を証明するために医師の作成する文書である。死亡診断書は患者の死因を確認するものである以上、これを作成するためには親しく死体を検案するが原則であるも、患者の生前よりすでに診療をなし、これにより死因を判断しうべき状況にある時は、新たにその死体を検案せずして死亡診断書を作成することを得る。即ち、医師法(注・旧医師法)5条に『但し診療中の患者死亡したる場合に交付する死亡診断書についてはこの限りにあらず』と規定す。」

(3) 判例
 下級審判例として前掲東京地裁八王子支部判昭和44年3月27日がある。この判決では、入院中の患者が死亡前約2日間病院を脱走して所在不明となって、死体となって発見された患者について、診療していた医師が死体を調べて死因を判断した行為を「検案」と表現している。

4.死亡診断書と死体検案書の関係

(1) 死亡診断書・死体検案書の法的意義
 生前に診療中の患者であってもそうでなくても、医師が死体を調べることが「検案」にあたることは、以上述べたとおりである。
 そして、検案の結果を記載するものが死体検案書である。
 ただ、その死体が死亡前24時間以内に受診した診療中の患者であり、生前診断していた疾病により死亡したものであることが明らかな場合には、例外的に死体を検案しないで生前の診断に基づいて「死亡診断書」を作成できるとした(この場合は死後の検案に基づくものではないので「死体検案書」とすることはできない)。これ以外の場合に死亡診断書を作成・交付する法的根拠はない。
 つまり、死体を調べて死亡と死因を確認した医師が作成するものはすべて「死体検案書」であり、本来法律上に規定されている。「死亡診断書」とは、死体を見ないで生前の診断に基づいて死因を証明する文書なのである。

(2) 現行医師法20条但書
 旧医師法5条は、死亡前に医師により診療が行われていた患者について、診療していた疾病で死亡したと推定される場合には、改めて患者の死体を検案するまでもないということで、例外的に、生きていた時の診断に従って作成した死亡診断書を交付してよいという趣旨である。
 現行医師法20条は、旧医師法5条から国民医療法10条に引きつがれたものが、さらに引き継がれたものである。ただ、検案しないで作成できる死亡診断書を交付できる場合については、但書で、「診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。」と、時間的な制限が設けられた。
 この規定は、旧医師法、国民医療法の規定では、生前の診断から予期された死因であることが明らかであれば、死亡した時期を限らず死体を一切検案しないで作成する死亡診断書を交付することができることになっていたものを、時間的に受診後24時間以内の死亡に限定したものである。受診後24時間以後である場合には、但書に定めた例外には該当せず、あらためて検案をした上で生前診断していた疾病により死亡したことを確認する必要がある。この場合に作成するのは原則どおり死体検案書になる。

(3) 厚生労働省の死亡診断書記入マニュアル
 厚生労働省は、死亡診断書記入マニュアルを発行しているが、その平成13年度版には、死亡診断書と死体検案書のいずれを書くべきかについて、フローチャートが載せられている(その流れは、後述のとおり当意見からすると正しくないが)。その中で、「死亡の原因は、診療にかかる疾病と関連したものですか?」の問いに対して、はい、いいえで分かれ、その後に「死体を検案して異状があると認められますか。」との問いがなされているのは、診療継続中であった患者の場合でも、死体を調べることが「検案」にあたることを当然の前提としているからである。
 以上述べてきた当見解から、同マニュアルのフローチャートは、次のように訂正される必要がある。

死亡診断書と死体検案書の使い分け

死体を検案しましたか。

  は い→☆死体を検案して異状があると認められますか。

    は い→24時間以内に所轄警察署に届け出ます。
          →医師(監察医等)が死体検案書を発行します。
    いいえ→交付の求めに応じて死体検案書を作成します。

いいえ→死亡者は診療継続中であった患者ですか。

    は い→受診後24時間以内に死亡した患者ですか。

      は い→診療にかかる疾病によることが明らかな死亡ですか。

         は い→交付の求めに応じて死亡診断書を作成します。

         いいえ→求めがあれば死体を検案したうえで☆へ

      いいえ→求めがあれば死体を検案したうえで☆へ

    いいえ→求めがあれば死体を検案したうえで☆へ

 なお、かかる死亡診断書は、死体検案なしに作成するものであるが、現代的意義は乏しい。すなわち、死体検案が不可能な場合はともかく、可能であれば検案後に死体検案書を作成することが望ましい。

(4) 昭和24年4月14日医発385号について
   厚生省医務局長通知に次のようなものがある。

医師法第20条但書に関する件
(昭和24年4月14日医発第385号各都道府県知事宛 厚生省医務局長通知)
 標記の件に関し若干誤解の向きもあるようであるが、左記の通り解すべきものであるので、御諒承の上貴管内の医師に対し周知徹底方特に御配意願いたい。

1 死亡診断書は、診療中の患者が死亡した場合に交付されるものであるから、苟もその患者が診療中の患者であった場合は、死亡の際に立ち会っていなかった場合でもこれを交付することができる。但し、この場合においては法第20条の本文の規定により、原則として死亡後改めて診察をしなければならない。
 法第20条但書は、右の原則に対する例外として、診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に限り、改めて死後診断しなくても死亡診断書を交付しうることを認めたものである。

2 診療中の患者であっても、それが他の全然別個の原因例えば交通事故等により死亡した場合は、死体検案書を交付すべきである。

3 死体検案書は、診療中の患者以外の者が死亡した場合に、死後その死体を検案して交付されるものである。

 この通達は、「死亡診断書は診療中の患者が死亡した場合に交付されるものである」とか、診療中の患者が死亡した場合においては「原則として死亡後改めて診察をしなければならない。」、「改めて死後診断をしなくても」など、誤った解釈や表現があり、誤解を招く。
 「死亡診断書」については、「診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合で、死体を検案しなくても死因を診療中の疾病の診断に基づいて判断できるものについて交付されるものである」とし、それ以外は死体検案して死体検案書を作成すべきである。
 第1項但書の、「原則として死亡後改めて診察をしなければならない。」は、「原則として死亡後改めて検案をしなければならない。」とすべきである。
 また、「診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に限り、改めて死後診断しなくても死亡診断書を交付することを認めた」とあるが、「死後診断しなくても」ではなく、「検案しなくても」が正しい。

5.まとめ

 以上から、医師法21条にいう「死体を検案」するとは、生前に診療中の患者でもそれ以外の患者でも、すべて死体について医学的に調べて死因を確認することなのであり、診療してきた患者が死亡して、主治医が確認することも「検案」にあたると解釈すべきなのである。
 従って、医師法21条の規定する検案医は、生前に診療を行っていた患者を検案して異状死と確認したものを含む。

第3.医療事故のあるべき報告制度について

1.現状の報告制度
医療事故について報告制度の必要性は論をまたない。何よりも事故例について徹底した原因の調査・分析を行い、再発防止や被害救済に資することが求められている。
医療事故についての医療機関からの報告制度といえるものは、

① 各医療機関の外部への任意報告システム(注1)

② 医師法21条に基づく異状死届出義務

③ 刑事訴訟法239条2項に基づく公務員の犯罪告発義務

④ 医薬品の副作用・医療用具の不具合についての企業(薬事法77条の3、2項に基づく協力)及び厚生労働省(平成9年5月15日付局長通知に基づく協力)に対する報告

⑤ 損害賠償責任保険契約に基づく保険会社への報告        

がある。

そこで、上記システムが、再発防止や被害救済につながっているかが問題となる。
上記①は、報告については当該組織の自発的行動に期待する他ないばかりか、必ずしも報告をうけた機関が再発防止や被害救済につなげるとは限らない。
②③については、前述したごとく、制度目的たる犯罪の覚知機能からすれば、個人の法的責任の確定や社会的警告の意味はあっても、再発防止や被害者救済に直接的に資する制度としては不充分である。
④については、企業及び厚労省による再発防止のための警告、出荷停止、回収につながる可能性を有しているが、その活動の実情について不充分であるとの指摘もある。
⑤については、被害者救済につながりうる可能性はあるが、再発防止としては無力である。

2.あるべき報告制度
前述した医療事故報告制度の目的や現状の不備を前提とすると、あらゆる医療事故例について一元的に報告をうけて、調査・分析を行い、再発防止措置及び被害救済につなげてゆく機構が必要不可欠である。
そして、その報告義務者として、医療機関のみならず、医療産業(医薬品、医療用具)、損保会社等のすべての医療事故情報保有者を想定すべきといえる。また、被害者(患者、家族)からの報告も受け付けるしくみが必要である。
かかる報告制度案としては、日本弁護士連合会の提言(「医療事故被害者の人権と救済」明石書店 2001年)、加藤良夫氏の「医療被害防止・救済センター構想」(2001年8月)、患者の権利法をつくる会(本部 福岡市)の「医療被害防止・補償法要綱案骨子」(2001年9月30日)が大いに参考となる。

3.医療事故報告制度と刑事免責について
医療過誤を起こした医療者やその医療機関に対し事故報告義務を課しても、刑事処分(業務上過失致死傷罪)のおそれがあると報告の実があがらないので、自発的報告を促進することを理由に、報告をした事案については刑事免責を与えるべきであるとの意見がある。現に米国において一部の州で実施しているともいわれている。
しかし、こうした政策は正しいのであろうか。
まずもって市民の賛同が得られにくい政策である。
今まで膨大な数の医療過誤症例が医療機関によって隠されてきたことは想像にかたくない。近年その一部がマスメディアによって明らかにされたこともあって、自発的に公表する医療機関が登場しはじめたのも事実である。過誤隠しは過誤自体より社会的批判性が高いとの風潮もあって隠しにくくなってきていることも一因である。
医療事故の自発的報告に刑事免責を与えなければならない政策的根拠は、事故の実情を把握するには、自発的報告に頼らなければならないと考えるからであろう。自発的報告に頼らざるを得ない土壌には、医療者間のかばい合いや医療の閉鎖性ゆえに事故・過誤隠しが容易であることがあげられる。
重要なのは患者や社会に対する情報開示と説明責任を医療倫理として確立し、患者の人権の視点に立った医療の透明性を高めてゆくことであり、そうすることによって医療事故の報告制度は実効性をあげることができると考える。
なお、交通事故では、車両の運転者に刑事免責なしに報告を義務づけている(道交法72条1項後段)ばかりか、報告義務違反に罰則を課している(同法119条1項10号)。医療事故に刑事免責を与えるべき合理的理由は今のところ見出しがたい。

注1
(1)厚生省「リスクマネージメントマニュアル作成指針」
(H12.8 国立病院における指針)
過誤による死亡及び傷害について警察へ「届出」を行うとしている
(2)大阪府「医療事故防止対策ガイドライン」
(H12.9 大阪府立病院における指針)
異状死「届出」義務の他に保健所等関係行政機関への「報告」をするとし ている
(3)都立病院医療事故予防対策推進委員会「医療事故マニュアル」
(H12.11 東京都立病院における指針)
医療事故死については日本法医学会「異状死」ガイドラインを参考とする としている他、過失による死亡及び重篤な傷害について警察に「届出」を行 うとしている
(4)国立大学医学部附属病院長会議作業部会提言
(H13.3 国立大学病院における指針)
医師法21条の法的解釈論は別との前提で、刑事罰対象事故については警 察に「報告」し、都道府県の医療担当部局へも「報告」するとしている

参照条文

旧医師法(明治39年施行)

第5条 医師は自ら診察せずして診断書、処方箋を交付し若しくは治療をなし、または検案せずして検案書若しくは死産証書を交付するを得ず。但し、診療中の患者死亡したる場合に交付する死亡診断書についてはこの限りにあらず。」
旧医師法施行規則
第8条 医師死体又は4ヶ月以上の死産児を検案し異常ありと認むるときは24時間以内に所轄警察官署に届出づべし。
第9条 医師は法令の規定により必要あるものに正当の事由なくして診断書、検案書又は死産証書の交付を拒むことを得ず。」

国民医療法(昭和17年)

第9条 診療に従事する医師又は歯科医師は診察治療のもとめある場合において正当の事由なくしてこれを拒むことを得ず。
診察又は検案をなしたる医師は診断書、検案書又は死産証書の交付のもとめある場合において正当の事由なくしてこれを拒むことを得ず。
第10条 医師は自ら診察せずして治療をなし、診断書若しくは処方箋を交付し又は自ら検案せずして検案書若しくは死産証書を交付することを得ず。但し診療中の患者死亡したる場合に交付する死亡診断書についてはこの限りにあらず
国民医療法施行規則
第31条 医師死体又は4ヶ月以上の死産児を検案し、異状ありと認むるときは24時間以内に所轄警察署に届出ずべし。
第65条 第31条の規定に違反したるものは50圓以下の罰金又は科料に処す。

医師法(昭和23年)

第19条 ② 診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会った医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求めがあった場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない。
第20条 医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。
第21条 医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めた時は、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。